バクチ・ダンサー⑦
1.戦い終わって
ボブが目覚めたのは三十分ほど経った頃だ。
最初は状況を把握出来ていなかったようだが、俺の顔を見て負けを悟ったのだろう。
立ち上がりゆっくりとこちらへ歩いて来て、俺の右手を取り高々と掲げ上げた。
「アナタが、勝者デス」
「律儀だね」
腕を下げるとボブはニカッと笑い自身の右手を差し出した。
恨みっこなしの喧嘩。終わった後はノーサイドってことだろう。
照れなど微塵もなく、こうも素直に手を差し出されたら俺だって素直に手を取るしかないだろう。
「強かったよ」
「フフ、アリガトウ」
あぁ……爽やか、爽やかが蔓延していく。
陰の者を苛む陽の気が空間を……ってわしゃ妖怪かい。
セルフツッコミを入れながらボブに玉の駒を要求すると小首を傾げられた。
「何で欲しいんデス?」
「そりゃ俺も跡目戦争の参加者だからね」
ボブはそういうことかと頷くが、
「はぁ!? おどれ東の……」
「スマイルは何も間違ったこと言ってませんヨ?」
仲間の言葉を遮りボブは言う。
「一方的に狙っておいてこちらは何も差し出さないなんておかしいデショ」
「それは……」
「少なくともワタシは彼を支持しますヨ。それが敗者の礼儀デショウ」
潔いな。
「あまり勝者の権利を振り翳すのもあれだがボブ、もう一つお願いがある」
「何デス?」
「跡目戦争の間、俺の下についてくれないかな?」
「OK」
「ちょ、おま、即答かい!?」
ボブの仲間は大変だな。常識人で。
とは言え俺もまさか何も聞かずにOKしてくれるとは思ってもみなかった。
「彼が理不尽なコトを抜かすような方ならワタシも考えてマスが違うデショウ?」
だったら何も問題はないとボブは笑う。
「ダッテ、その方が面白そうデスシ」
パーリーピーポーめ……!
「おどれは……はぁ、まあええわ。ボブが決めたんならわしらも文句は言わん」
「そんで? わしらは何すりゃええんじゃ。わざわざ下につけ言うたからには何かあるんやろ?」
「勿論。今俺はボブを含めて跡目候補トップ3を狙っていてね」
それに同行して欲しいのだと頼む。
「大将の首は俺が直接、取る。だが取り巻きが邪魔するようなら」
「ワタシ達が排除すれば良いんデスネ? まっかせなサーイ!!」
ドン、と分厚い胸板を叩くボブ。所作全てに陽の気が宿っているような気がしてそろそろ俺、祓われそうなんだが?
ぶっちゃけ俺、死んだはずなのに生まれ変わってまで現世にしがみついてる性質の悪い亡霊みたいなもんだしな。
「ありがとう。助かるよ」
「何の。スマイルとワタシはもう、ダチ! デスカラネ」
連絡先を交換し、じゃあ解散ということになると思っていたのだが……。
「折角デス、一緒に飯行きマショ?」
そういうことになった。
ここまではまだ良かった。男同士でこってりとした中華でも食べて仲を深めるのなら良かったさ。
だがこの男、よりにもよって……よりにもよって……雰囲気の良いお手頃フレンチの店に連れて行ったんだ!!
これまで出会って来た陽キャ達とはまた違う類の爽やかさがこの上なく俺を焼き焦がす。
食事を終え、別れる頃にはもう俺はよく分からない敗北感でお腹いっぱいだった。
「ニコちんが何か黄昏てる……」
「時々、著しく馬鹿になる時があるからな。多分それだろう」
誰が馬鹿だ殺されてえのか。
「それよか、これからどうするよ?」
まだやることがあるのか、ホテルに戻るかってことだろう。
跡目戦争に巻き込まれたことを知った今、夜の街を楽しむなんてのは出来ないからな。
「三人はホテルに戻って。そんでそれとなく周囲に気を配って欲しい」
「……ああ、ニコの素性が割れれば一般の生徒が巻き込まれる可能性もあるしな」
「話に聞く当代の人柄からして多分、配慮はしてくれてると思うけど……」
「中には馬鹿たれも居るかもしれねえ、か。分かった。でもお前はどうすんだ?」
「今日だけじゃなく状況が落ち着くまでは酒井の家に泊めてもらうよ」
「初耳やでそれ」
「何か問題でも?」
「まあ、別にええけど……おとんと二人暮らしでそのおとんも仕事で滅多に帰ってけーへんしな」
なら何も問題はないな。
「じゃ、大丈夫だとは思うけど気をつけて」
「ああ。タカミナが一緒だし梅津から貰った護身用具セットも持ち歩いているからな。心配は要らん」
あんな危険物持ったまま観光してたんか?
軽い戦慄を覚えながら俺はタカミナ達を見送った。
「……――で、これから何するんや?」
流石に察しが良いな。
「酒井にとっちゃ地元なんだ。馬鹿どもが溜まり場にしてるようなパチ屋や雀荘についても知ってるよね?」
「ああ、釣りか」
ホント察しが良いな。そう、釣りだ。
流石に昨日の今日でうちや東中の生徒が狙われるとかはないだろう。時間的にな。
だからその前に手を打つ。見せしめだ。俺の機嫌を損ねたらどうなるかってことを大々的に示しておく。
屑の跡目候補を直接釣れるのが一番だが、そういう連中に恩を売ろうと目論むような奴らでも構わない。
徹底的にシバキ回すことで牽制にする。
「ほなええとこ知っとるから行こか」
「うん、案内よろしく」
タクシーで酒井が釣り場に選んだパチンコ屋へ向かう。
駐車場には金をすったと思われる柄の悪い連中がたむろしており、釣り場としては申し分ないことが直ぐに分かった。
何人かは俺の顔を見て表情を変えてたし、こりゃ良い具合に釣れそうだ。
(それはさておき、すんなり入れたな……)
店員とか普通にスルーだったよ。リアルでは絶対、あり得ないガバガバっぷりである。
まあ俺にとって都合が良いからスルーしとこう。さて、どれを打とうか。
「しかしあれやのう、サム……年々ええ男なってへん?」
知らんわ。
「お前、サムに迫られたら俺も嫌とは言えへんで」
知らんわ。
「どれぐらいかかると思う?」
「そやなあ、あの様子やと直ぐにとはいかんやろ。まあゆっくり打とうや」
「だね」
テキトーな台に腰掛け、プレイ開始。
麻雀と同じく付き合いで打ったことがある程度だがちょっとした暇潰しにはなるだろう。
「ところでさ」
「おーん?」
「菅連の人間が交流する専用サイトみたいなのってある?」
「あるで。普段はまったり進行やけど今はニコくんのことでお祭り騒ぎや。そんなとこに渦中の人間が書き込めば更に盛り上がるやろな」
説明せんでも良いってのは楽だな。
俺がこんなことを聞いたのは釣果を披露する場所を知りたかったからだ。
普通に人通りの多いとこに晒しても良いけど、一般市民や観光客の人らに迷惑だからな。
菅連の人間に的を絞って広めるならサイトを使った方が良い。
「結構。じゃ、後で使わせてもらうよ」
「はいよ」
無言でパチを打つ。
前世でも思ったがこの光と音の空間。ただ居るだけでも疲れるな。
こんなとこで長時間居られる人らって凄いわ。
あれか、パチンコ屋に通ってると特殊耐性でも生えて来るのか? ……あり得るな。
「……何やこれ、渋ないか?」
始めて二十分ほどか、酒井が抑揚のない声で言った。
貧乏揺すりをしているあたり、軽くイラついているようだ。
「落ち着けパチンカス」
「誰がパチンカスやボケェ」
いやお前、そんなマジになるなって。
そもそもからしてこれただの暇潰しだからな。本気で稼ぎに来てるわけじゃないからな?
そりゃお金は減るだろうけどその分、暇が潰せるんだから必要経費ってことで良いじゃんよ。
「……おいニコくん、そっちはええ感じやのう。何か不正しとるんちゃうか?」
コイツ……。
「じゃあ、代わる?」
「お? ええんか? いや悪いな。催促したみたいで」
……もう良いや。
席を交換し、再開する。というかもうそろそろ来ても良いんじゃないの?
どんだけ待たせるんだよ。
「あれか、今流行の草食系男子?」
「草食系とはまた違うやろ」
「どっちでも良いよ。一体何モタモタしてんだか」
「落ち着けや。いらちかいな」
「落ち着いてるよ」
地蔵のようにな。
「情報もろて人集めて、時間かかるんは当然やろ。それに、ダディの件は広まっとるみたいやからのう」
「……警戒してるのか」
「おう、見てみ」
酒井は台に視線を固定したままスマホを投げて寄越す。
件のコミュティサイトの掲示板のようだが……流石は五番人気ってとこか。
(……面倒だからと一撃で片付けたのは失敗だったか)
あの時は最善だと思ったんだがな。
事の真相が露呈した後だと、演出入れず普通に戦ってた方が良かったかもしれん。
あ、揃った。特出演出かなこれ?
そして酒井の方は……ダメそうだな。俺が打ってる時は結構良い感じだったのに。
明暗分かれるパチ事情からそっと目を逸らし無心で打ち続けることで四十分。
「――――よう坊や、ちっとツラぁ貸してくれよ?」
待ち人来たり。
俺達を取り囲むように立つ雑魚どもは散々待たせておきながら実にふてぶてしい態度だ。
ま、俺らが勝手に待ってただけなんだがな。
「ねえお兄さん」
「うぇ!?」
俺の右隣に座っていた負けがこんで真っ青な顔色になっていたお兄さんに話しかけると彼は露骨に顔を顰めた。
そりゃそうだ。巻き込むなってなるわな。でも安心して欲しい。悪いことではないから。
「勿体ないし台、譲ったげるよ」
ぽんと肩を叩き、立ち上がる。
すると彼は一瞬、呆然とするも慌てて喰らいついた。
「酒井、行くよ」
「…………おう」
あらやだ、すっかりご機嫌ナナメ。
雑魚どもは俺の余裕綽々な態度が気に食わないのか顔を顰めていたが、店内で手を出す気はないらしい。
着いて来いというので大人しく着いて行ったら駐車場には五十人近いヤンキーが集まっていた。
そしてその中央。空のビールケースに腰掛けるアレが多分、跡目候補だろう。明らかにレベルが違う。
強い卑怯者ってのは面倒だよね。何かする前に先手を打って潰すのが最適解だ。
「はじめまして、だな? お前さんに怨みはねえが、こっちにも事情ってもんがある」
おいおい、何か喋り始めたぞ。
「そっちからすりゃワケわかんねーこと極まりないだろうが勘弁してくれや」
さっ、と手を挙げると雑魚どもが戦闘態勢に移行した。
「誰かは知らん。どれぐらい強いかも。だが高杉が選んだ男だ。中坊だろうが油断はしねえ。
酒天童子は見逃してやっても良いが一応は跡目候補だ。まとめて潰させてもらうぜ……やっちまえ!!!!」
その号令と共に雑魚が雄叫びを上げながら俺達に殺到する。
が、無駄だ。
「――――は?」
俺と酒井は背を合わせ互いをカバーするように回し蹴りを放った。
第一波はあっさりと薙ぎ払われ、後続が混乱している間に俺達は雑魚の群れに突っ込んだ。
「…………お前らやろ」
「な、何を」
「お前らが俺の運を吸い取ったんやろ!? 返せ! 俺の運を返さんかいアホボケゴルァアアアアアアアアアア!!!!?」
おいおいおいおい、とんでもねえいちゃもんつけ始めたぞアイツ。
奇声を発しながら無軌道に暴れ始めた酒井を尻目に俺は淡々と雑魚を処理していく。
数で叩くしか能がない奴らほど脆いものはない。数の優位がないと分かるや途端に崩れてしまう。
「ひっ!?」
逃げようとする雑魚に今しがた潰した雑魚をブン投げてやる。
ヒットし転んだ雑魚が逃げ出せないよう、俺は即座に距離を詰めてその腹にサッカーボールキックを叩き込んでやった。
猿山の大将は間抜け面を晒していた。こんなはずじゃなかったと。
残る雑魚の相手は酒井に任せ俺はゆっくりと名も知らぬ跡目候補に歩み寄る。
立ち上がったそいつは迷っているようだった。逃げるか、だがここで逃げれば後に続かない。今まで築いて来たものが……ってとこだろう。
「お、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
面子を取ることを選んだのだろう。
叫びながらこちらへ殴り掛かるが、遅い。あまりにも遅い。そして脆い。
カウンターで顔面に突き刺した右フックの一撃で奴は沈んだ。
だが手は緩めない。顔は傷付けないよう丁寧に丁寧にボコっていく。
「か、堪忍……堪忍してください……も、もう無理……し、死ぬ……死んでしまいます……」
必死の命乞い。まあ、十分痛め付けたしこの辺で良いか。
見れば酒井も雑魚の処理を終えて不機嫌そうに一服してるし。
「よーし、おどれら! 全員服脱いで全裸になれ!!」
酒井の言葉に難色を示す負け犬軍団だが、凄まれるとあっさり脱いだ。
そしてそのまま整列させられたんだが……何て醜い光景だろう……。
俺も似たようなことをやらせたけどあの時よりも酷い。なまじしっかりと整列してんのが最悪だ。
「ほら、笑って? 俺は笑えないからさ」
「あ、あ」
「笑え」
「へ、へへ……ふへへへ」
跡目候補と肩を組み二人揃ってピースサイン。
そして酒井がその光景を写真に収める。十分ほどで撮影会は終わり、彼らは解放された。
「ほな、アップするか」
「よろしく」
喧嘩の作法も知らない負け犬達。
その文章と共にさっきの痴態が収められた写真がサイトにアップされた。
これで屑どもは及び腰になるだろう。これでビビらない奴らはそもそも馬鹿なことはしないだろうし見せしめとしては十分だ。
「よっしゃ、戻るか。リベンジかますで……!!」
「……まだ続けるんだ。まあ付き合ってもらったから俺も付き合うけどさ」
そして、
「あ、なっ、お金が勝手に吸い込まれていくよオ~!?」
こんな綺麗な負けパターンある?




