バクチ・ダンサー④
1.何て傍迷惑……
「どや?」
「「「「めっちゃ美味い!!」」」」
美味いカレーを食わせてやるという言葉に嘘はなかった。
あんまり立地のよろしくない寂れた喫茶店に連れて来られた時はうーん? って思ったんだがな。
隠れた名店ってやつか? これまで食べて来たカレーの中でもトップ3には入る。
「ほうかほうか。気に入ってくれたようで何よりや」
からからと笑いながら煙草を吹かす酒井。
ラフなシャツにチノパンとおもっくそ私服なんだけど……まあ、サボりだわな。
高校と違って中学は出席日数で単位落としたりはないから良いんだろうけどさ。
(しかし、酒井天ねえ)
如何にもな名前だ。
「ニコくん、俺のこと如何にもな名前しとるって思ったやろ?」
「よく分かったね」
「顔に書いとるわ。ちなみにあれや、先に言うとくと俺は下戸や」
「周りから酒天とか呼ばれてそうなのに呑めないんだ」
五条大橋における牛若丸と弁慶の大立ち回りもそうだが京都には伝説が幾つも残っている。
安倍晴明。九尾の狐。――そして酒呑童子。
かつて京の都を騒がせた大鬼とそれを討った源頼光とその四天王達の伝説は有名だろう。
西のネームドにつけるあだ名として酒呑童子は打ってつけだ。
まあ、酒が死因に繋がったと言っても過言ではないぐらいの酒好きだった酒呑童子とは違い酒井は呑めないようだが。
いやだがそれもキャラ付けとしてはありか。話の種にも出来るしな。
「それ言う奴、ホンマ嫌いやわぁ。ちゅーか俺も好きでこないな名前しとるんちゃうわ」
「ごめんごめん」
言葉とは裏腹に酒井の機嫌は悪い感じではない。
ちょっとした言葉のキャッチボール程度の認識なんだろう。
「つーかおめー、中坊だろ? 学校はどうした学校は」
「うんサボり。こないな時に大人しゅう勉強してられるかいな」
こないな時、ねえ。
カレーを食べ終えた俺は食後のコーヒーを注文する。
多分、ブラックの苦味で誤魔化さないとやってられんような話になりそうだからな。
「安心しい。ちゃーんと教えたるから。さて、どこから話したもんか」
酒井は俺達を見渡し、言った。
「君ら菅原會って知っとるか?」
「「「知らん」」」
なーんかどっかで聞いた覚えがないでもないが……ピンと来ないので知らないのと同じだろう。
とは言えトモは知っているらしく、何故ここで菅原會が? と首を傾げている。
「おいトモ」
「菅原會はざっくり言うなら二府四県で構成される広域連合だよ。東の相馬一家、西の菅連と言えば有名なんだが」
あー……はいはい、何か思い出したわ。
むかーし、この世界のことに気付いて色々調べてる時に見たような気がする。
(しかし菅原に相馬……元ネタは菅原道真に相馬小次郎――平将門かな?)
道真も将門も日本三大怨霊の一人だからな。
ワルが掲げる看板としてはまあ、良いんでねえの?
「分からないな。その菅原會と俺に何の関係がある?」
「昨日返り討ちにした馬鹿どもが菅原會の所属だったとかか?」
「馬鹿? よう分からんけど下っ端がやられた程度で出張るほど暇ちゃうよ。ニコくんが狙われとるんは別件や別件」
ああ、やっぱり狙われてるんだ。明言されると普通に凹むわ。
「トモくんが言うた関西の広域連合っちゅー認識はまあ間違ってへん。
せやけど実際はもっと緩い、有事以外は互助会程度の繋がりやと思うてくれたらええわ」
……いやその方がやばくねえか?
緩さはそれそのまま加入に対する敷居の低さでもあるわけで数で言えば相当な……。
「ただ互助会程度のもんや言うても、頭は存在しとる。で、どこもそうやと思うが頭の条件は……」
「腕っ節だろ?」
「そういうこと」
基本、弱い奴に従う奴は居ないからな。
だからこそ時たま現れる人望特化みたいなのが輝くんだが。
「その頭に特に問題がなかったら引退する時期になると跡目戦争言うイベントが起きんねん」
「跡目戦争……」
「次の頭目候補に選ばれた連中がしのぎを削って潰し合うんや。仲間の連れ込みもOKやからタイマンとは限らんけどな」
そして最後に残った一人が当代への挑戦権を手にし、勝ったら頭になれるとのことだ。
「負けた場合は?」
「二位、三位に挑戦権が移る。その二人もあかんかった場合は当代が指名するって感じやな」
ふぅん? 頭と言っても絶対の権力者ってわけでもないのか。
自分の息がかかった奴を後釜に据えようと思ったら選りすぐりの不良三人をぶちのめさなきゃいけないみたいだし。
「今頭張っとるのは高校二年の奴でな。跡目戦争までにはまだ猶予があったんやけど」
「けど?」
「去年の十一月頃に倒れてな。どうも結構な難病らしいわ。まあ早期発見出来たし腰据えて治療すれば命に別状はないんやけど」
それは結構なことだ。若い身空で命を散らすのは辛かろう。
「治療に専念せなあかんとなると頭の役目は果たせへんわけや。跡目戦争が前倒しになったわけやな」
「待て。先代がそんな状態ならタイマンなんて出来ないだろう? どうするんだ」
「そこは普通に候補者同士でやり合って一番強い奴が、ってことになるんじゃねえの?」
「そう思うやろ? せやけど当代は“代役”を立てたんや」
……ちょっと待て。いや、まさか……。
「――――ニコくんや」
何でやねん!? 思わず西の言葉になってもうたわ!
ってかマジでどういうこと? 俺まったく関わりねえぞ?
イベントがあるのは分かってたけど、何の因縁もないのに始まるのは如何なものか。
「一昨日、いきなり君の写真が配られてな。七日以内にコイツを倒した奴が次の頭やてなったんよ」
「何で、ニコが……?」
「分からん。突然やったからな。調べるにしても時間が足りんわ」
名前すら分からない中学生と思われる奴をいきなり倒せと言われてかなり混乱が起きたらしい。
当然だな。俺が候補者の一人だったとしても何言ってんだコイツ? ってなるわ。
しかしそれを押し通せるだけの力があるわけだ、当代の頭は。
「ちなみにコイツがその頭なんやけど知っとるか? 名前は高杉っちゅーんやが」
テーブルの上に置かれたスマホの画面に映る男を見るが……やっぱり心当たりはない。
タカミナ達に視線をやると彼らも首を横に振っている。
「ただ向こうは君のこと知っとるみたいなんやよなぁ。のう、ちょっと君らのこと聞かせてぇや」
「まあ、良いけど」
軽くこちらのプロフィールを語る。
つっても名前と年齢、出身地ぐらいだがな。あとは修学旅行で京都に来ていることも。
「……その街の名前。聞き覚えがあるな」
「え」
「当代が夏休みに遊びに行ってたんとちゃうか? 確かそっちに越してった幼馴染がおるとかで」
八月いっぱいは俺らの地元に居たはずだと酒井は言う。
「俺らの地元に」
「八月いっぱい」
「何や、心当たりあるんかい?」
「……丁度、そのあたりで俺達の地元は色々あったんだよ」
「ほーん?」
「そいつを見てたってんなら……なるほど、ニコに目ぇつけるのも分からなくはない」
最悪だ……自分から首突っ込んだならまだしも俺何もして……る?
よくよく思い出せば三代目悪童七人隊と揉める羽目になったのは俺の読み違えからだし……クソ、何て世の中だ!
「で、ニコくんはどないするんや?」
ニヤニヤと心底楽しそうに酒井は笑っている。
実際楽しいんだろう。面白いんだろう。コイツは多分、そういう“キャラ”だ。
「……」
思案する。逃げ回るってのは却下だ。俺のキャラじゃない。
跡目戦争に参加してる奴らを迎え撃つのは決定事項だ。問題はどんな絵を描くか。
(酒井を無視して話を進めることも出来なくはないが……)
それは止めておいた方が良いだろう。
修学旅行編で参戦する味方キャラとか期間限定だし性能も盛り盛りのはずだ。
実際、蹴りで競り合った感じからしてかなりの強者っぽいしな。
現地協力者って意味でも酒井はきっと役に立つ。だが仲間に引き込めるかどうかは俺次第だ。
コイツの興が乗るような絵を描けなければノって来ないだろう。失敗したらデバフかかりそうだなこれ。
「酒井、質問良いかな?」
「はいはい何でっしゃろ?」
「後継者候補は何人?」
「ニコくんがシバキ回した“ダディ”含めて四十人やな」
「「「んっふ」」」
気持ちは分かる。マジでおとうさん的なあだ名だったんだなアイツ。
ってか四十人。多いと見るべきか少ないと見るべきか……いや、多いな。
それだけ今の世代は豊作ってことなんだろう。
「次。そいつらって何かこう参加資格を示す物的な何かを持ってたりしないかい?」
あるかないかで言えば多分、あると思う。
具体的に言えばパズルのピースとか将棋の駒(王様候補だし多分全員玉)とか使ってそう。何でって? 漫画的なお約束としか言えんな。
そいつを全部集めた奴が王様。分かり易いだろ?
「あるで。ほれ、君の戦利品や」
酒井が指で弾いたそれをキャッチする。
玉と書かれた将棋の駒だ。やっぱり俺の予想は当たっていたらしい。
「ならこれで俺も跡目戦争の参加資格を得たわけだ」
「「「はぁ!?」」」
まあ落ち着きなさいよ。
「へえ」
そしてこっちはますます嬉しそうだな。
「それ、菅連の奴らが認めると思うか?」
「認めないなら西のワルガキどもは尻の穴が小さい臆病者しか居ないってことになるね」
だってそうだろ?
「俺を狙って来る癖に負けても失うものはない。
仮に俺が全員返り討ちにしたところで無関係の人間を襲ってまで手に入れようとした頭目の座が奪われることはないんだから。
安全圏からしか喧嘩を売れない連中なんて臆病者以外の何でもないと思うんだけど俺、間違ってる?」
「……ふっふ、いやまったく仰る通りや。そう言われたら連中も受け入れざるを得んわな」
他県の、それも中学生一人を的にしようってんだ。
それぐらいのリスクを負わずして頭が務まるわけがない。
選ばれた連中もダディみたいに、わりと潔い連中が多いだろうし俺の主張を退けることはないだろう。
まあ候補者の中には屑も居るだろうが、そいつらはさしたる脅威にはならんので無視すりゃ良い。
他が呑んでるのに自分だけ否定し続けるなんて真似も出来んだろうしな。
「ものっごっつー楽しそうな予感がするんやけど何する気なん? 教えてえや」
「さて」
「おいおい、ここまで話してそりゃないで自分」
「見物料も払わずにズカズカ踏み入って来る無作法な相手に教えてやることはないかな」
「ナンボや?」
「すっとぼけて。金じゃないよ、お前の持ってる参加資格を寄越せって言ってるのさ」
ピン、とコイントスの要領で駒を弾く。
「ほう」
「お、おいニコ……参加資格って……」
「酒井も候補者の一人ってことだよ」
酒井は一言も自分が候補者じゃないなんて言ってないからな。
事情通でその上、実力もある。これで選ばれない方がおかしいだろう。
「まあ、やる気は欠片もないみたいだがね」
菅連の頭になんてそもそも興味がないのだろう。
これまで通りの跡目戦争なら資格を渡されても棄権するつもりだったんじゃないかな?
けど、今回は少々趣が違った。なのでとりあえず保持したまま俺に会いに来たんだろう。
「その通りや。俺はのう、正直どーでもええねん。菅連おんのもダチの付き合いで加入しただけやしな」
「保険か何かかよ」
「とは言え、や。そうほいほい渡せるような代物でもないやろ。別に渡さんでも待っとったら君の目的も分かるしなあ」
「そうだね」
「何や、張り合いないのう。欲しいんとちゃうん?」
「売り込むのはそっちさ」
傍から見れば交渉もクソもない。一方的な押し付けのように思えるだろう。
だが、こういう挑戦的な物言いの方が酒井の好みだと予想した。そしてそれは当たっていた。
奴の笑みはどんどん深くなっていく。
「――――特等席で見たいなら出すもん出しなよ」
「――――よし分かった。駒と俺の全面協力、これでどないや?」
はい、限定キャラ参戦フラグ成立ー!
コイツが楽しめそうな絵を描くつもりではあるが、仮に期待はずれになっても問題はなかろう。
酒井は今、賭け金を払ったという認識だからだ。賭けなら外れることもある。それに文句を言うなら最初から賭けなどやるべきではない。
酒井天という少年の美意識を俺の側に傾かせられるかどうか、一連のやり取りはそれが全てだった。
「OK。受け入れよう」
「ありがとさん。で、何すんねん?」
「全部のネタバラシはまだ早い。だからそうだね、直近……今日明日の予定を教えておこう」
「ほう?」
「君を除く候補者の中で強い順に三人、分かるかい?」
「まあそれぐらいはのう。ちなみにダディは五、六番目やな」
ダディ中々の強者だな。
「結構――――まずは今日、明日でそいつらを潰すとしようか」




