バクチ・ダンサー③
1.五条大橋の立ち回り
昨夜はあんなことがあったのでテンションが下がったものの、朝になると若干気を持ち直していた。
何だかんだ言って友達と観光するのは楽しみだからな。
朝九時にホテルを出た俺達はそのまま市バスへ乗り込み伏見稲荷へ向かった。
まずは本殿で参拝を済ませ奥社奉拝所へ続く道へ向かった。
「おぉー……ガイドブックの写真より迫力あんな……」
奥社奉拝所へ続く道にはずらりと鳥居が立ち並んでいる。
そう、あの有名な千本鳥居(千本じゃない)だ。
俺も写真やテレビなんかで見たことはあるが生で見るのは初めてだったので、ほへーっと間抜け面を晒してしまった。
「確か稲荷山全体だと一万ぐらいあるんだったか」
「一万!? そんなに鳥居集めてどうすんの!?」
へえ、知らんかった。
「そういや……確か神社って鳥居の前で一礼するんじゃなかったか?」
「ああ、そうらしいね」
中身はオッサンだがそこらの作法に関してはあんまり知らないんだよな。
そもそも神社行く機会とかなかったし。
「ならこれ、千回お辞儀しなきゃいけねえの?」
「馬鹿だねえタカミナはさ~。周りの人達、そんなことしてねえじゃん」
「じゃあ何だ。ここは一礼免除区域なのかよ」
免除区域って何やねん。
「いや最初の鳥居の前で長めのお辞儀で良いんじゃない?」
「チャージシステム導入されてんのか」
チャージシステム言うな。
アホなやり取りを横目にスマホで写真を撮る。母と姉に送るためだ。
「あんまり立ち止まってても邪魔だし、さっさと進もう」
「おお、そうだな」
三人を促し歩き出す。
無数の鳥居が立ち並ぶ光景は神秘的なんだがちょっと目に優しくない。色が鮮やか過ぎる。
「おお、ここがそうか?」
歩くことしばし、奥社奉拝所へ到着する。
キョロキョロと周囲を見渡していたタカミナはお目当ての物を発見し、早速挑戦しようとするが……。
「はいストップ。まずは御参りだろう」
「ちぇ」
「焦んなくても石は逃げないでしょ」
というわけで四人揃って御参りを済ませる。
トモが持ってるガイドブックによるとここは稲荷山三ケ峰を巡る“お山めぐり”のスタート地点らしいが、俺達にその気はない。
興味はあるがあんまり時間かけてたら他のとこへ行く余裕がなくなるからな。
ここまでやって来たのは千本鳥居と「おもかる石」が目的だ。
「願い事をしながら石を持ち上げて思ってるより軽かったら願いが叶い易くなるんだよな?」
「らしいな。で、逆なら難しいと」
叶わないじゃなくて難しい、って言い回しが優しいよな。
こう懐の深さみたいなものを感じる。
現実的に考えれば霊験あらたかな神社来てお前の願いは叶わんとか言えるわけねえだろってことなのかもだが、それは野暮だろう。
神様の懐の深さってことにしとく方が良いと思う。
「じゃ、俺から行って良いかな?」
「あら積極的。ニコちん、何をお願いするの?」
「秘密」
無事にヤンキー輪廻から解脱出来ますように。
そう願いを込めて俺はおもかる石を持ち上げた。
(いや結構重いなこれ!?)
うん! 思ってたより普通に重い!
両手で持ち上げたんだけどなぁ……ううむ。ちょっと凹む。
「どうだった?」
「秘密」
その方がフラットな状態で挑戦出来るだろう?
そう言ってやるとその通りだと三人は頷き、順番に挑戦を始めた。
そして一通り持ち上げ終えたところで切り出す。
「どうだった?」
「「「予想以上に重かった」」」
「だよね!」
「おみくじの件と言い、何か散々だな俺ら」
「それな」
それから俺達は開運グッズやお守り、狐グッズなどを買い漁って伏見稲荷を後にした。
ここからの予定? うん、ノープラン。そもそも伏見稲荷だって朝、じゃんけんで決めたぐらいだからね。
「次、どこ行くべ?」
「またジャンケンで決める~?」
「いっそガイドブックをテキトーに捲くって開いたページに載ってるとこ行くとかどうだ?」
「待ってそれ、事によっちゃとんでもないとこ行く羽目にならない?」
「安心しろ。京都全体ではなく京都市のガイドブックだから」
「ああそう……それならまあ」
で、オープンセサミした結果決まったのは五条大橋だった。
牛若丸と弁慶の伝説で有名だけど、あれも色々説あるんだったか?
まあ俺らは歴史ガチ勢ってわけでもないしミーハーに楽しませてもらおう。
「五条大橋までどうやって行けば良いんだ?」
「ちょっと待てルート検索してみる……伏見稲荷駅から清水五条駅まで行くのが早いのかな?」
というわけでトモの案内に従って俺達は五条大橋へ。
早速、橋の近くにあった牛若丸・弁慶像の前で記念写真を撮ることになった。
「というかこの像……弁慶はともかく義経、むっちり過ぎないか?」
「あ、俺も思ったー! めっちゃ丸っこいよね!?」
「この下あごとか、たぷたぷして触り心地半端なさそうだぜ」
同感だ。実際どうだったかはともかく義経って美形のイメージが強いからな。
このむっちり像はちょっと……悪いとは言わないが初見だと面食らうわ。
そんな話をしながら俺達は橋に足を踏み入れ、半ばほどで立ち止まって写真を撮り始めた。
(しかし、京都ってのは良いとこだな)
学生が昼間から堂々と街を出歩いていても変な目で見られないんだもん。
今も俺達を見て通行人が修学旅行生かしら? 良いわね~などと笑っている。
必要とあらば俺も地元で平日昼間に学生服のまま出歩いたりするけど不良がサボってるみたいな目で見られはするし。
観光地ばんざ……
「――――ようやっと見つけたでぇ?」
肌がぴりつく。振り向くと少し離れた場所には如何にもなヤンキーが不敵な笑みを浮かべ立っていた。
身長は180半ばぐらいで体重もかなりあると見た。坊主頭で顔は傷だらけ。
パッと見おっさんに見えるけど制服を着てるので高校生だろう。まさか中学生ってことはあるまい。
あるあるだ。こういう“おとうさん”とかあだ名がつけられてそうな老け顔ヤンキー居るよね。
「その様子やと俺が一番乗りっちゅーわけか。やっぱついとるわ」
やだもう、何か不穏なこと言ってる。
昨日シバキ回したアホどもの敵討ち……ではないだろう。
感じる空気からしてこのおとうさんは、分類で言えば光のヤンキーだと思う。
まあ光のヤンキーだからって正義の味方ってわけではないんだがな。
タカミナだって初対面で喧嘩売って来たし。
「悪いのう。怨みはあらへんが、おどれを倒さなあかんねん」
「勝手なことを」
そしてやっぱり不穏なことを。
「返す言葉もないわ。せやから、存分に抵抗してくれや」
パキポキと指を鳴らすおとうさん。
俺は嘆息し、タカミナ達に荷物を預け懐から鉄扇を取り出した。
何で鉄扇なんて持ってんのって? 鞄の中に入ってたんだよ。当然、俺は入れた覚えなんかない。
多分母の仕業だ。京都だから護身用具にと入れたんだと思う。
(……こんなとこで騒ぎを起こしたくはないしさっさと片付けたいが“普通”にやりゃ一撃では沈まんだろうな)
おとうさんは強い。タカミナや四天王では負ける。多分、土方と良い勝負をするレベルだ。
だが致命的に“運”が悪かったな。“ここ”で俺に喧嘩を売るなんて場所が悪過ぎるぜ。
俺はバッ! と鉄扇を広げ、
「――――京の五条の橋の上、大のおとこの弁慶は」
歌い始める。
「ククク、俺は弁慶かいな。おどれ、中々に洒落が分かるやんけ」
やっぱ強キャラだ。暗にお前は今から俺にぶちのめされるって言われてるのにむしろ楽しそうだもん。
「長い薙刀ふりあげて牛若めがけて切りかかる」
おとうさんが巨漢に見合わぬ速度で距離を詰め、拳を振り下ろした。
「牛若丸は飛び退いて」
歌のようにひらりと飛び退き、
「持った扇を投げつけて」
間髪入れず鉄扇を投擲し、
「来い来い来いと欄干の上へあがって手を叩く」
顔の横で拍子を打つ。
「逃げるばっかやと勝てへんでぇ!? のう牛若ァ!!」
歌の如くひらりひらと身を躍らせ続け、
「――――燕のような早業に鬼の弁慶あやまった」
十分バフが乗っかったところで奴の顔面に蹴りをかます。
ぐわん、と巨漢が浮かび上がり幾度か宙で回転し橋に叩き付けられた。
よろよろと立ち上がろうとするが、
「かっは……なるほど、のう……この強さ……そらぁ“的”にかけられるわけ……や」
意識を失い崩れ落ちた。
「ふぅ」
花のような美少年が、鬼のような巨漢と五条大橋の上で戦うんだぞ?
漫画家からすりゃ牛若丸と弁慶の逸話を意図した構図に決まってるだろ。
そんなシチュエーションで尚且つ、俺がそれを補強するよう立ち回ればそりゃバフも増し増しになるわい。
通常時ではこんな早く叩きのめせない強敵も一発で倒しちゃうよ。
(……ついでに言うならレベルアップだって)
場数を踏んで経験を積めばヤンキーはレベルアップする。
しかし、俺の場合は少々……いやかなり卑怯なやり方でレベルアップしている。描写による客観評価だ。
第三者が“コイツ強え……”ってなることで強さを上方修正させているのだ。
具体的に説明しよう。俺は土方と激闘を繰り広げた。
だのに俺が土方クラスと“評価”したおとうさんをパツイチで伸しちゃったんだ。
これに理屈をつけるなら俺があの時より更に強くなってるとするのが自然だろう。その方が土方の株も下げずに済むからな。
そんな世界の理を悪用して俺はレベルアップを遂げているのだ。チートにもほどがある……。
(まあ、それで終始無双出来るかって言えばそうでもないんだがな)
そんな俺に合わせて新たな敵も強くなるからな。
ついでに言うならレジェンドクラスのアキトさんとかもこの先、過去が語られたりすると強さ盛られると思う。
終わりのないマラソンかな? これから逃れるにはヤンキー輪廻からの解脱しかないのが辛いとこだ。
「……お前……天井知らずかよ」
タカミナが畏怖と興奮が入り混じったような顔で呟く。
ほらね、早速修正が入ったぞ。そんなリアクションが来るのは予想通りだ。
「んなことはどうでも良いんだよ。それより、逃げるよ」
「ゆっくり観光する暇もないな」
俺達はこの場から全速ダッシュで逃げ出した。
そして橋を抜けて人気のない道に飛び込んだところで、一旦足を止める。
「はー……何だったのあの人? 何かニコちんのこと知ってる風だったけど?」
「知らないよ。つい昨日、京都に来たばっかで大体皆と一緒だったのは知ってるでしょ?」
「昨日の夜の……は関係ねえな。野郎はニコしか眼中になかった。報復ってんなら俺もだろ」
「赤毛と白髪は凄まじく目立つからな」
何なんだよアイツ、と溜息を吐いているとパチパチと手を叩く音が聞こえた。
全員がバッ! と振り返ると癖毛の少年が塀の上でウンコ座りをして拍手を送っていた。
「いやー、ホンマ強いなぁ自分。俺、見蕩れてもうたわ」
ケラケラと笑う少年、歳の頃は俺達と同じぐらいか?
人好きのする顔立ちで、生粋の陽キャだというのが見て取れるが……。
この立ち振る舞い、そしてタイミング。
(――――修学旅行編のメインキャラですね、分かります)
逆にこれでただのモブとかあり得んだろ。
「……誰だテメェ?」
怪しい登場をかましてくれたのでタカミナは警戒しているようだ。
でもこの様子だと多分、味方でしょ。期間限定味方キャラ。
少年は塀から飛び降り、音もなく着地した。そして俺の方まで近付いて来て名を名乗った。
「俺は酒井 天。天と書いてたかしや。よろしゅうな?」
これまた人懐こい笑みだ。こんなんぜってー強キャラでしょ。
「君の名前、教えてくれるか?」
「俺は」
殆ど反射的に俺は蹴りを繰り出していた。
「テメェ……!」
激するタカミナを手で制する。
衝撃、痺れ。俺の蹴りと奴の蹴りが交差し、拮抗している。押し切れない。俺も、奴も。
「はは! 今のも何なく対応するんか。ええやん、めっちゃカッコええわ♪」
「これでも蹴りには結構、自信があったんだけどね」
「そら俺もや」
奴が力を抜き、俺もそれに合わせて足を下ろす。
「改めて名前、聞かせてくれるか?」
「花咲笑顔」
「っほ! こらめでたい名前や。ほならニコくん」
おめーもかよ。
「立ち話も何やし、カレー食べに行こか。美味い店知っとんねん」
茶目っ気たっぷりのウィンクと共に酒井は言った。
チート野郎のせいで平均ヤンキーレベルがどんどん上昇してます。
笑顔が引退してからはレベルが正常化し始めるので後々、この世代は黄金期とか言われるでしょう。




