バクチ・ダンサー②
1.はぁ……京都に、行こう……
遂に、遂にこの日が来てしまった。修学旅行の日だ。
単純に二度目の人生を送ってるだけなら、俺も年甲斐もなくはしゃいでたろうさ。
けどこの世界はそうじゃない。修学旅行という名の新たな長編の始まりともなれば素直にゃ喜べん。
待ち受けてるからね。暴力が。おいでやす~つって。
(敵が雑魚ならまだ我慢出来るんだけどさぁ)
違うじゃん? これはヤンキー漫画に限った話じゃなくてバトルがある物語全般に言えることだけどさ。
ボスキャラってのは基本的に強くなっていくものだ。
だってそうだろ? 成長した主人公が前に戦ったボスより弱いの相手にしても映えないじゃん。
いや、そうすることで成長をより強く印象付けるって運び方もあるがね。それにしたって何度も繰り返せるもんじゃない。
あと俺の場合は強さアピールは足りてるだろうしな。普通に強い相手とやらされると思う。
(今となっちゃジョンなんぞ中ボスよな)
ちなみに俺が直近で戦ったネームドは九十九だがアイツの場合は色々特殊過ぎた。
俺も奴も喧嘩の枠を逸した立ち回りしてたから参考にゃならん。
今回は普通に喧嘩の範疇に戻るだろうから……九十九クラスってことはあるまい。
ならば参考にすべきは土方だな。奴もかなりの強キャラではあるが全国区となれば話は変わって来るだろう。
最低でも土方クラスの敵とやり合うことになろう。考えるだけで憂鬱だ。
(何が悲しくて修学旅行で怪我せにゃならんのか)
どう考えても無傷では終わるまいさ。
小学校、中学校、高校と三度しかない修学旅行の内貴重な一つをヤンキー地獄で消費せねばならんとは……。
憂鬱な理由はまだある。学校側の対応だ。
『あぁ、その、何だね。無理に皆と行動を共にする必要はないと言うか……最低限、帰りに居てくれれば……』
これ、誰が言ったと思う? 校長だよ。
生徒についてはそこまででもなくなったが、教師に関しては八朔の件もあって更に酷くなった。
普通言うか? 教師が修学旅行で君は好きに過ごして良いよってさ。
しかもこれ、俺の意思を尊重しているように見えて実際は違うからな。お前と一緒だと気が休まらないって遠まわしに言われてるからね。
そしてこんな発言が出て来る時点でもう、あれだよね。感じるわ。戦いの輪から逃がしはしないぞって世界の意思を。
「……ってかさ、姉さん重い」
「どうしてニコは平気で女の子の心を傷付けるようなこと言うのかな?」
今、朝飯食べてるんだけど後ろから抱き着いてる姉が普通に重い。
子泣き爺か何かですか?
「だってさー、一週間も会えなくなるんだよ? 今の内にニコ成分を補給しとかないと」
「夏休みにも一週間、留守にしたんだけど」
「だからだよ! あれで思い知ったから!」
俺が居なくて寂しいというのは嘘ではないのだろう。気恥ずかしくはあるが嬉しく思う。
でもそれはそれとしてこの人、しっかりお土産のリクしてっかんね。めっちゃ頼まれてるからね。しかも食い物オンリー。
「はいはい、そこまでにしておきなさいな。ニコくんも困ってるでしょ」
「ちぇ……はーい」
渋々と言った感じで離れる姉。ナイス母。
ちなみに母もお土産のリクエストはしている。木刀だ。まあヤンキーの定番だよね。ご当地木刀。
この歳になって使うことはないだろうけどコレクションとして欲しいとのことだ。
ヤンキーバレするわけにはいかないからこれまでは頼めなかったんだろうな。
「それじゃあ、そろそろ出ましょうか」
「ん」
母の車で駅まで送ってもらい、しばしの別れを告げた。
駅前にはもう結構な数の生徒が集まっていて談笑をしている。
「おはよう花咲くん」
「おはよう八朔。早いね」
「あはは、修学旅行だもん。わくわくしちゃって」
嬉しそうに笑う八朔。イジメられっこを脱却してからホント、輝き始めたよなコイツ。
今だって俺に気を遣って話しかけに来てくれたんだろうし……光やのう。
「そう言えば高梨くん達はまだ来てないのかな?」
「そろそろじゃない?」
新幹線で行くんだがタカミナ達も一緒だ。更に言うならホテルも同じ。
作劇上の都合を感じざるを得ない……。面倒だもんね、一々ホテルが別とかだと。
合流に尺を割いたりするの無駄だから一緒にしました感が半端ない。
「うぉーい!」
噂をすればだ。
タカミナがテツトモと一緒にこちらに小走りで駆け寄って来た。
「はっちゃんオヒサ!」
「うん、久しぶり。朝からテンション高いね」
「そりゃ修学旅行だもん! テンション上がるっしょ♪」
だらだらと五人で駄弁っていると気付けばもう時間だ。
整列させられた俺達に向かい、学年主任が注意事項を告げる。
内容は如何にもなテンプレでわざわざ言われるまでもねえよって感じだが、
「えー、東区の子達も同じ新幹線に乗車しますが決して揉め事は起こさないように」
との言葉に、
「いや、うちのボスがあっちのボスと仲良いんだし大丈夫でしょ」
と誰かが呟いた。
うちのボスってのはまあ……俺だろうな。で、あっちのボスはタカミナ。
どっちも別に学校の頭張ってるとかじゃないんだけどね。
「……」
んで教師も黙り込むなよ。こんな戯言スルーしとけや。
もやりつつ、新幹線が到着したので乗り込む。
事前に指示されていた席に腰を下ろすが、
「何で佐伯さんが俺の隣に居るの?」
どうしてか未だあのエロ写メの理由を問い質せずに居る女子が俺の隣に座っている。
佐伯さんは普通に隣のクラスなのに何故、当然のようなツラで俺の横に居るんだ。
「いやほら、日野くんだっけ? 彼、京都まで花咲くんの隣ってのはキツかったみたいでさ」
「……」
「代わってあげようか? って言ったら喜んで譲ってくれたよ?」
「……」
「センセーにもちゃんと言ってあるし」
凹むわぁ。
「にしても、ちょっと暖房効きすぎじゃない?」
「……そう? 別に普通だと思うけど」
無視するのもあれなのでとりあえず答えたが、機を見て寝よう。
「いや暑いって」
言いつつ佐伯さんは上着を脱いだ。
そしてシャツの襟元を摘まみながら暑い暑いと、ちらちら下着を見せ付けてくれる。
ねえ、何なの? 怖いよ。何なのこの子? 何で俺は今、痴女られてるの?
変態? 変態さん? でも何で俺がターゲッティングされてるわけ?
(助けて……タカミナ、助けて……)
まだ地元を出てすら居ないのに、もう家に帰りたいんだけど……。
2.せめて初日はゆっくりさせて?
京都駅からスタートした観光コースは……まあ、実に定番のものだった。
京都御所から二条城、清水寺。ベッタベタだと思う。
三箇所を巡り終えたら良い時間になっていたのでそのままホテルへ。
「あのー……お茶とか淹れようか?」
「いや良いよ。気にしないで。俺のことは居ないものだと思ってくれて良いから」
同室のクラスメイト達の気遣いが痛い。
彼らにとっては殆ど罰ゲームじゃん。いや迷惑を被ってるのは他の子らもか。
(だって出席番号順なんだもんなぁ)
学校側が俺の押し付け合いになることを予見したからだろう。
グループは出席番号順ということになり俺という不良債権は“は行”の子らに押し付けられてしまったのだ。
まあ学校側も流石に不憫だと思ったのか、自由行動に限っては好きにして良いとのことだ。
それでも彼らは七日間、俺と夜を共にしなければいけなくなった――……何かこの言い方だと卑猥だな。
(せめて、ある程度物怖じしない性格の子らなら俺も頑張ってコミュニケーションを取るんだが)
残念ながらいわゆる、陰キャ寄りの子達なんだ。
俺も根っこは同じなんだがこれまでの行状を並べ立てられたら同類には思えんよな。
何考えてるかわかんねー危ない奴以外の何者でもない。
(……大人しく団体行動に付き合うつもりだったけど)
校長が言うように明日から自由行動した方が良いな。
この子らの気が休まる暇がない。四六時中爆弾と一緒に居させるとか流石の俺も罪悪感が沸くわ。
(タカミナ達に同行させてもらおう……)
タカミナ達は明日から最終日まで自由行動をするつもりらしい。
というか東中はタカミナ達以外にもちらほらそんなグループが居るとのことだ。
ま、あっちは不良の巣窟だからさもありなん。
タカミナに同行を願い出ようとスマホを手にしたところで丁度そのタカミナメッセージが届いた。
《遊びに行こうぜ!!》
まあ、そうだよね。ヤンキーが夜大人しくしてるわけないよね。
もう既にフラグが見え隠れしてるが、このままホテルで大人しくしてるのも辛いからな。是非もなしだ。
「ちょっと出かけて来るよ」
「あ、うん。いってらっしゃい」
財布とスマホをポッケに突っ込み、鍵を片手に部屋を出た。
普通修学旅行とか部屋の鍵は複数人でも一つだが俺は違う。
煩い事を少なくするために学校側が事前にホテル側へ伝えていたのだろう。グループの鍵一つと俺用の鍵が二つになっていた。
「あ、来た来た」
「ちょっと待って。フロントに鍵預けるから」
受付のお姉さんに鍵を渡し、タカミナ達に合流する。
「具体的なプランとかあるの?」
「あるわけねーだろ」
「胸張って言うこと?」
「バッカおめー、こういうんはあてもなくフラつくから楽しいんだろ」
……まあ、一理あるかな?
というわけで俺達は夜の繁華街へと繰り出した。
「あ、そうだ。やっぱり俺も明日からタカミナ達と一緒に行くよ」
「「「あぁ、やっぱハブられたんだ」」」
声を揃えるな。
いや別にハブられたわけじゃねーし。俺が居ると気まずいだろうから……いかん、何か泣きそうだわ。
「まあ分かったよ。ああ、お前はどっか行きてえとこある?」
「え? あー……いや特には。最終日あたりはどっかでお土産屋をじっくり見繕いたいかなってぐらい」
「ニコはどこでも変わらんな」
いやだって、ねえ?
新撰組が特別好き! とかなら所縁の場所を巡れば良いけどさ。そういうの特にないんだもん。
京都の名所に興味がないわけじゃないよ? ただ偏りがないからどこでも楽しめるであろうことは予想がつくもん。
日程的に全部回るのは不可能だからぶっちゃけどこ行っても問題ないっていうか。
「そういう皆は行きたいとこあるの?」
「とりま金閣銀閣は鉄板でしょ」
「「だよな」」
何故? いや定番の観光名所のひとつではあるけどさ。
「あと池田屋とかも行ってみてーな」
「晴明神社もだな」
「五条大橋も行きたいね~」
「行きたいとこあり過ぎて逆にどこから行けば良いか迷うぜ」
「俺らが知らないだけで他にも面白そうなとこあるだろうしね~」
……統一性がないとこを見るに観光本でティン、と来たとこ全部回るつもりだな。
あのトモでさえ浮かれてるあたり計画性とかは皆無だと思う。
なるべく多く回りたいなら、順路とかも考えるべきだが…………まあ良いか。
ガッチガチに固めるより気の向くまま好きにやる方が楽しいだろう。
全部を回れず悔しい思いをするかもだが、そういう旅の失敗も醍醐味っちゃ醍醐味だし。
「ねえねえ、ちょっと良いかな~?」
猫撫で声が耳朶を揺らし、初めて気付く。囲まれている。
数は……八人か。見た感じ、成人手前のチンピラっぽいな。
暢気過ぎね? と思うかもだがしゃーない。だってまるで脅威に思えんのだから。
「君達修学旅行生だよね?」
「あぁ、そうだけど?」
トークはお前に任すと肩を叩くと、タカミナは嫌々答えた。
「なら結構、お金持ってたりするんじゃない?」
「それがどうしたんだよ?」
「実はさ、お兄さん達財布落としちゃって困ってるのよ。お金貸してくれない? ちゃんと返すからさぁ」
ヘラヘラと笑うチンピラ。
この手の口上を、俺は人生であと何回聞くことになるのか。考えただけでも憂鬱になるわ。
「……しゃーねーな」
言ってタカミナは小指を自身の鼻に突っ込んだ。
そしてしばしもぞもぞさせた後で指を引き抜き、
「ほれ、これで美味いもんでも食いな」
鼻くそを突き出した。
「んのガキャァ!!」
沸点低すぎ笑った。
タカミナに殴り掛かるチンピラだが、
「おせーよ禿」
腹に一発。それでチンピラは沈んだ。
仲間がやられたことで取り囲んでいた他のチンピラも顔色を変えるが……まあ無駄だ。
あっちゅーまに俺とタカミナの手で処理され残りは一人になった。
「く、クソ!!」
悪態を吐くや背を向け走り出した。判断が早い。でも俺の足はもっと速い。
「仲間を置いて逃げるなんて薄情じゃないか」
「こ、コイツ……!」
そこそこ距離はあったがもう、三メートルほどまで追い詰めた。
男は焦った様子で近くにあったゴミ箱をぶッ倒した。
大量のジュース缶が道にぶち撒けられる。突然のことに俺も缶を踏み付け体勢を崩すが、
「へ、へへ! ざまぁ……」
「――――甘いよ」
転ぶわけがないだろ。おめえ、スタイリッシュヤンキー相手にバフかかりそうなことするとか馬鹿なの?
即座に体重移動を行いバランスを取りながら空き缶の上を滑るようにして進む。
「はいおやすみ」
男の背に蹴りをかまし終了。
「おーい! サツが来るかもしんねーしさっさとずらかろうぜ!!」
「了解」
既に逃走を始めたタカミナ達を追い、俺も走り出す。
(……初日ぐらいはゆっくりさせてくれてもええやん)
つくづく因果な世界である。
そういやちょっと前にルイの現況についての感想があったのでお答えします。
ルイは今まで住んでた家に居ます。
ただ父親は家を出ていったので今は親戚の女性との二人暮らしです。
が、それはあくまで表向き。実際は事の始末をしていく中で笑顔が助けたかった少女のことを知った真人が裏から手を回しました。
具体的には父親の会社を買収して父親はお飾りのトップとして完全ATM化。
傷付いたルイの心が健全な状態になれるようそういった傷について理解があり
その手の被害者を社会復帰させて来た実績もある女性を親戚ってことで送り込みました。
当然、ルイはそのことを知りません。ここまで肩入れしてるのはルイのためってよりも孫のためですね。
ちなみに親戚の女性()とルイは完全に打ち解けていてルイは色々な話。
それこそクリスマスに笑顔と雪中で踊ったこととかも話していて、それは真人にも伝えられてます。
真人「やだ、少女漫画みたいでキュンキュンしちゃう」
とおじいちゃんは孫のプレイボーイっぷりに大満足してます。




