ding‐dong⑤
1.落ち着けよ
何かしらイベント発生してる時期は体感時間もやたらと長く感じるのに、日常はあっと言う間だ。
あれ? もう十一月終わったの?
ってな具合で十二月に入ったかと思えばあれよあれよと時が流れて気付けばクリスマス当日。
午前中で終業式を終えた俺は荷物を取りに一旦帰宅して直ぐに東区にあるタカミナの秘密基地へと向かった。
クリスマスパーティは昼から始まるのだ。
「うーっす」
「おや、俺が一番乗りかな?」
プレハブに入るとタカミナがコタツに入ったまま、軽く手を挙げ俺を迎えてくれた。
どうやら他の面子は居ないらしい。区が違う金銀コンビと梅津矢島はともかくテツとトモも居ないのか。
「アイツらは家の手伝いさせられてるよ」
「あー……」
年末だもんなぁ。どこも忙しいわそりゃ。
「他の面子も何か色々あるみてえだし、全員集まるのは一時過ぎぐれえじゃねえかな」
スマホチェックしてなかったので見てみたら確かに遅れるとの旨が。
今が十一時半だから一時間以上あるが……まあ、急いでるわけじゃないし別に良かろう。
「昼飯が遅れちまうが……まあまあ、その分腹を空かせられるってことで良しとしようぜ」
「空腹は一番のスパイスだからね」
よっこらせとソファに寝転がり、大きく息を吐き出す。
「そういやケーキはもう出来てんだったか?」
「うん、昨日の内に三人でバッチリ作っておいたよ。柚と桃に預けてあるから安心しなよ」
オーソドックスなクリスマスケーキとチョコやらチーズやらで計三ホールだ。
ちょっと多いかなと思わなくもないが八人で食べるんだからまあ大丈夫だろう。余ったら明日の朝にでも食べれば良い。
「そっちは……途中で抜けてタカミナん家で作るんだっけ?」
「おう。一応、昨日の内に出来ることはやっといたから楽しみにしとけー」
梅津のシチューとかは前の晩に作り置きしとけるけどフライドチキンとか唐揚げなんかの揚げ物はそうもいかんからな。
精々が下味つけたりとかの仕込みぐらいだ。そこらは抜かりないようで実に楽しみだ。
「しっかし……はええもんだな。五月にお前と出会って、気付いたらもう年末だ」
「だねえ」
「あっちゅう間だったな」
マッハで駆けてったよね。イベントが盛り沢山過ぎた。
ルーザーズとの決着から今に至るまで平和な時間が流れてるけど、それも年が明けるまでだ。
修学旅行が始まったらまた新しい長編エピソードの始まりである。
え? 被害妄想? 普通に旅行を楽しめる可能性もあるだろうって? そうなりゃ良いんだけどなぁ。
でも聞いてよ。修学旅行の日程。一週間よ一週間?
(こんなんイベントをぶち込んでくださいと言わんばかりのスケジュールじゃん……)
逆にこれで何もなかったら俺はもう何もかもが分からなくなるわ。
「そいやニコは年末年始、予定とかあんの?」
「一応、元日の夜に倉橋の本家に行って三が日はそこで過ごすことになってるね」
「倉橋っつーと……」
「うん、父方の実家だね。色々良くしてくれてるよ」
「小夜ちゃんもそうなんだよな?」
「そうだね。三が日終わったら今度は小夜が家に遊びに来るとか言ってたかな」
学生はまだまだ冬休みが続くからな。
真昼さんは色々忙しいみたいで来れないらしいが。
「タカミナ達の話したら会ってみたいって言ってたから予定が合えばお願いして良いかな?」
「おう。話に聞く限りじゃかなり愉快な子みてえだしな。楽しみにしてるよ」
「ありがと。ちなみにタカミナは年末年始はどう過ごすの?」
「家でだらだらしてるよ。まあ、テツとトモは明日の夜から家族で田舎に帰省するみてえだがな」
「幼馴染二人が居ないと寂しいんじゃない?」
「馬鹿言えや」
ケラケラと笑うタカミナ。何か良いね、こういうまったりとした時間。
「そう言えば矢島も帰省するとか言ってたっけか」
「あー……言ってたな。梅津は間違いなくこっちに留まるだろうが金角と銀角はどうなんかね」
「来たら聞いてみようか」
「おう。あ、そうだ。元旦も夜まで暇ならさ、大晦日の夜に暇な連中集めて走らねえ?」
「良いねえ」
塵狼も大所帯だからな。全員参加は無理だろうが地元に残って暇してる奴らは一定数居るだろう。
そいつらと一緒に初日の出を見に行くのは中々楽しそうだ。
帰りに初詣とかしておみくじ引いちゃうんだ。
「それにしても、どのチャンネルもおもしれーのやってねえなぁ」
「夜になればまた別なんだろうけどね」
クリスマスだもん。特番も色々やるだろう。
今は昼前だからな。やってるのなんてワイドショーぐらいよ。
「しゃーねえ、アイツらが来るまでゲームでもすっか」
「良いよ。何する? また野球?」
「ふっふっふ、野球も悪かねえがおもしれーのがあんだわ」
タカミナはコタツから出るとゲームが置いてある隣室へと行ってしまった。
何か微妙に不安な笑みを浮かべてたが一体……。
「じゃん!」
「……」
「おい、露骨に敵意を剥き出しにするな」
複数人の美少女が描かれたパッケージ。
俺はそれに見覚えがあった。そう、健康ランドでプレイしたあの忌まわしいギャルゲーである。
「……何故」
「いやー、こないだゲームショップに行ったら偶然見つけてよぉ。コンシューマに移植されてたんだなあれ」
追加ヒロインも居るみたいだぞと笑ってるが……笑えねえよ。
どうせあれだろ? また詐欺られるんだろ?
「そう不貞腐れるなって。お前が選んだキャラのルートがおかしかっただけかもしれねえじゃん」
「む」
それは……一理あるな。
結局、あのゲーム俺しかプレイしなかったし。タカミナ達が選んだキャラなら違ったのかもしれん。
「つーわけで改めてプレイしてみようぜ!」
「……良いよ。とりあえず、タカミナが選んだ子の話気になるから先にやりなよ」
「おう」
そんなこんなでゲーム開始。
「あ、OPあるんだ」
アーケードでは確かなかっ……あ、あのアマァ!!
「……ヒロインですけど何か? みたいなツラが癪に障る」
「落ち着けよ」
こんなポップでキュートなOPからアレは想像出来ねえだろうが!?
「さてさて……えーっと、俺……どの子選んだっけ?」
「覚えてないんかい」
導入は大体同じだったのでスキップし、マップ画面。
デフォルメされたキャラがマップ上に配置されていて、そこから選ぶのだがタカミナは自分の攻略キャラを忘れてしまったようだ。
「んなこと言われてもお前のが衝撃的で、思い出が殆どそれしかねえんだもんよ」
悪いの俺か?
「あ、思い出したこの子だ」
タカミナが選んだのは黒髪ロングの勝ち気っぽいお嬢様だった。
ほーん、へーん? タカミナはこういう子がタイプなのね。
見た目だけで言えばルイに近いけどあの子はよわよわだからなぁ。
「コンシューマは選択肢間違えても金かからんのが良いよな」
「そうだね。まあ俺は失敗しなかったけどね。しなかったけどアレだったからね」
「根に持ちすぎだろ……」
ミカンをパクつきながらタカミナのプレイを見守ることしばし、
「「……」」
……。
「……なあ」
「……うん」
「……主人公の南くんが発狂して精神病院に叩き込まれたんだが?」
「……そうだね」
彼が見えている世界をそのまま表現したかのようなサイケデリックな色彩の一枚絵がとても印象的だ。
「ふざけんな!!」
「落ち着きなよ」
ゲーム如きでみっともない。
「お前にゃ言われたくねえんだが!? つか何だよこれ! おかしいだろ!?
途中までお前……ツンツンしてるけど世間知らずでちょっと抜けたとこもある可愛い女の子との学園ラブコメだったじゃん!!」
そうだね。
「何か途中から不穏な空気流れ出したと思えば終盤、伝奇ものになってるじゃねえかどういうことだ!?」
「まあ、うん。この世界、超常的な力や存在が居るのは分かってたし」
俺が攻略したヒロインのお陰でな!
ただ、あのヒロインとタカミナが攻略した子ではジャンルが違う。
あっちがインフレ上等超人異能バトルみたいなノリなら、こっちは真綿で首を絞めるようにじわじわ不安と絶望に苛まれる系のサイコホラーだ。
「詐欺じゃねえか! 一人だけ色物かと思ったが二人もとかこれもう絶対、わざとだろ!?
パッケージの後ろに乗ってるシーンがどれもこれも悪意しかない! ぜってーユーザーを騙そうとしてる!
そんでよぉ! 何がムカつくって話の出来自体は普通に良いのがムカつく! 読ませる文章書きやがってよォ!!」
「で、どうするの? やめる?」
「やめんわ! これも周回前提だろうからやったるわ! 少なくとも何かしら綺麗に着地するまでおわんねーぞ!!」
と気炎を吐くタカミナだが、
「よーっす。何か盛り上がってんねえ」
「ちーっす。何でキレてんの?」
金銀コンビが秘密基地の中に入って来た。
気付けばそこそこ時間が経っていたらしい。まあ、当然か。
「いやほら、前に健康ランドでやった恋愛ゲームあるでしょ? あれのコンシューマ版やってたんだよ」
「「あー」」
得心がいったと頷く二人。
俺はあれから特に調べたりはしなかったがこの二人は調べたんだろうな。
「調べてる時にコンシューマ版出てるってあってその内買うつもりだからネタバレとかは踏んでねえが」
「散々、詐欺詐欺言われてたからなぁ」
しみじみと言う。
やっぱりこれは意図した展開なんだな……糞が!!
ま、それはそれとしてだ。
「タカミナ、一旦ゲーム中断しよう。他の皆もそろそろ来るだろうしお昼の準備しないと」
「……チッ、しゃーねえ」
「俺らも手伝うべ」
「おう」
鍋の準備を始める。
まあ、一から出汁を取ってとか手間のかかるやつではなく市販の鍋の素を使うので準備つってもそんなにないんだがな。
使うのはちゃんこ鍋の素で〆はラーメンで決定している。
「おじゃまー」
「お、丁度良い時に来たみたいだな」
そうこうしている内に他の面子もやって来た。
あとは鍋が煮えるのを待つだけだ。
「タカミナと話してたんだけど柚と桃、梅津は年末年始の予定とかあるの?」
「……特にねえな」
分かっちゃいたけど梅津は居残りか。
キレイキレイされたとは言え両親に対するわだかまりが消えたわけじゃないもんな。
俺としても関係改善を促すつもりはない。どうしても分かり合えない人間ってのは居るもんだ。
例えそれが血の繋がった親子であろうともな。実の父母と断絶している俺が良い証拠だ。
「二十九日からお袋らと田舎に行くことになった。なっちまってるんだよなぁ……」
項垂れる柚。田舎ってのは……まあ、あそこだよな。
柚のお母さんらは忙しくて足を運べてなかったとか言ってたし良い機会だろう。
頑張れとしか言いようがないわ。
「桃は?」
「特にねーよぅ? 特番見ながらダラダラするぐれえさ」
「だったら他の暇してる奴らにも声かけて大晦日に夜、走らない?」
「……別に構わねえが」
「俺も良いぜ」
「ええなぁ、ボクも予定なかったらそっち行くんやけど」
まあそれぞれで楽しめば良いだろう。
「ところでさ。何かタカミナの機嫌悪いんだけど何かあったの~?」
まだ引き摺ってるからなこの男……。
俺が理由を説明してやると事情を知らなかった面子があー、と納得顔になる。
「……あのアマを攻略した後はお前らの番だかんな」
「仮にも恋愛ゲームのヒロインをあのアマって言うのはどうなんだ」
「ってかそろそろ鍋、良い感じだよ」
テツの言葉で一旦、話を打ち切り俺達は両手を合わせる。
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
楽しいクリスマスはこれからだ。




