ding‐dong④
1.台パンはやめろォ!!
入浴施設をとことん堪能した俺達は上機嫌のままランド内の施設を巡っていた。
かなり大きなとこだけにエステやマッサージなどの定番からちょっと変わったものまで盛り沢山だった。
「湯上りと言えば卓球だが」
「あー、今はそういう気分じゃねえなぁ」
「俺も俺も。卓球は嫌いじゃねえけど今はゆっくりしたい感じだ」
タカミナが卓球をそれとなく提案するが金銀コンビが真っ先に否定した。
俺も同感だ。湯上りの少しぼんやりとしたこの感覚にもう少し浸っていたい。
「……ラムネうめえ」
そして梅津は主体性がないな。
俺らとつるみ始めるまで遊びの経験が皆無だったからしょうがないっちゃしょうがないんだが。
「あ、ゲーセンあるよ。どう? ここで遊ばない?」
「ゲーセンか……メダルゲーム輪廻に沈むのも悪くねえかもな」
「格ゲーで対戦しようぜ!」
「対戦するんなら麻雀も良くね?」
「ガンシューなんかも面白そうじゃない?」
ゲーセンに入ることは決まったが、何で遊ぶかは決まらない。
各々好きなのやれば良いじゃんと思うかもしれないが、折角友人と来ているのだから一緒に遊びたいだろう。
一緒にプレイ出来ないタイプでも、こう脇で一緒に盛り上がれるのが良い。
そしてしばしの議論の末、ギャルゲーをすることになった。
(何故、ギャルゲー?)
と思わなくもないがこういうよく分からないノリは思春期のお約束だろうと深く考えないことにした。
「しかし、恋愛ゲームってゲームセンターとかにあるんだね」
イメージとしては据え置き機なりパソコンなりで楽しむものだったわ。
だってさ、攻略するまで席に陣取るわけじゃん? 回転率悪くない? って思っちゃう。
「まあ、格ゲーやら音ゲーに比べるとメジャーなジャンルじゃねえが皆無ってわけじゃねえんだぜ?」
「そうそう。クイズのオマケに恋愛要素足したりとかは昔からあったし」
「へー」
流石に詳しいね。
「で、誰からやるよ? やっぱかませ犬として振られマン二人からか?」
「「誰が振られマンだ!!」」
「……自覚あるんじゃねえか」
はいはい喧嘩しないの。
「ねえ、俺からやって良い?」
「お、ニコちゃん意外にやる気?」
「うん。全然縁がないジャンルだから普通に気になる」
「んじゃニコからな」
椅子に座って硬貨を入れようとしたところで、
「はいストップ」
柚から待ったがかかる。
「折角だし、最初にどのヒロイン攻略すっか決めてからプレイしようぜ」
「それは……完全に第一印象だけってこと?」
「イエス!」
筐体には六人かの美少女キャラクターが描かれている。
これが多いのか少ないのか俺には分からんが……。
「えっちゃんが先に選んで良いぜ。どんな子選ぶか興味あるし」
「……確かに気になるな」
ふむ、どの子にしようか。
ぶっちゃけ見た目には特にこだわりがねえんだよなぁ。
「じゃあ、この金髪の凛々しい子にするよ」
「ほう」
「ほう」
「ほう」
「……ほう」
四連ほう、止めて? 別に深い意味はないから。
「あぁ、最初は一通りヒロインの顔見せ的な感じなんだね」
「そりゃな。ある程度、プレイヤーにキャラを把握してもらわにゃ話にもならんし」
そりゃそうか。
最初にヒロインの顔見せと、ゲームシステムの説明やった方がプレイヤーとしてもありがたいもんな。
画面にもチュートリアルを飛ばす? みたいなアイコン出てるし。
「しっかし、ニコちゃんに恋愛事が上手くやれるかねぇ」
「煽るじゃないか」
「いやニコちゃんがモテんのは知ってっけどそれは見た目ありきじゃん? ゲームにゃそのイケメンフェイスも通用しねえぞ~?」
確かにその通りだけど舐め過ぎだ。
(俺はこの中で唯一、過去に彼女が居た男だぞ)
過去っつーか前世?
言うてね。言うてまだ女の子と付き合ったこともねえ童貞野郎どもよりかは上手くやれますよ。
あとこれ、リアル恋愛ってわけじゃなく事前に用意された選択肢から選んでくんだろ?
一定数好感度が上がる選択肢選べなかったらゲームオーバーってシステムらしいが楽勝よ。
選択肢が提示されてるならそこから察することも出来るしな。
(まあ見てなって)
そして一時間後。
《――……君と過ごす穏やかな日々は私のようなつまらない女には過ぎたる黄金の如きものだ。
ああ、幸せだよ。嘘偽りなくそう断言出来る。しかしもう一人の私が囁くのだよ。お前はこれで良いのか? とね》
んん?
《この幸福を――愛を壊した先にこそ、見える地平もあるのではないか。そこが至るべき場所なのではないか。
拗らせた思春期の妄想だと笑ってくれて構わない。だがしかし、捨てられんのだよ。そんな妄想を》
そして俺はヒロインに抱き殺された。
笑いながら涙を流し、愛しい男を抱き殺す綺麗な一枚絵が画面に表示されている。
「「「「……」」」」
グッドエンドの文字が表示され、スタッフロールが流れ出す。
なるほど、なるほど。
「……」
「おい止めろ! 無言で拳を振りかぶるな!!」
「お客様!! 困ります!! 台パンはいけません! あーっ!! 困ります! 困ります!!」
「えっちゃんを止めろォ!!」
「……ゲーム如きで何マジになってんだ! 落ち着け!!」
ええい、離せ! 悪いのは俺か? ちげーだろ!!
お前らも見たよな!? 俺、これまでヒロインの心情に合わせてパーフェクトな対応して来たじゃん!
選んだ選択肢全部で好感度上がるSE流れてたじゃん!?
なのに何で殺されにゃならんのだ!? 何がグッドエンドだ殺されてえのか!?
恋愛ゲームだろうが! ギャルゲーだろうが! そういうのは別ジャンルでやれや!!
何で最終局面で唐突に不穏な空気流れ出すんだよ!
「…………ふぅ。もう一回、良いよね?」
「「「「……どうぞ」」」」
腹の中とは言え少し叫んだら落ち着いた。
あるいは、どこかで見落としがあったのかもしれない。
であればこれは俺のミスだ。グッドエンドって文字は一旦忘れる。あと一回、チャンスをくれてやろう。
「あれ? 何かさっきと話変わってね?」
「ひょっとしてこのキャラ、あれか。周回前提の作り?」
そして一時間後、俺はヒロインと相打ちになって死んだ。
「……」
「だから無言で拳を振りかぶるなって!?」
2.基本的にロクデナシしか居ない
二度とやらんわあんなクソゲー。
いや、話自体はよく出来てたよ? でもさ、詐欺じゃん。
如何にもな学園ラブコメみてえな感じで始まった癖に最終的に宇宙規模の戦い始まってるじゃねえか。
どう考えても詐欺だろ。カレー屋でカレー頼んで寿司出されたらキレるわ普通。二千円返せアホ。
(クッソ、結局三時間以上プレイしちまった……)
時刻は七時過ぎ。現地解散した俺はそのまま駅前に繰り出していた。
というのも、だ。健康ランドを出る前に姉と母に何か買って来るものとかない?
と聞いたところたい焼きと焼き芋を所望されたので駅前にやって来たのだ。
(……姉さんもそうだが、母さんも結構な健啖家だよなぁ)
ヤンキーは身体が資本ということなのか。
(しかしあれだな、ちょっと前までは夜の駅前とか歩きたくなかったんだが)
ヤンキーが元気になる時間帯に、賑わいのある場所とか確実に絡まれるからな。
だが今は少々、様子が違っている。
アホなヤンキーが居なくなったわけではないが、その手の奴らを取り締まる動きが出始めたのだ。
警察? いいや違う。ヤンキーがヤンキーを取り締まっているのだ。
理由は言わずもがな、ルーザーズとの一件である。
(あの戦いに参加した連中は皆、思うところがあったんだろうな)
ある種の自浄作用が働き始めた。
いわゆる光のヤンキーも目につかない限りは積極的に動くことはなかったのだがルーザーズとの戦いを経て変わった。
今だってそれとなく目を光らせてるのが何人か居るしな。
土方が哀河にお前らの戦いは無駄じゃなかったと言ったらしいが、その通りだ。
(民度が上がるのは良いことだ)
ずっとこのままってこたぁないだろう。人は忘れる生き物だからな。
けど、ルーザーズが刻んだ傷はそう簡単には消えやしないだろう。
傷を忘れてしまっても、語り継ぐ誰かが居るなら……無駄にはならないと思う。
(あ、噴水広場)
噴水広場の近くで足を止める。
そういや、ここで柚と出会ったんだっけ。
何となく懐かしい気分になり噴水の方に足を向けると、
「あ、笑顔……くん」
ルイとエンカウントした。
冬らしい装いに身を包んだ彼女が目をぱちくりさせながら俺を見つめている。
「やあ、こんばんは」
「うん、こんばんは」
まずは挨拶からだ。
俺が噴水に腰掛けるとルイも同じように座った。
「その様子を見るに……買い物帰り、かな?」
「うん。お友達と一緒にね」
ほう、お友達。
俺が言えた義理ではないけど一種の感動を覚えるな。
心を守るため電波ゆんゆん状態の頃は一人も友達がおらんかったろうに……泣けるでぇ。
「笑顔くんは?」
「俺も友達と遊んだ帰り。健康ランドに行ってたんだ」
「……健康ランド? えっと、変わったところで遊ぶんだね」
「たまたまさ」
少なくとも定番の遊びスポットではあるまいよ。
男五人でギャルゲに精を出すのもな。いやまあ、プレイしてたのは殆ど俺だったが。
「ところで前に会った時は趣味の話したけど、あれから進展はあったかい?」
俺が話しを振るとルイは少し嬉しそうに笑って頷いた。
元々頭抜けた容姿ではあったが、陰が消えたからだろう。ずっとずっと綺麗だ。
しかし何だ。今挙げた理由もあるがあのアホみてえなギャルゲやった後だからかな。ルイがやたらめったら可愛く見える。
だってこの子、俺を殺しに来ないもん。宇宙規模の能力バトルとかやらかさないもん。
「星について、色々と」
「へえ? 本格的な天体観測やら天文学にはさして興味が沸かないとか言ってたけど」
「そうだね。天体の組成とかあの星が消えたらどうなるかとか、そういう方面のじゃなくて……星に纏わるオハナシを調べたりしてる」
「星に纏わる話――ってーとギリシャ神話とか?」
「うん」
はぁー……なるほど。確かにそれは面白そうだ。
俺もそこまで詳しくはないが、オリオン座の由来ぐらいは知ってる。
太陽神アポロンの関係で命を落としたギリシャ随一の狩人オリオンの死を嘆いたアルテミスが空に上げたとかそういうんだっけ?
他にも色々逸話、解釈はあるだろうから星座ひとつでも調べたらかなり面白いだろうな。
中には女の子が好みそうなロマンティックな話もあったりするだろうし。
「ギリシャ神話って凄いよね。基本的にロクデナシしか居ない……」
「それは、まあ……うん、そうね」
返す言葉もねえ。
主神からしてヤリ●ンだし、神々のDQN行動を挙げてけばキリがない。
しかもあれだ。神が実在する、していたかは分からんが仮に存在していた場合……ねえ?
ヤンキー漫画の法則に支配されたこの世界の神とかやっべえぞ。
「まあそれは置いといて、ほかにも幾つか趣味は見つけられたんだ。お友達のお陰」
「そっか。それは良かった」
神ならずとも実在する歴史上の人物とかもそうだな。
武士とか――特に鎌倉武士とか殆どヤンキー、ヤカラの類じゃん。
舐められたら殺すが原則とか正にヤンキーのそれでしょ。まあヤンキーと違って鎌倉武士は殺す(ガチ)だけど。
特になー、義経。義経とか伝説のヤンキーの一角でしょアイツ。しかもただのヤンキーじゃない。やばいヤンキーだ。
暗黙の了解をぶっちし舟の漕ぎ手を射殺するわやんごとなき御方と三種の神器を海の底に沈めるわ……。
どう考えてもヤンキー漫画に出て来る“何をしでかすかわからねーヤバイ奴”です本当にありがとうございました。
しかも後世のイメージだと義経って美形じゃん? 伝説のささらえ男じゃん? 被ってるんだよ俺と。
身軽でぴょいぴょい跳んでるあたりもそう。
(……そういや、京都にゃ五条大橋があったっけ)
牛若丸(義経)と弁慶の伝説だ。
キャラ被りしてる俺を五条大橋で大立ち回りさせる展開とかありそうで嫌。
判官贔屓なんて言葉もあるように俺も義経は好きだよ? でもそれはそれ。
アイツの末路を考えると構成要素が被ってるのは不吉すぎる……。
「ところで、さ」
おっといかん。妄想の世界に浸り過ぎてた。
「何だい?」
「笑顔くんは、クリスマスの予定とかあるの?」
「あるよ。友達と一緒にオールでパーティする予定」
プレゼント交換とかやっちゃうんだ。
「それがどうかしたの?」
「……えっと、その……少しだけで良いから、夜に時間が取れないかな?」
「ふむ?」
「あの、無理なら……良いんだけど……」
そう言うわりにめっちゃしょんぼりしてんじゃん。
このシチュエーションで断るとか俺、ただの鬼畜じゃないっすか。
「良いよ」
「ほ、ほんと?」
「勿論。徹夜で騒ぐんだ。少しぐらい抜け出したって問題はないさ」
「……ありがとう」
「じゃ、連絡先交換しよっか。都合が良い時に呼び出してよ」
「う、うん!」
連絡先を交換し、ルイと別れる。
これは、あれだな。
(……ヒロインイベントぉ……ですかねぇ)




