番外編:悪童七人隊√
1.風の吹くまま気の向くまま
「ふぃー……そろそろ単車乗るのもしんどい季節になって来たなぁ」
「……そうだな。普通に寒い」
十一月半ばのある夜のこと。
悪童七人隊総長、丘野彰人は親友の神藤晴二、後輩のアンマンと共にコンビニでたむろしていた。
「まあ、確かに単車乗ってるとキツイですけど悪いことばかりじゃないでしょう」
袋の中から取り出したアンマン(食)に齧り付きながらアンマン(人)が言う。
「お前も好きだよなぁ」
「……この時期になるとそればっかだなお前」
「良いじゃないですか。美味いんだし。あ、アキトさん達も食べます?」
「貰うけど」
アンマン(人)が差し出したアンマン(食)を受け取り、齧り付く。
熱々の生地に面食らうが、確かに悪くはない。常食するほどではないが時たま食べたくなる味だ。
「しかしあれっすね」
「あん?」
「あと一ヶ月ちょっとでクリスマスだってのに浮いた話の一つもなく、男三人グダグダしてるって寂しくありません?」
「おめーらと一緒にすんな。俺は別に作ろうと思えば彼女の一人や二人は作れるんだよ」
嘘ではない。
容姿も整っているし、喋りも上手いアキトなら思い立ったら直ぐにでも彼女の一人ぐらいは出来るだろう。
事実、これまでだって幾度も告白を受けている。
ただどうにも本格的に付き合うとなると気が乗らなかった。
身体だけのお互いが一夜限りと割り切った遊び程度だ。
「作れたとしても作ってないんだから一緒じゃないっすか」
「ちげーよ。俺はモテる。これは重要だからな。テストにも出るぞ」
「ってかその辺、聞いたことありませんでしたけどアキトさんは何で彼女作らないんすか?」
「いや聞けよ」
「……まあ、あれだな。コイツは存外、しっかりした恋愛観の持ち主なんだ」
「って言いますと?」
「だから……」
アキトをスルーし、アンマンと晴二が会話を続ける。
「……コイツにとっての男女交際はな。結婚が前提なんだよ」
「ま?」
「……マジだ。だから半端者の内は、と一線を引いてるんだ」
「へー、拗らせた童貞みたいっすね」
「よし分かった。お前は俺に殺されてえんだな?」
「まあでも納得っちゃ納得っす。アキトさん……晴二さんもっすけどこれで案外、進路とかしっかり考えてるみたいですし」
「おい、総長様に対する礼儀がなってない……なくない?」
というのはさておきだ。
アンマンが言うようにアキトは存外、しっかりしている。
進路も二年の春には決めていて、そのために必要な準備も粗方終わっていた。
春になれば高校最後の一年が始まるが、アキトと晴二は余裕を持って最後の高校生活が送れるだろう。
「あれっすか。アキトさん、ギャップ狙いっすか?」
「狙ってねえよ」
ったく、とアキトは深々と溜息を吐く。
「ああそうだ、晴二」
「……ん」
「良い機会だしよ、話しておかねえか?」
「……ああ、そうだな」
自分たちの卒業についての話題が出たのだ。
丁度良い機会だとアキトが言えば晴二も小さく頷いた。首を傾げるアンマンにアキトは言う。
「アンマン、お前……二代目やってみねえか?」
「え」
「え、じぇねえよ。俺も他のオリジナルメンバーも卒業すりゃ皆、他所へ行くんだ。チームは続けられねえべ」
「え、ええ。それは分かってますけど」
悪童七人隊はアキトが居てこそのチーム。
そう思っていたから、彼の卒業と共にチームも解散するものだと思っていたのだとアンマンは言う。
「まあ俺も元々、高校卒業までのつもりで立ち上げたチームだけどよ。お前らが居るだろ」
悪童七人隊はその名の通り、最初はアキトを含む同年代七人によるチームだった。
しかしアンマンを始めとして後輩も何人か入って来たことでそのまま終わらせるのはどうかと思うようになったのだ。
「もう俺達だけのチームじゃねえ。悪童七人隊はお前達の居場所でもある。それを、なあ?」
総長とは言え自分が勝手に奪ってしまうのは違うだろう。
ならば託しても良いと思える相手が居るのならば、跡目を託すべきだ。
「そ、そりゃチームが続くのは嬉しいですけど……え、何で俺……」
「お前以外にゃいねえだろ。なあ?」
「……ああ。他のオリジナルメンバーもお前を推してるし、後輩どもも次の頭をってことならお前を選ぶだろう」
喧嘩の腕もさることながら、一番重要な人望もある。
知らぬは本人ばかりで誰を跡目にと言うのなら満場一致で選ばれるぐらいには、アンマンが最有力候補だった。
「どうする?」
「……そう、っすね。嬉しくないかと言えば嘘になりますが、俺に悪童七人隊の看板が背負えるかどうかは不安で」
「バッカ、おめー。看板を背負うだとかんなことは考えなくて良いんだよ」
アンマンの腹を小突き、アキトは笑う。
「うぐっ……い、いやでも」
「風の吹くまま気の向くまま。手前の心のままに走るんが俺達だろ?」
難しいことは考えなくて良い。
「やりてえのかやりたくねえのか。それだけで良いんだよ」
「……」
「で、どうすんだ?」
アンマンはふぅ、と息を吐き出し肩の力を抜いて答えた。
「――――二代目、張らせて頂きたく思います」
「そうか。なら、お前に任せるよ」
ニッ、とアキトは笑った。
「夏休み前に引退式やっから、そこで正式に頭を譲り渡す。そっからはお前の時代だ」
「っ……はい」
「任せたぜ」
話も一段落したし軽く一服、と煙草を取り出そうとしたアキトだが……手が止まる。
「あれは……」
アキトの目に映ったのは雪のように白い御髪の少年だった。
2.出会い
(……俺は、どうしてこうなんだ)
逃げるように家を飛び出した花咲笑顔はあてもなく、寒空の下を歩いていた。
防寒具もなしに出歩くのは辛い時間帯だが笑顔はまるで気にしていなかった。
肌を刺す夜気よりも、心を苛む自己嫌悪の方が大きかったからだ。
(疫病神め……)
切っ掛けが何だったのか、さして時間も経っていないが忘れてしまった。
ただ何時ものようにどうでも良いことだったのだろう。
実父にいちゃもんをつけられた笑顔は黙ってその怒りを受け止めていた。
何を言われても気にならない。大人しくしていればいずれ終わるからと。
だがそれが父親の気に障ったのだろう。
『~ッふざけやがって!!』
顔面を殴り付けられた。
幼い子供が成人男性に全力で殴り付けられたのだ。
その小さな身体は面白いように吹き飛び、頭を何かにぶつけてしまった。
だらだらと流れる血。だがそれさえも笑顔にとっては他人事だった。
これぐらいは何てことはないと。
しかし、その光景を見ていた義理の母にとっては別だった。
義母は泣きそうな顔で笑顔に近寄り、壊れ物を扱うように手当てを始めた。
そして処置を終えたところで、
『あなた! 何てことをするの! ニコくんはあなたの息子なのよ!?』
こういうことがあった時、義母は何時も笑顔を庇う。
それでも夫には強く言えずにというのがお決まりのパターンだった。
しかし今日は違った。一歩も退かぬと言わんばかりの勢いで食って掛かったのだ。
根が小物な父は最初こそたじたじだったが、
『う、うるさい!!』
逆上し手を上げたのだ。
義母は予期していなかった一撃によろめき、倒れ、テーブルに頭をぶつけてしまった。
『あ……お、俺は悪くない……お、お前が……お前が……』
みっともない自己弁護を繰り返す父。
その瞬間、笑顔の中で何かが切れた。
『死ね』
気付けば置時計を手に殴り掛かっていた。
大人と子供。その体格差は歴然だ。
しかし、笑顔にはそれを埋めてしまえる天性のセンスがあった。
物を使えば攻撃力は補えるし末端から攻めていけばデカイ相手も丸くなり体格差も埋められる。
決して抵抗しない相手にしか粋がれない父がどうなったかなど語るまでもないだろう。
『ぁ』
気付けば周囲は血の海に沈んでいた。
父は息こそあるが重態。笑顔は呆然と自分を見つめる義母の視線に顔を歪め、衝動的に家を飛び出した。
後ろで何か言っていたようだがそれを振り切るように走った。ひたすら走った。
息が切れ、足が重くなり走るのを止めても足は止めなかった。
亡者のような足取りで一体、どれほど歩いただろう。
「よぉ坊主。随分と景気の悪いツラしてるじゃねえの」
その声にのろのろと顔を上げると首筋にある蓮の花を模した刺青が特徴的な少年が自分を見下ろしていた。
笑顔は無視して横を通り過ぎようとするが阻まれてしまう。
「無視すんなって」
「……あんたにゃ関係ない」
「つれねえな。だがまあ、仰る通りだよ」
「なら……」
「でも気になるもんはしょうがねえよなぁ?」
ひょいと猫をそうするように刺青の少年は笑顔を掴み上げ、コンビニの前まで連れていく。
「よお坊主。食うか? 世界一美味い食い物だ」
「アンマンが世界一ってお前、どんだけ安上がりなんだよ」
「別に良いでしょうが」
笑顔は無視した。
「……やれやれ、子供を舐め過ぎだ。食べ物で釣れるわけがないだろう。ここは俺に任せておけ」
仏頂面の少年がコンビニの中へ入っていく。
戻って来た時、彼の手には一冊の雑誌が握られていた。
「……エロ本だ。色々な意味で元気になれるぞ」
差し出されたそれを笑顔はビリビリに破いて捨てた。
「テメェにゃデリカシーってもんがねえのか」
「……いやだって、これぐらいだろ。性の目覚め。沈んでる時ほどエロがすーっと効いてだな」
「駄目っすわアキトさん。俺、晴二さんがこんな出来ない男だとは思わなかったっす」
「それな。十数年の付き合いだけど俺もガッカリだよ」
「……酷い言われようだな」
「っぱここは俺が行くっきゃねーな」
刺青はアキト、仏頂面は晴二というのかとぼんやり考えていた笑顔にアキトが語り掛ける。
「坊主、名前は?」
無視した。
しかし、アキトはそのままじーっと笑顔を見つめたまま動かない。
やがて根負けした笑顔は吐き捨てるように名を告げる。
「……花咲笑顔」
「良い名前じゃねえか。んじゃ、ニコって呼ばせてもらうぜ?」
アキトは笑顔を抱え、停めてあったバイクの後ろに彼を乗せた。
何を、と困惑する笑顔にアキトは言う。
「ツラ見りゃ分かる。何かつれえことがあったんだろ?」
「……」
「何があったかなんて聞くつもりはねえし、興味もねえ。だが一つだけ教えてやろう」
アキトは笑う。
「そういう時はよ、何も考えずにカッ飛ばすのが一番なんだぜ?」
「何で……」
見ず知らずの自分をこうまで気にかけるのか。
その言葉は唸るようなエンジン音にかき消される。
「――――っしゃあ! 野郎共、出ッ発だァ!!」
「「応!!」」
これが丘野彰人と花咲笑顔、二人のファーストコンタクトだった。
とまあこんな感じの導入で悪童七人隊√が始まります。
バッキバキに圧し折れて自己嫌悪が極まってるところに
ヤンキーお兄さんがすぅーっと効いて……
このルートだとアキト、鉄舟経由でテツと出会うのでタカミナ達とも早期に付き合いが始まります。




