命の別名⑲
1.俺だけが甘い認識のままだった
ホテルの中に踏み入るとロビーには何時でも動けるよう物騒な装備で身を固めたルーザーズの構成員がスタンばっていた。
年齢はバラバラだが共通して皆、仄暗い瞳をしている。
そりゃ見捨てられないわけだ。多分、哀河も最初は彼らを巻き込むつもりはなかったんだろう。
九十九丈一と二人で八つ当たりがてら同じ境遇の人間の復讐を代行してる内にってところか。
復讐で区切りをつけられた者も居れば、区切りをつけられなかった者も居る。後者がここに居る彼らだ。
放って置けなかったから抱き込んだ。そして同じ痛みを知る彼らだからこそ、命を賭して新たな道を……。
(……俺も、あの時アイツを殺していれば)
俺にとっての分水嶺は実母の葬儀だったと今なら分かる。
あそこで虚無を上回る憎悪があったならば……俺もきっと“あっち側”だったと思う。
殺したところで何が変わるわけでもない。何が救われるでもない。今よりも大きな胸の穴を抱えてどうにもならない苦しみに――……感傷だな。
「……ニコ」
タカミナの言いたいことは分かる。
ギンギンギラギラ敵意を向けて来るこいつらをどうするのかって話だろう。でも心配は無用だ。
「おいおい、そんな目で見るなよ。君らの頭目には手を出すなって言われてるんじゃないの?」
《……ッ》
微かに息を呑んだのが分かった。見くびってくれるなよ。この程度、分からいでか。
「向かって来るなら別に良いけど俺は容赦しないよ? 多少、手傷を負わせられるかもしれないがそんなものは誤差だ」
返り討ちにあってドロップアウト。この戦いでもう何かをすることは出来ないだろう。
九十九ならともかく彼らじゃ俺は止められない。それが分かっているから哀河も手出し無用と命じたのだろう。
花咲笑顔は九十九が何とかするってな感じでな。
「行こう、タカミナ」
「……おう」
タカミナを伴い二階へ続く階段を上がっていると、
「雫がどこに居るか目星はついてんのか?」
「ああ、屋上だよ」
「断言したな」
「このシチュエーションで大将がどこに陣取るかって言えば屋上以外にないじゃん」
「えぇ……根拠それぇ……?」
呆れた顔をするタカミナだがこの世界の理に照らし合わせれば間違いないんだよなぁ。
ま、他にも理由はあるがね。それを今ここでタカミナに教えるつもりはないが。
余計なことは考えず戦いに臨んで欲しいからな。
「ちゃんとした理屈もあるよ。連中は砕け散って粉々になるまで戦うつもりなのは分かるだろ?」
「……おう」
「最後まで戦い続けるため追い込まれたら連中は戦場をホテル内部に変えるはずだ」
周囲は山だからそこに逃げ込んでのゲリラ戦ってのも考えられなくはないが可能性は低いだろう。
「そうなったら徐々に徐々に上へ追い詰めてく形になる」
「ああ……だから屋上に……」
「そういうこと。引っ込む前の序盤から中盤での戦いにおいても屋上に哀河が陣取る意味はある」
全体を見渡せて戦況を把握し、指示を出すにはうってつけだからな。
「っとストップ。そこワイヤーが張られてる」
「うぉ!? あ、あぶねえ」
見渡してみればそこかしこに怪しい気配が……。
「俺が先導するからついて来て」
「あいよ。しかし……屋上まで行くんか……」
若干、げんなりした様子のタカミナ。気持ちは分かる。
当然のことながら廃墟となったこのホテルに電気は通っていない。つまりは徒歩で行かねばならんわけだ。
「……今からでも三階ぐれえにまからんかな」
分かるマン。
(でも、その程度の“高さ”なら哀河はここを決戦の場所に選ばんかっただろうがな)
戦う上では中々の好立地だが他所を選んだろうな。
罠を避けつつ、俺達は一階一階上がっていく。
そして最上階。屋上へと続く階段の前には予想通り九十九が陣取っていた。
(前に倉庫でやり合った時よりも……)
その目は暗く沈んでいた。
哀河の死はもう止められないのだとしても、少しでも先延ばしにしたい。でもそれは覚悟を決めた相棒への裏切りでもある。
恐らく九十九の胸中はもうぐっちゃぐちゃなんだろうな。
だからそれを悟らせないように冷たい氷の仮面を被っている。
哀河も相棒の胸中を理解しているから好きにさせているんだろう。
何を思っていようとタカミナが自分の下へ来れば終わりが始まる。そして俺なら確実にタカミナを突破させるだろうと。
「一応、聞くよ。そこを通しちゃくれないかい? ああ、俺は良い。タカミナ――うちの高梨南だけだ」
「……出来ない相談だな」
「何故?」
九十九は答えない。
「……おいニコ、こんなことは言いたくねえがお前一人じゃ」
先にも述べた通り九十九のメンタルはぐちゃぐちゃだ。
並みの相手ならそんな精神状態で戦いなど出来ようはずもないが九十九は並ではない。
自身の迷いを理解し、その上でそれらを一切無視して俺達を潰すことだけを考え葛藤に蓋をしている。
今の九十九は俺達を潰すことしか考えていない。
この状態の九十九をどうにかしようと思えば俺だけじゃキツイだろう。
タカミナも九十九の葛藤は知らずとも目の前に居る敵の恐ろしさだけは肌で感じ取っている。
だから俺を心配してくれてるんだろうよ。
「大丈夫」
確かに俺だけじゃキツイ――――“真っ当な”やり方ならな。
「九十九」
俺は懐から取り出したガスガンの銃口を九十九に向けると奴が大きく目を見開いた。
梅津に頼んでカリッカリに違法改造したものだ、その威力は当たればタダじゃ済まない。
「舐め過ぎだよお前」
躊躇なく引き金を引く。確実に眼球へ当たる軌道だったが、寸でのところで奴は回避した。
階段への道が開かれたがこのままでは直ぐに塞がれてしまう。距離を詰めながら再度、発砲。
回避してもしなくても俺からすればどちらでも構わない。回避するなら道が開けるし、しないならダメージを与えられる。
奴が選んだのは……回避だった。いや、武を修めているがゆえの反射的な行動だったのかもしれない。
「タカミナ!!」
「お、おう!!」
血相を変えた九十九が走り出すタカミナを邪魔しようとするが、隙だらけだ。
「うぐっ!?」
発砲。軽く頬を掠っただけだが十分だ。
フリーの左手で引き抜いた特殊警棒を使いその足を打ち据えてやる。
「さて、これで俺の仕事は終わりだな」
タカミナが階段を駆け上がっていくのを見送り、俺は一息吐いた。
「お前も、ここからはもう手出し出来ないんだろ?」
「……」
自由にさせたとは言えルールは設けたはずだ。
階段までは九十九の好きに、階段に入ったら手を出すなって具合にね。
「……その見透かしたような物言い。以前も思ったが雫にそっくりだな」
九十九は俺の問いには答えなかった。
俺として役目を果たしたわけだし、下に戻って時間稼ぎに加わりたいんだが……そうもいかんよなぁ。
少しでも終わりを先延ばしにすることは失敗した。
なら九十九にはもう戦う理由はないのかと言えばそれは違う。
俺を行かせるということはそれだけ他の仲間達がやられる可能性が高くなるってことだからな。
あとは、
(……戦果って意味でもな)
ルーザーズに勝利はない。あるのはどれだけ“傷”を刻み込めたかだ。
そういう意味で俺の、白幽鬼姫の首は大きいだろう。同胞への慰めのために俺を潰す理由はある。
「ふぅ――――俺の、俺だけが甘い認識のままだった」
九十九の表情が一変した。止めてよ、こんなとこでスイッチ入るの。
あのままで良いじゃん。迷い抱えてうじうじしてる方が楽だもの。
「先に子供の喧嘩の領分を越えたのは俺達だ。いやまあ、そもそも俺は子供ですらないが」
「……」
「そしてお前も、ただの子供と思うべきではないんだろう」
背筋が凍り付くような殺気が放たれる。
これまでは十四歳の子供だからと、どこかに気遣いが滲んでいたけれどそれが無くなったのだ。
「はぁ……分かったよ。俺も腹を括る」
少しでも身を軽くするためガスガンを階段に置く。
まだ弾もガスも残っちゃいるが役には立たない。
タカミナが行ってしまった以上、ここからはもうダメージを負おうが負うまいが関係ない。
俺を仕留められればそれで良いんだから被弾覚悟で突っ込んで来るだろう
仮に通用してもガスの補充、弾丸の補充、九十九と戦いながらでは不可能だと最初から分かっていたことだ。
(活用出来そうなバフデバフもねえしなぁ)
タカミナならば哀河はもとより他のルーザーズ連中とやる場合でもバフが盛り盛りかかるだろう。
それはタカミナが光のヤンキーで熱い男だからだ。
しかし、俺のキャラでは無理だ。良い感じにやっては居るが世界的に俺はまだ“あっち側”の判定なんだろう。
光に触れちゃ居るが未だに境界線をふらふらしてるってとこか。
無理くり何とか活かせそうなシチュはねえかと頭を捻ってみたが結局、思いつかなかったし。
「「ふぅ」」
期せずして互いに小さく息を吐き、駆け出した。
奴の顔面に向け警棒を投擲するが防ぎも躱しもしない。
普通に直撃するが、九十九はまるで怯まず目をかっ開いたまま俺に組み付いて来た。
速さじゃ俺が勝ってるが、奴は“巧い”のだ。
「くっ……!?」
引き剥がそうとするが膂力ではあちらが上。だが片腕を引っこ抜けただけでも十分だ。
奴が技を仕掛けるよりも早くフリーになった右腕の袖口に隠してあった寸鉄を握り締め九十九の首筋に突き立てる。
「ぬぅ!?」
が、外れてしまい首ではなく肩に刺さってしまった。
九十九が咄嗟に反応したせいだ。いや、人殺しにならずに済んだからお陰と言うべきかな。
「……今、本気で俺を殺そうとしてたな?」
距離を取った九十九が寸鉄を引き抜きながら言う。
このまま攻め掛かりたいが、ダメだ隙がない。
「ああ。あんたとやるなら殺しにかかるぐらいじゃないとやられちゃうからね」
喧嘩のレベルでは手に負えない。
だから俺も……闇堕ちに近付くことを覚悟で、少しばかり道を外れさせてもらった。
「とは言え俺もこんなとこで人を殺したいわけじゃない」
母や姉に迷惑がかかるから殺人なんぞに手を染めるつもりは毛頭ない。
もしも俺が人を殺めるとしても、それならそれで真っ先にやらなきゃいけない奴が居るしな。
そいつの前に九十九を殺すなんざ御免だ。
「だから退けと?」
「いいや」
ここで退くようならそもそも戦いが始まってねえよ。
「殺されるな」
「……イカレてる」
「お互い様さ」
まあカッコつけたは良いんだが普通に俺がやられる可能性もあるって言うね。
少しばかり“外れ”はしたが何でもありってわけじゃないし持ってる装備もルーザーズと同程度のもんだからな。
「ふぅー……はぁー……」
そういう怪しげな呼吸止めてくんない? 如何にも武術っぽいじゃん。
俺の感想は正しく床を蹴った九十九は先ほどよりも速くなっていた。
小回りが利く感じではなく爆発力?
「おお、怖い怖い」
ノーモーションで顔面目掛けて放たれた拳。
下半身で踏ん張りながら倒れ込むように回避しざま、その腕をナイフで切りつけてやる。
浅く切り付けてやっただけだが別に問題はない。血を流させることが目的だからな。
「貰った」
「やんないよ」
切りつけられたことなどお構いなしに、即座に倒れ込んだ俺を打たんと九十九は拳を振り下ろした。
片腕を地面に突きバク転の要領で蹴りを放ち、その顎を蹴り飛ばす。
素早く体勢を整え、今度は俺から攻める。しかし、それを読んでいた九十九が手痛いカウンターを俺の腹に叩き込む。
「う……ぐぅ……ッ」
せり上げるものを堪えながら腕を掴み、拳を引けないようにしてその腕に膝を突き刺す。
部位破壊を狙っているのだが……この男、タフ過ぎる……! 構わず攻撃して来やがった。
(おっかねえ野郎だ……)
振るわれた肘を潜り抜けるように回避し、奴に背を向け走り出す。
客室が立ち並ぶ廊下を疾走する俺と、その背を追う九十九。
(ここらで良いか)
壁を蹴って飛び上がり反転。
こちらに迫っていた九十九の顔面を薙ぎ払うように左廻し蹴りを繰り出す。
奴はぎりぎりまで蹴りを引き付け皮一枚で回避。俺の蹴りは綺麗に空振った。
「――――ありがとう、お前なら回避してくれると思ってたよ」
「ッ!?」
空振った左足を引き戻しフックのように九十九の首に引っ掛ける。
そして間髪入れずに両足で挟み込むように喉下へ向かって右膝を叩き込む。
「っく……」
無茶な体勢で繰り出したものだから技を終えると同時に俺も地面に転がってしまう。
直ぐに立ち上がり、息を整えながら九十九を見る。
ダウンしているが、
「……やっぱり、立つよね」
奴は立ち上がった。口からは夥しい血が流れ出しているし、足もふらついている。
だってのにその瞳に宿る闘志の炎はどうだ? よりいっそう燃え上がっているように見えた。
「不本意なことばかりだが……少し、楽しくなって来たな」
「……勘弁してよ、いや本気で」




