命の別名⑱
1.あ^~煙草が美味いんじゃ^~
ルーザーズの無差別攻撃がピタリと止んだ。
市内の不良が徒党を組んだことで恐れをなした? そんなわけがないだろう。
その程度でビビるようなら市内全域の不良を対象にした無差別攻撃など行うわけがない。
これが終わりではないことぐらい馬鹿にでも分かる。奴らは最後の大攻勢に向けて息を潜めているだけだ。
思い通りにはさせない、何かさせる前に潰してやると連合は血眼になってルーザーズを探すがまるで成果は挙げられない。
ルーザーズが姿を消してから五日後のことである。彼らの所在が判明した。
一番、最初にそれを知ったのは塵狼の総長を務める花咲笑顔だった。
独自に調査をしていて、逸早く所在を掴んだ――というわけではない。
笑顔自身も他の不良達と同じようにルーザーズの所在を探らせてはいたがまるで成果は上がっていなかった。
つまるところ、
『……露骨だなぁ』
哀河雫が自らの思惑の下に笑顔へ情報を流したのだ。
ルーザーズは今、隣県との県境に放置された廃ホテルの中に居るという。
山間にあるそれはバブル期に保養所として建てられたもので篭城場所としては打ってつけだった。
『――――直ぐに出るよ』
塵狼と連合を潰し合わせることは既に承知の上。今更躊躇する理由はない。
笑顔はテツとトモ、そして彼らを補助する二十人を除く全員と共に街を出発した。
「しかしまあ、良いように踊らされてんな俺ら!」
先頭を走る笑顔の少し後ろで金太郎が言った。
「だねえ。でも気にすることはない」
自分達の狙いは過程にはない。最後の最後にちゃぶ台を引っ繰り返すことが目的なのだから。
だから雫の誘導も歩きやすいようご丁寧に道を舗装してくれたのだと思えば良いのだと笑顔は言う。
「最後の最後で釈迦を気取ってる哀河の掌に風穴を開けられればそれで良いんだよ」
「……ハッ、俺らは孫悟空ってわけか」
「うん。あの猿も言ってみればヤンキーの大先輩みたいなもんだしピッタリでしょ?」
「いやでもえっちゃんよぉー……あの猿は不良とかそう言うレベルじゃなくね?」
「殆どテロリストやろあの猿」
ふと笑顔は気付く。南が話に入って来ないなと。
「気負い過ぎだよタカミナ」
「う゛……いやでもよぉ……」
「緊張したところで何が変わるわけでもないでしょ」
余計なことは何も考えなくて良い。
雫のことだけ考えて、他は全部自分達に放り投げれば良いのだと諭す笑顔。
「俺達はタカミナを信じてるのにタカミナは俺達を信じてくれないの?」
「それは……分かったよ」
「うん、楽に行こう楽に」
気楽に、そして真摯に雫にブツかって行けば良いのだ。
笑顔の叱咤に南の身体から余計な強張りが消える。
「さて。真面目な話をしようか。塵狼が動いたことはもう、烏丸さん達も察しているだろう」
調べた限りでは監視などはついていなかったし、街を出る時もある程度ばらけさせた。
それでも少しすればバレるだろう。わざわざ個人に監視はつけていなかったが、ある程度街に網を張っているはずだから。
「仮に独力で気付けなかったとしても哀河が情報を流す」
潰し合わせるのが目的なのだから連合には動いてもらわねば意味がないから。
「烏丸さん達は状況が状況だし何時でも動けるようにはしてるだろうけど他は違うと思う」
「……ある程度、準備に時間がかかるか」
「ああ。哀河としても先に俺らがホテル周辺に到着して布陣してもらわないと困るからな」
連合に加わったことで烏丸達の動きは鈍った。
先行は恐らくない。連合は対ルーザーズのために結成されはしたものの一枚岩というわけではない。人の質が低いからだ。
烏丸達は歯痒いだろうが足並みを揃えなければいけない。でなければ余計な諍いで時間を取られてしまうから。
「とは言え、だ。俺達にそこまで時間的な余裕があるかと言えばそんなこともない」
ルーザーズからすれば塵狼もまた攻撃対象なのだ。
ある程度、戦う準備を整えられる最低限の時間しか与えられないだろうと笑顔は指摘する。
「気持ち的にはあっちに着いて少ししたらもう、本番って感じだと思う」
「ハードスケジュールだな」
「うん。だからある程度まで近付いたら気持ちのギアを上げといて欲しい」
笑顔の言葉に五人は小さく頷いた。
「えっちゃんの方は大丈夫なんかよ。九十九ってのは相当、やるんだろ?」
「ん? んー……まあ、何とかやるさ」
普通にやり合うのであればかなりの苦戦を強いられるだろう。負けだって十分あり得る。
だがそれはあくまで真っ当にやり合えばの話だ。
相手は喧嘩をしに来ているわけではないのだから、笑顔としても馬鹿正直に戦うつもりはない。
口にはしないが普段はやらない、やる必要がないような手も使うつもりだった。
そんな笑顔を健はじっと見つめていた。
「笑顔くんは喧嘩の前でも全然、緊張とかないなぁ。いっつも自然体やわ」
「そりゃ、ねえ? 強かろうが弱かろうがやるって決まってるんならやるしかないわけでしょ」
「まあ」
「だったら緊張するだけ馬鹿らしい。良いことなんてひとっつもないじゃん」
それから目的地まで笑顔達は他愛のない雑談に興じて気持ちをリラックスさせた。
そして到着後、笑顔は即座に塵狼の布陣にかかった。
事前にネットの航空写真で周囲の地形等は把握していたのと、統制がきっちり取れているので布陣はスムーズに終わった。
「……やっぱりゆっくりする時間はなかったな」
布陣をしているあたりから遠くで無数のエンジン音が鳴り響いていた。
もう直ぐ連合がここに到着する。
「これから俺とタカミナはホテルに乗り込む! 後は頼んだ!!」
長々とお喋りをしている時間もないので短く告げた。
しかし、それで十分だった。応! 仲間達の声を受け笑顔と南は振り返ることもなくホテルの中へと入って行った。
「皆、笑顔くんの言葉は聞いたな!? 頼む、言うたんや! その意味、分かっとるか!?」
総長代行として兵を率いる役目を任された矢島が叫ぶ。
「笑顔くんは振り返らんかった! それはボクらを信じとるからや! ここで気張らなダサいなんてもんやないで!!」
《おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!》
ホテルを守るように展開された塵狼の兵達から雄叫びが上がる。
それを聞きながら、南を除く四天王達も沸々と血を滾らせていた。
「頼もしいな、俺らの仲間はよ」
「おう。こっちも無限にやる気が沸いて来るわ」
「……テメェら、しくるんじゃねえぞ」
「「お前もな!!」」
そして遂に、対峙の時が訪れる。
先頭を切って現れたのはやはりと言うべきか烏丸、大我、龍也の三人だった。
となれば対応するのは当然、彼らとやり合う予定の三人になる。
「笑顔くんとタカミナくんはどうした?」
「……便所にでも行ったんじゃねえのか?」
烏丸の問いに健が答えた。
その態度が癪に障ったのか後ろに控えている連合内で一応、同格ということになっている有象無象が騒ぎ出す。
烏丸はそれを手で制し、続けた。
「二人はもう中に入ったわけだ」
察せないほど烏丸も馬鹿ではない。
「君らは一緒に戦った仲だ。好んで争いたいわけじゃない。
俺らはルーザーズの連中にケジメをつけられればそれで良いんだ。なあ、どいちゃくれないかい?」
三人は懐から煙草を取り出し火を点けた。
そして深々と肺まで煙を入れ、
「「「あ^~煙草が美味いんじゃ^~」」」
あまりにも人を小馬鹿にした態度に烏丸達の後ろで控えていた有象無象が遂にキレる。
「人を舐め腐るのも大概にせえや!!」
「甘くしとったら付け上がりやってよォ!?」
「中坊は黙って道ぃ開けんかい!!」
実に威勢の良いことだが、仮にここに笑顔が居ればこうはなっていなかっただろう。
彼らは相手を選んで大きな態度を取っているのだ。端的に言ってただの小物。
ゆえに、
「「「ハッ」」」
鼻で笑った。
そしてここで烏丸はその狙いに気付く。
「待っ」
制止の声を遮るように三人の有象無象が健と金銀コンビに襲い掛かり、
「「「いっぺん死んどけ」」」
返り討ちに遭う。“一撃”で沈められた有象無象達に連合側がしん、と静まり返った。
そう、これこそが健達の狙いだった。
鮮やかに最初の一人を倒すことでアドバンテージを握り、戦いを優位に進める。笑顔もよく使う手だ。
タカミナが哀河雫をどうにかするまで時間を稼げれば良い。
それは分かっているが、そんな甘い認識では逆に潰されてしまう。連合を潰すぐらいの勢いでやらなければ呑まれてしまう。
何せ塵狼の敵は連合だけではなくルーザーズもなのだから。ゆえに徹底的にやる。全部を出し尽くす。
「――――っしゃあ! 一気呵成に畳み掛けんでぇ!!」
《うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!》
連合側が立ち直るよりも早く、矢島の号令で戦端が開かれた。
なし崩し的に始まった戦い。最初の流れは塵狼が完全に掴んでいた。
ここから立て直せるのは烏丸達ぐらいだが、その三人は健達が抑えている。
「金太郎、分かってんのか? お前ら……こっからは地獄だぞ」
特別、目をかけていた後輩に語り掛ける大我。
「今でこそ大人しくしちゃいるが俺らが消耗すればルーザーズの連中が出て来る」
龍也もそう、諭すように銀二に言う。
「お前らだけを見逃してくれるってわけじゃねえんだぞ?」
「塵狼も連合も、見境なく襲い始める。このままだとまんまと奴らの思惑通りになっちまう」
だから退け。尊敬する先輩二人の言葉に金銀コンビは毅然とした態度で言った。
「分かってますよ。分かった上でやってんすよ」
「そのぐらいの覚悟もなしに俺らがここに居るとでも?」
「「……」」
「あんたらが仲間のために身体張ってるのと同じように俺らも仲間のために命懸けてんだ」
「それを退けだって? 先輩だからって舐め過ぎでしょ」
そして二人は同時に告げる。
「「うだうだ言ってねえでかかって来いやァ!!!!」」
先輩後輩の戦いが幕を開けた一方で、
「ッ……!」
「流石に、やるね。悪童七人隊との抗争でも戦ってるとこは見たがあの時よりも強くなってる」
健と烏丸は既に戦っていた。
こちらは金銀コンビ、竜虎コンビと違って特に関わりがあるわけでもないので当然だろう。
「……見下してんじゃねえ!!」
拳を躱しざま、健が足払いを仕掛ける。
烏丸はひょいと片足を挙げて回避するが、それでも若干体勢は崩れてしまった。
その隙を逃さず健は距離を詰め、アッパーを繰り出すが重ねた両手で防がれてしまう。
「見下してるつもりはないんだがな」
その言葉に嘘はない。烏丸も表面上こそ余裕だが、しっかりと健を“脅威”と認識している。
勝てはするだろう。しかし、そう簡単には勝てない。こちらもかなりの痛手を負うことになると。
烏丸一人が突破したところで意味はない。
ホテルの中に居るルーザーズや笑顔、南のことを考えると踏み込むならば大我と龍也も一緒でなければ事は成らないだろう。
烏丸が考えていることを察した健が言う。
「……攻めるならあっちの勝負が見えた頃ってか。だが残念」
くつくつと喉を鳴らし、
「負けねえよ! 俺も! アイツらも!!!!」




