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バッドデイ(旧)  作者: ふゆむしなつくさ
8/12

フォー・ラヴ・オン・クリスマス・デイ ③

 そして、案の定飲みすぎた。

「お客様、大丈夫ですか?お客様?」

 控えめに肩を揺すられつつ掛けられた声に目を覚ますと、まるで鈍器で殴りつけられたかのように頭がガンガンと痛んだ。酒に逃げることは別段珍しくもなかったけれど、ここまでひどい状態になったのは随分久々だったな。

 思わず呻きながら声のした方へと目を向けると、僕とそう変わらないだろう年頃の女性店員が、不安そうにこちらを見下ろしていた。線が細く、顔立ちはそれなりに整っていたが、一度明るく染めてそのままなのだろうプリン色の髪と黒縁の大きな眼鏡がどこか野暮ったさを感じさせるような、そんな女の子だった。

「すみません、もう間もなく閉店のお時間で…」

 その言葉に驚いて店内の時計を見遣ると、時刻はもう0時を回ろうとしていた。食べるものもろくに頼まず、酒ばかりを飲んでは吐き、飲んでは吐き、そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。朧気ながら思い起こせる限りだと、最後に時計を見た際は21時ほどだったはずで、そこからずっと落ちていたとするなら、相当がっつり寝てしまっていたことになる。よくもまぁここまで追い出されなかったものだなと、我が事ながらひどく呆れたね。

「…お客様?」

 店員の女の子が、もう一度諭すように言った。とりあえず謝罪と感謝を伝えようと口を開きかけたところで頭痛が一層酷くなって、結局僕は頭を抱えながら、

「すぐに出ます。…その前に、お水を一杯頂けますか?」

 と、自分のものとは思えない程しゃがれた声でなんとかそれだけ伝え、

「畏まりました、すぐにお持ちしますね」

 店員の女の子が優しく答えて離れていくのを見届けてから席を立ち、手洗い場へ直行した。もう二度と酒なんか飲むものか、なんて。どうせ行動に繋がらない無意味な反省を抱きながら。

 

 

 喉に指を突っ込み、えづきながら吐き戻しを終え、口元をすすいでから席へ戻ると、先程の女の子が氷と水の入ったグラスを持ったままそこに立っていた。

「…大丈夫ですか?」

 案ずるような面持ちで差し出されたそれを受け取り、口をつける前に、

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません、本当にすぐ出ますので。色々ありがとうございました」

 そう返事を返す。すると、それを聞いた女の子が、柔らかく笑いながら言った。

「あまり長い時間はだめですけど、もう少しなら、こちらに居て頂いても平気とのことでしたので。気分が落ち着くまで、もう少しゆっくりしていってください」

「え、いや、そんなわけには…」

「なら、これは私からのお願いだと思って頂けませんか?そんな倒れそうな顔色の方を外には放り出せないですよ。少しだけで構いませんから」

 僕が更に遠慮の言葉を連ねる前に女の子はパタパタと店の奥へ戻っていき、僕は流されるまま椅子に腰を下ろして、もらった氷水入りのグラスを傾けた。

 きっと同情されてるんだろうなと、そんなことを思った。

 クリスマス・イヴに一人でわかりやすく自棄酒して醜態を晒してるような奴を見れば、誰だって憐れみのひとつ位憶えるだろうから。


 多分いつもだったら、この時点で僕はすぐに席を立ち、店を出ていたんじゃないかと思う。

 何せ僕は他人から同情されたり、憐れまれたりってことが、何より嫌いだったからね。自分で自分のことを惨めな野郎だなんて言ってるくせに、他人からそう思われるのだけは、どうしても我慢ならないんだよ。確かに僕はどうしようもなくしみったれたろくでなしだけど、お前らに同情される筋合いはないって具合にさ。

 安っぽくてタチの悪いプライドだけど、これまでの僕にとって、その薄汚い意地は最後の防波堤のようなものだったんだ。

 

 でもこの日の僕は、本当の意味でどん底の限界にいたんだろうな。

 別にそれでもいいと、そう思ったんだ。

 このやたらと親身な対応がたとえ憐れみからくるものでも、今は別にそれでも構わないってね。


 結局、僕は10分程その場に留まって、もらった氷水をちびちび飲み干し、幾らか気分が落ち着いたところで席を立った。

 会計を済ませて店を出る前に、もう一度あの女の子に礼を言おうと姿を探したけれど、見つかることはなく、僕は別の店員に丁寧に伝言を頼んで、そのまま店を後にした。

 

 外は勿論寒いはずだったけれど、そう簡単に抜けるわけもないアルコールに侵された身では、あまりそうは感じなかったな。

 今度こそ下宿先のアパートへ向かおうとよろよろ歩き始め、ほんの数歩進んだところで、

「あの、すみません!」

 不意に、背後から声が聞こえた。

 振り返ると、先程対応をしてくれたあの女の子が、店の制服姿のままで軒先から僕を呼び止めていた。

 忘れ物でもしたかと、まずそんな考えがよぎる僕に向けて、彼女が消え入りそうな声音で言う。

「え、と、少し、お時間よろしいですか…?」

「はい?」 

 思わず不審がる僕の様子に一瞬尻込みして、けれど彼女は一度大きく目を瞑り、それから意を決したかのように、再び口を開いた。


「――あなたと、少しお話がしたいんです」

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