表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バッドデイ(旧)  作者: ふゆむしなつくさ
12/12

バッド・デイ ②

 さて。

 僕のこのろくでもない一週間程にも、こうして一応の区切りと結果がついたところで、この話はおしまい……と言いたいところなんだけど。

 実はもう少しだけ、この話は続くんだ。できたら最後まで、付き合ってもらえると嬉しい。といっても、ここから先は何というか、アフターストーリーのようなものなんだけどね。

 というのも、今度こそコヨリと別れて、僕はむき出しの両手をポケットに突っ込んで暖を取りながら、実家までの帰路をゆっくり歩き始めてさ。その道中、通り沿いで信号が変わるのを待っていたら、不意に後ろから声をかけられたんだよ。

「お兄ちゃん?」ってね。

 そう、なんとそこにいたのは、妹だったってわけなんだ。

 いやはや、ただでさえ知人が少ないってのに、今日はよくよく外で知った顔にぶつかる日だなって、そう思ったね。偶然ってのは、時にはやたらと重なるものらしい。

「やっぱり、お兄ちゃんじゃん。何してるの、こんなとこで」

 僕が振り返ると、妹は自転車を止めたまま、特に興味もなさそうにそう聞いてきた。上半身だけもこもこに着込んだ制服姿だったのを見るに、多分、部活動の帰りかなにかだったんだろうな。

「いや、特に何も。ただの散歩だよ」

 そんな妹に、僕も当たり障りのない答えを返す。そりゃそうだ。流石に、たった今昔からの想い人にふられてきたんだよ、とは言えなかったし、言いたくもなかったからね。

「ふうん。まぁ別になんだっていいけど。じゃあ私、先に帰るから」

 本当にどうでもよさそうに、つっけんどんにそう言い捨てて、彼女はペダルを踏んだ足に力を入れ始める。


 そして宣言通り、妹はそのまま先に帰って…となっていたなら、特に言うこともない普段どおりのやり取りってことで、話は終わっていたわけなんだけど。まぁ僕がこんなふうに話を続けている以上、君にも察しはついてるんじゃないかな。そうはならなかったってことに。


 自転車を漕ぎ始めようとする妹に向けて、僕は何を思ったのか、こんなことを訊いたんだ。

「なぁ、山の上にある公園のこと、知ってるか?」

 唐突な質問に、怪訝な表情を浮かべて、妹が答える。

「……知ってるけど。展望台があるとこでしょ。それが何?」

「じゃあ、これも知ってるかな」と、僕は言う。

「あそこさ、星がすごく綺麗に見えるんだよ。この時期は特に」

 そして、一瞬の間を置いて、続ける。

「今から、見に行ってみないか?」

 それは、本当に気まぐれから口を衝いた台詞だった。

 自分の気を紛らわせるためだけの、中身の無い誘い。

 でも、妹はそんな僕の言葉に大袈裟に驚いて、目を見開いたまま固まっていた。本当に、心の底からびっくりしているみたいだったな。それだけで、訊いてみた価値があったって思えるくらいに。

 もちろん、こんなのはただ言ってみただけだ。断られるのが前提だったし、はなっから何も期待しちゃいない。なにせ、相手は僕のことが大嫌いなんだろう妹だったわけだしね。

 でも、そんな僕に対して、妹の返事はなんとも予想外のものだった。

「……まぁ、別にいいけど」

 今度は、僕のほうが大袈裟に驚く番だったな。率直に言って、意味がわからなかった。今の誘いに乗ってくる妹の真意が、まったく掴めなかったんだ。

 僕が馬鹿みたいにその場で立ち尽くしていると、妹は自転車から早々に降りて、「行くなら早くして」と言い、「ん」と僕にハンドルを差し出してきた。

 それを見て、僕はかろうじて答える。

「ああ…。え、僕が漕ぐのか?」

「当たり前でしょ。誘われてあげてるんだから、それくらいしなさい」

 歩いたほうがいいんじゃないか、と一瞬思ったけど、まぁそれもそうかとすぐに思い直し、僕は差し出されたハンドルを受け取って、三年近くご無沙汰だった乗り物に跨った。そして、妹が後ろに乗ったのをしっかり確認してから、力一杯ペダルを踏み始める。

 いやあ、実にのろのろとした、危なっかしい二人乗りだったな。速度は遅いし、バランスは悪いし。でもさ、それも当然ってもんだよ。妹はもう高校生で、まだ小さかったあの頃とは全く違うし、僕は僕でここ数年運動なんてなにもしちゃいなかった上に、肺まで真っ黒になってるだろうからね。昔のように、なんていくわけがないんだ。


 走り始めてすぐに、妹が後ろから、

「お兄ちゃん、遅い」と文句を言った。

 だから僕もなんとなく、

「ぜいたく言うな」と言い返した。

 不思議と、そこまで悪い気はしなかったな。

 




       ・




       ・




 やっとのことで備え付けの駐輪場まで辿り着いて、階段下から上の方を見上げると、少し先から見事なまでの真っ暗闇が続いていた。

 昔はそれなりに生き残っていた筈の街頭もほとんど全滅していて、かなり上の方に、ひとつふたつ見えるだけだったな。

 仮に自分が怪我をする分にはいいとしても、妹が一緒にいる以上、これはちょっと危ないかもしれないな、と軽く尻込みしていると、妹はそんな僕の気も知らずに隣を追い越して、「突っ立ってないで、早く行こ」と言いながら、先に階段を上り始めた。慌ててコートのポケットからスマートフォンを取り出し、ライトを点けながら、僕も後を追いかける。

 それからしばらく、足元を照らす光を頼りに、二人して無言で、階段を上り続けて。

 そうして半分ほどの段を過ぎた頃、不意に右隣を歩いていた妹が、小さな声音で、とある歌を口ずさみはじめた。

 僕もよく知っている、日本でもとても有名な、海外の楽曲。


「うぇーりざもーめん、うぃにーでぃざもーおす…」


 妹の歌声を耳にするのは数年振りだったわけなんだけど、僕はそれを聴いて、相変わらず綺麗な声で歌うんだなって、素直にそう思った。

 なんの抵抗もなく、すんなり耳に入ってくるような、とでも言えばいいのかな。昔から妹は、そういうどこか透き通った声色で歌うのが、とても上手いんだよ。こればっかりは、妹の才能ってやつなんだろうな。身内贔屓かもしれないけどさ。


 妹の歌をすぐ隣で聴きながら進んでいたら、残りの階段はあっという間に上り終わって、開けた視界を埋め尽くすように、そこらの町中の公園よりはずっと広々とした空間が広がっていた。流石に園の敷地内には、まだ職務を全うしてる街灯が疎らに残っているみたいだったな。真っ暗な階段道を進んできたせいもあってか、やたらと明るく感じられた。まぁ、目的の展望台周りは月明かりが届いているだけでだいぶ薄暗かったけど、それは却って好都合ってものだろう。

 すぐ傍にあった自販機で甘めのホットカフェラテを買って妹に投げ渡すと、僕はさっさと展望台を目指し始めた。妹は特に何も言わなかったけど、文句を述べるでもない辺り、選択は間違ってなかったんじゃないかな。何がいい?なんて直接尋ねたら、別にいらないとかなんとか言われそうだったから勘で選んだだけなんだけど、なんだかんだ言っても兄妹だからね。妹の飲み物の好みくらい、わかってるつもりさ。

 大きな丸太を模したようなデザインの展望台まで辿り着くと、僕は階段に足を掛けて手早く一番上まで上がり、適当に腰を下ろした。後ろをとことこついてきていた妹も同じように座り込んで、けれどすぐ思い直したかのように立ち上がると、今度は僕の左側から右隣へと位置を変えてから、改めて座り直した。もしかしたら、彼女なりに気を遣ってくれているのかもしれない。

 一度軽く夜空を見上げてから、隣で膝を抱えている妹へ視線を移し、

「意外と、すてたもんじゃないだろう?」と僕は訊いた。

 妹は「どうだか」と言ったけれど、その表情を見る限り、少なくともそれなりには、悪くないと思ってくれているみたいだったな。正直、少し安心したよ。妹とここに来ること自体、完全に予想外だったわけだしさ。


 互いに何かを話すでもなく、ただ無言で綺麗な夜空を眺め続け、そうして五分程の時間が過ぎた頃。

 僕がコートのポケットから煙草の箱を取り出し、抜いた一本を咥えて火を点けていると、妹が隣で、「うわー」と非難めいた声を上げた。

「いけないんだ。まだ未成年の癖に」

「いいんだよ、どうせあと数時間もしたら、二十歳になるんだから」と、僕もろくに弁明する気のない言い訳を口にする。

「知らないの?そういうの、屁理屈っていうんだよ。駄目なものは駄目」

「ごもっともだね」と返してから、僕は火を点けた後の二口目を深く吸って、煙を吐き出した。その様子を見ていた妹が、諦めたように零す。

「まぁ、仕方ないから、現行犯は見逃してあげる」そして、「だからその代わりに、帰りの自転車も、お兄ちゃんが運転すること」と付け加える。

「ああ、わかったよ」と、僕は微かに笑った。元々、そうなるだろうと思ってたから。


 それからまた少しの間が空いて、僕が二本目の煙草に火を点けていると、妹が、今度はこんなことを呟き始めた。

「ねぇ、足元、寒いんだけど」そして僕の方を見て、続ける。「コート、貸してくれない?」

「勘弁してくれ、僕のほうが凍え死んじまう」と、苦笑いを浮かべて答える。貸してやりたいのは山々だったけど、僕としても、羽織ったモッズコートと首元のマフラーが唯一の防寒対策みたいな格好だったもんだからさ。流石に厳しかったんだ。アルコール漬けで神経がイカれてた昨日とは、わけがちがうしね。

 曲がりなりにもここまで誘ったのは僕だった手前、そう断るのに若干申し訳無さを感じてはいたんだけど、でも妹の様子を見るに、どうも今の要求は最初から何かを期待して言ったわけじゃないんじゃないか――って風に、僕には思えた。それこそ言ってみただけっていうかさ、妙な違和感があったんだ。そしてその予感は、どうやら結果的に、正解だったらしい。

 僕が少し不思議に思っていると、妹は、

「じゃあ、せめてそれ頂戴」

 と言って、僕が何かしらの反応を示すよりも早く、まだ点けたばかりの煙草を僕の指先からつまみとった。そして、それを自分の口元へ寄せて小さく一吸いした瞬間、けほけほと咳き込み始める。

 いやあ、実にびっくりしたな。妹は昔から人一倍喉を大切にしていたし、こういうのに興味を持つ子じゃないと思ってたからさ。

 ある程度彼女の咳が落ち着くのを待ってから、僕はたった一言だけ、

「悪いやつだな」と言った。

「そりゃそうだよ」と妹が答えて、ほんの少し微笑む。 

「お兄ちゃんの、妹だからね」

 妹はそれきり、煙草に口をつける気は無いみたいだったな。とはいえそれをこちらに返す気も無いみたいで、僕は結局、すぐに新たな一本を抜き出して、火を点け始めた。

 一口目を深く吸いながら中空を見上げ、煙を吐き出す。痺れるような寒さのせいでどこまでが煙なんだかもわからない白い息が、夜闇の内へと漂っていく。


 何故だかふと、今なら色々なことが話せるような気がした。


「なぁ、アキハ」と僕は妹に声を掛ける。「ありきたりな出だしになって悪いんだけどさ」

 妹が「なに?」とだけ短く答えて。

 その一言を合図に、僕は話し始める。

「ありきたりな出だしになって悪いんだけど、ずっと好きな人がいたんだよ。もう、小学校の頃からの話だ。その子は転校してきた子でね、当時はまだとても引っ込み思案な、こういっちゃなんだけど、どこか薄暗い雰囲気をもった女の子だった。そして僕の方も、当時はまだとても活発で明るい子供だった。今とはまた逆の意味で当時の僕らは正反対のような存在で、けれど僕らは、不思議と仲を深めていったんだ。その関係は、中学へ上がるタイミングで彼女が引っ越していって、そこから更に少し経つまでの間、ずっと続いた。最終的に、僕らはお互いこれで最後と決めて会った節目の一日を、綺麗に終わらせることができたように思う。『もう大丈夫だ、その姿がすぐ隣に見えなくても、もうお互い、一人で前を向いて歩いていける』…って具合にね。それは確かなんだ。少なくとも僕は、そう信じてた。何の迷いもなく」

 妹は何も言わず、ただじっと耳を傾けてくれている。

「でも結局、僕はその先を上手に生きていくことに、失敗したわけだ。たったひとつの挫折をきっかけに、次から次へと足を滑らせていってね。気が付いた時には、僕は彼女と一緒に過ごしていた頃の色鮮やかな思い出ばかりを心の拠り所にして、それで自分を慰めるような、ひどく落ちぶれた人間に成り果てていた。それからの学校生活は、もう絵に描いたような灰色の日々ってやつだったな。哀れなもんさ。思い出らしい思い出なんて、ろくにありゃしない。――とまぁ、そこで幕が下りれば、一人の男が勝手に転落していったってだけの、単純な話でことは済んだんだけどね。結論から言ってしまえば、それで終わり、とはならなかったんだ。良くも悪くも」

「何の因果か、僕はその女の子と、高校を出てから、再会することになったんだ。僕と彼女は、偶然同じ大学に進学していたんだよ。そのことを知った時、僕はそれはもう大いに喜んだね。馬鹿みたいに聞こえるだろうけど、運命だとすら思った位に。本当に間抜けな話さ。あれからもうどれだけの時間が過ぎてしまっているかってのを、僕は欠片もわかっちゃいなかったんだ。数日かけてやっと彼女の姿を見つけ出した段階になって、僕はようやくそれに気付いたんだな」

「結果的にその瞬間、僕は『僕の隣にいた彼女の姿』ってやつを、今度こそ永久に見失うことになった。彼女はもう僕の知っているような引っ込み思案な女の子なんかじゃなくて、とても明るく社交的な女性に様変わりしていたし、加えてその隣には、もう僕以外の『かけがえのない存在』ってやつが、とっくに寄り添っていた。全く、とんだお笑い草だよ。勝手に躓いて、勝手に転んで、何一つ成長できないまま立ち止まっていたのは、僕だけだったんだから」

「それからの日々は、まぁひどいものだったな。僕は益々塞ぎ込んで、覚えたての煙草とアルコールで頭を空っぽにするようになっていって、おまけに、僕は彼女のことを、露骨に避けるようになっていった。幾人もの友人に囲まれて、恋人と楽しそうに過ごす彼女の姿を、どうしても見ていられなかったんだ。結局、僕は一年半以上もの間、そんな自分勝手な理由で、ずっと彼女のことを避け続けてきたってわけさ。ほんと、ろくでもない話だよ。―――でもね。ここまで散々しょうもない話を聞かせてきちゃったけど、実は今日、僕はようやく本当の意味で、彼女との再会を果たすことができたように思うんだ。自分の言葉で彼女に聞いて、彼女の口から答えをもらって。僕はやっと、自分の足で、スタートラインに辿り着くことができたような気がするんだよ。……さて、僕の話は、これでおしまいだ。長々とつまんない話を聞かせちゃって、悪かったね」

 僕はそこでようやく、思うまま吐き出し続けた話の流れに、終止符を打った。

 妹は「そっか」とだけ小さく呟くと、少しの間何かを考え込むように口を噤んで、そしてそれから、かすかに微笑んで、言った。

「じゃあお兄ちゃんは、やっとちゃんとした失恋ができたってわけだ」

 その言葉を聞いて、僕も同じように笑う。

「ああ、そうかもな」

 

 





 それから大体十分位の間、僕と妹はお互い何かを話すでもなく、ただじっと、その場に留まり続けた。そうして三本目になる煙草の火を消したところで、僕のほうが先に、重い腰を上げる。

 身体は芯から冷え切っていて、ガタガタと震えは止まらなくて、けど不思議と、ちっとも嫌な気分じゃなかった。心の底に、暖かな何かが灯っていた。

「そろそろ帰ろうか」と僕が言って、妹が「うん」と短く返しながら、同じように腰を上げる。

 そのまま先に歩き始めた僕を、妹が背後から「ねぇ」と呼び止めて。

 振り返った僕に向けて、妹がこんなことを訊いてくる。

「失恋したお兄ちゃんはさ、これからどうするつもりなの?」

「さあ、どうするつもりなんだろうな」と僕は言う。


 どれだけ綺麗に終わらせることができたとしても、長い間積み上げてきた感情は、そう簡単に切り離したり、割り切れたりするものじゃない。僕はきっと、まだしばらくの間、彼女への想いを心の何処かで引き摺り続けていくのだろう。それに、一度形作られてからずっと付き合ってきた自分のこの人となりを、そう簡単に変えてしまえるとも、僕にはとても思えないんだ。

 だから。

「とりあえずはまだ、僕は今のままの自分でいれば良いと思ってるよ。僕がこのままでいることを嬉しく思ってくれる人が、少なくとも一人、居てくれているみたいだしね」



「なにそれ、馬鹿みたい」と、妹が可笑しそうに笑って。

「そうだな」と、僕は答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ