Ep.1:ティナト教
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このイコライザ帝国における宗教の歴史は長い。
通説では唯一神『ヨトルティナト』信仰はイコライザ帝国が建国されたころから始まっているが、それよりもさらに前からあったという説もあるほどである。
ヨトルティナトと呼ばれる神は『光』や『水』や『風』と、時代によってつかさどるものは変わっている。それはその時代背景によるところが大きいのだという。
暗雲たち込める時代に一条の光を、作物の枯れゆく時代には聖なる水を、疫病の滞る時代には一陣の風を――そういった変遷を経て、今の時代では『自然』をつかさどる神となった。
それらは人々に希望を与え、人々の信仰はより厚いものとなった。
十月の『豊穣祭』や十二月の『聖なる夜』などはそういった面が顕著に表れていると言っても良いだろう。人間や時代に即した神、というのも不思議な存在である。
そして百年戦争前に広まったヨトルティナト信仰――『ティナト教』の教会は魔王軍の侵攻により次々と破壊されていくこととなる。
だがその微かな灯火は司祭たちによって受け継がれ、百年戦争後には聖職者や信仰者たちの有志によっていくつもの教会が再建されることになった。
それが五月――後に語られる宗教の再興、『ティナト再現の日』である。
それほどまでに信仰を一身に集め、聖職者たちや信仰者たちはヨトルティナトこそこの世界における唯一の主とし、主神の庇護下にある証として十字架を持っている。
十字架の由来としてはティナト神像の持つ剣を模したものであるとされている。
――著 レイオン・ベレーヌ
『変遷する宗教』より一部抜粋。