Ep.60:激突
◇60◆
ドアの先には地下に続く階段が伸びていて、そこを降りきるといくつもの太い柱が何本も見えてくる。それ以外はなにもない、用途の分からない広大な部屋だった。
すべてがコンクリート造りで寒々しい景色のように映った。
「んだこりゃ。だだっ広いな」
「地下を支える支柱……ですかね」
「――来るよ」
レイチェルが太もものホルスターから銃を引き抜くと同時に目の前の小さな扉――そのわきにある壁にひびが入って砕けた。
飛んでくる瓦礫をそれぞれに躱して目を向けると、黒くゴツゴツした身体のギガントがぬっ、と顔を出す。
「……客人はひとりでいいのだがな」
三十メートルはある巨漢は柱よりも太い腕を地につけて、に、と笑う。下あごから鋭い牙が生えており、目は――瞳孔の周りが赤く灯っている。
「まあいい。三匹は私が相手し――」
言いかけたとき、ファングが思いきりスチームブーツで跳躍してスチームグローブを使ってギガントの顔面前まで飛ぶとそのまま勢いよく殴りつけた。
「ドアあんだからそっから出てこいボケがッ! ちょっとビビったじゃねえかッ!」
「師匠……そこじゃないと思いますけど……?」
渾身の一撃だったがギガントはさしてくらった様子もなくかぶりを振るとその風圧でファングの身体が吹き飛んで地面を滑る。
「……博士がこの屋敷を改築した際にドアの造りを間違えたようでな。まあ守り人を任されているわけで、外に出ることも面倒だったから問題はなかったが」
「ちゃんと設計しとけよクソッタレ」
ファングも特段くらった様子もなく立ち上がり見当違いな意見を交わしている。
「さ、バカふたりは置いといて先行こうか」
「レイチェルさんっ!?」
「カカカ。そういうわけにもいかないんだよね」
半分壊れかけた木製のドアが開いてそこから金髪を腰まで伸ばした女性がニヤニヤと笑いながら出てくる。
「私はマリベル。こっちはギルバート。よろしくしなくていいよ。すぐに死んじゃうと思うから」
マリベルはカカカ、と笑う。その隣で、ギルバートにファングが怒鳴りつけている。
「だいたいこの季節に上半身裸とかどうなんだよ」
「それは貴様も同じだろう」
「お前は合うサイズがねえだけだろうがッ!」
「あーあ。一番緊張感のないやつが分かったかもしれない」
レイチェルはマリベルと対峙しつつ、あっはは。と笑う。その頬に赤い線が走る。
「――笑ってる間に死んじゃうよ?」
「……へえ。言うね」
マリベルは四本のナイフを指で挟んでいた。レイチェルは「そう言えば――トラを探してた吸血鬼がいたね。もしかしてあんたのボーイフレンド?」と皮肉る。その目は据わっていた。
「カカカ。ただの部下だよ。裏で探らせてたけど――あんたが殺したんだ? かわいそうに。あんたみたいな頭の軽そうな女にやられるなんてさ」
「ああ、たしかにかわいそうだね。使えない上官の下にいたばっかりに死んじゃうんだから。でもまあ、もともと吸血鬼なんて血を吸って生きるだけの虫みたいなもんだっけ? だったら相応かもね」
レイチェルは中指を立てて煽るように嘲笑った。そこでマリベルの笑みが消える。
「……んだって?」
「あっはは。厚化粧が溶けてるよ?」
マリベルは腕を振りナイフを投げる。レイチェルもトリガーを引こうとした瞬間、そのナイフが軌道を変えて地面へと転がる。
「ふたりとも……ちょっと黙ってもらえますか」
そこには朱歌が割り込むように立っていた。スチームブーツから蒸気が出ている。朱歌の表情は今までに見たことがないほどに険しい。それほどの怒りが彼女を包んでいた。
「――汚い言葉は嫌いなんです。食欲が失せますから」
その目はマリベルを睨み付けている。それに対し「小便臭いガキも相手してあげるよ」と挑発的に笑みを浮かべる。
「レイチェルさん、トラ。先に行ってください。ここは私と師匠が」
「ひとりで私の相手をしようって? カカカ、面白いね」
朱歌と視線を交わして虎之介とレイチェルは駆け出す。すでにファングとギルバートはぶつかり合って室内に振動が起こっていた。
「ぶっ殺してやるよッ!」
「出来るものならなッ!」
「つーかさ、行かせるわけないでしょ?」
横切ろうとした瞬間、二振りのナイフが飛んでくる。それを上から朱歌が叩き落とした。
「あなたの相手は私です。拒否権は認めませんから」
「小娘が……」
朱歌はスチームブーツから蒸気を吐き出しながら目を見開く。
「その小娘を殺せないなら、あのふたりは殺せませんよ」