Ep.14:バディ
◇14◆
あのとき――警官から暴力を受けていた虎之介を見た瞬間、レイチェルは気付いた。彼が十年前――幼いころに三人の男子へと飛びかかり自分を助けてくれた少年であると。
その少年が、あのときとは違いやせ細って大人に暴力を振るわれて泣いていたのだ。
彼女はそれまで破壊衝動のままに悪魔を屠り気分のまま様々なところで換金をしていた。
悪魔に限らず人間――犯罪者に対して銃口を向けて発砲したこともある。ただただ壊れた心を憎悪で包んでトリガーを引き続けてきた。
だが、その日たまたま立ち寄った場所でよもや再会するとは思ってもみなかったレイチェルは考えるより先に警官に向けて銃弾を放っていた。
「――小さな英雄か」
「そう。英雄は目に見えないモノまで救ってくれるんだよ。知らなかった?」
「そいつは知らなかったな。まあ、バディは大切にすることだ。あと――」
デリックはメモ帳を破ってレイチェルに差し出す。そこには店の名前と思しきものと住所、そして五万と記載されていた。
「なにこれ」
「ガレージ・ベック。車の整備工場だ。小さなところだがそこは元々ファンク・シティ出身で俺の古馴染みがやっていてな。さすがにロハとはいかないがミラーの交換と取り付けの代金はかなり安くしてもらっている」
「五万で直してくれるのっ!? 本当にっ!? 取り付けまでっ!?」
「あ、ああ。なんとかパーツ交換まで含めて五万で手を打ってもらった」
この拝金主義者の国では車に必要な整備や修理にも数十万からの金が要る。ミラーの販売だけでも四十万はふんだくられるのだ。パーツ交換ともなればさらに倍はいく。
だからこそミラー単体の販売と取り付けで五万というのは破格中の破格である。
「やったぁ! ありがとねデリック警部補サマ!」
「デリックでいい。まあ、アレだ。車とバイクを愛する人間に悪いやつはいないというのが俺の持論なんでね」
「分かってるねデリック! そう、愛がないと車は乗りこなせないんだよ!」
「しかし惜しいな……。俺がもっと早くこっちに異動してきていたらあの少年にも……そうだな。警察への信頼を損なわせるような真似はさせなかった」
レイチェルがメモ用紙を握ってぴょんぴょんと跳ねているところに、デリックはため息とともに神妙な表情で少し淋しそうに目を細める。
「そういえばデリックはいつこっちに? 南のファンク・シティだったんでしょ」
「先月だ。階級が上がると異動がある。つまり」
「つまり先月デリックは警部補になったわけね」
「そういうことだ。だがそのガレージの店主――ベックから聞いていた話よりもこの街の治安は劣悪だった。それは警察としての役割がほとんど機能していないと言ってもいい」
「まあ、どこもそんなに変わらないと思うけど」
「だからといって諦めて良い理由にはならん。どんな街に配属されても秩序を正していくのが警官の役目だ。まあ、そう簡単にも行かないから骨は折れるが」
「そりゃそうでしょ。この国自体の根底が腐ってるんだからどの街に配属されても同じじゃない? 正直、骨の一本や二本じゃ難しいかもね」
レイチェルは目を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。するとデリックは肩をすくめて苦笑した。
「だったら全身の骨を使えばいい」