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Ep.9:トリガーハッピー



◇10◆



「って、まだ起きねえのかよ……!」


 時刻は十一時。木刀で素振り三百回と筋トレを終えた虎之介はシャワーで汗を流し部屋に戻ると依然として寝ているレイチェルを見てため息をつく。


 彼女はいつだって気まぐれだ。自由奔放で金とゴシップに目がなく――しかしその実力だけはジューク・ボックスにまで届いているのだとミスティから聞いたことがある。


 今までに何度も勧誘を受けていることも、その都度レイチェルが断わっていることも。


 現に今日もポストにジューク・ボックスからレイチェルに向けて手紙が入っていた。


「起きろって。射撃場に行くんだろ。それにほら、手紙――」


「……ううん、手紙? ラブレター? 誰から?」


 寝ぼけまなこで左サイドの二房を毛先まで赤と青――メッシュに染めたプラチナブロンドの髪を掻いて気怠そうに横目で虎之介を見る。


「ジューク・ボックスからのラブレター」


「……それラブレターじゃなくてゴミだし……焼いて捨てるか刻んで捨てて……あふぁう」


 あくびをひとつしながら、ジューク・ボックスからの手紙をすげなく断る。


「中身は読まないのか」


「どうせインビテーションでしょー?」


 たしかに白い便せんにはジューク・ボックスの名前とインビテーションと書かれていた。つまるところ、懲りずにスカウトの手紙を送ってきたのだろう。


 そもそも彼女がジューク・ボックスという組織に対して快く思ってはいないことは虎之介も知るところだった。


 虎之介が警察に対して良い思いが無いように、レイチェルにとってもジューク・ボックスという存在は嫌悪する対象なのだ。それもすべて彼女の過去に起因しているらしい。


 百年戦争の英雄譚で語られたジューク・ボックスとそこから時代を下った現状のジューク・ボックスではその在り方が変わっているようだった。


 百年戦争の物語ではなりを潜めてそれでも侵入してくる悪魔を討伐するという大義名分があったが、今ではその脈々と語り継がれ、受け継がれた血統やプライドが先にきている。


 つまり高慢な人間が多くなり、富裕層に位置する彼らは弱者の立場を考慮しないどころか、位の高い人間や同じ富裕層のために存在しているようなものだ。


 もしも百年戦争のころのように活動していたのだとしたら、貧困者による賞金稼ぎなんてリスキーな仕事はまず無かったかもしれないと虎之介は思う。


 しかし元とはいえ所属していたミスティなどもいるからジューク・ボックスに属するすべての人間が一緒くたにそうであるなんてことはさすがに暴論だろうことも分かっている。


 それを差し引いても快く思えないほどのことが、それも憎悪に近いものが――レイチェルの中にある、ということも。


「とにかく起きろって。射撃場に」


「ふあぁ……シャワー浴びてくる」


 むくりと起き上がりあぐらをかく。さすがに上半身はキャミソールを着ていた。そのままシャワー室へ向かっていったのを見送ってから虎之介は刀掛けを見る。


 部屋の壁際にある刀掛けには黒い鞘と赤い鞘。銘は黒いほうがマダチノユメヒコ。赤いほうがヒメザクラベニヨシ。


 マダチノユメヒコは父親の愛刀であり、ヒメザクラベニヨシは――ミスティの紹介で会った師匠とも呼べる人物から渡されたものである。


 蓄音機に針を落として『Bad Kids is Not Die』をかけると虎之介は座って長方形の小さな箱を引き寄せ中から懐紙を取り出して口に咥える。


 それからノイズのあとから始まる曲を聴きながらマダチノユメヒコを手に取り鞘から抜くと刀身の手入れを始めた。


 やっぱりバッドキッズは良い――そんなことを思う。またコンサートに行きたいと。


 曲を聴きながら打ち粉を使って古い油をとっていく。


 ここ二、三ヶ月ほどは手入れをしていなかったのだ。銀製ではあるが、鉄も少なからず混じっていることで定期的にメンテナンスを行わないと錆が浮いてしまう。


――そういや、最近は会ってねえな。


 ヒメザクラベニヨシを虎之介に与えた師匠――ノヴ・メーナは三年の付き合いになる。


 父親から体運びや剣術の基礎を習っていたけれど、メーナからはさらにそれに対しての応用を習った。


 だがそれを活かしきれていない自分を鑑みれば情けなくなる。どの面をさげて会えばいいのかもわからない。


「うはあ。さっぱりさっぱり。お、やっとるねえ、少年。バッキズまでかけちゃってご機嫌じゃん?」


 視線を上げるとレイチェルもさすがにタンクトップを着ていた。これから出かけるのだ、あんな格好で出てこられても困る――というのが虎之介の本音だった。


 マダチノユメヒコを鞘に納めてから懐紙を口から離す。


「――で、射撃場は行くのか」


「どうしよっかな。なんか面倒になってきた」


「おい。それじゃあ腕が鈍るだろ」


 壁に掛けている様々な銃を眺めつつ、レイチェルは首をかしげる。


 彼女の獲物は拳銃だけではなく、ライフルや短機関銃、ショットガンからどこで手に入れたのか小型の回転式六連装グレネードランチャーまである。


「ふふん。分かってないねえ少年。一流の料理人は食材を選ばない。どんな銃でも私にかかれば名器になるのだよ」


「いや、一流の料理人も努力はするだろ……」


「あっはは。トラは本当に堅物だねえ」


 にへら、とレイチェルは笑う。虎之介はその言葉に顔をしかめた。


 レイチェルの才能は本物だ。髪型、ファッション、軽口で騙されそうになるが武器に対するこだわりは一切なく、どんな銃でも自分のものとし高確率で命中させる。


 そしてそれは悪魔だけにとどまらず、人間であれ気に入らなければ躊躇もなく撃つ――その破天荒な性格。


 それは過去に警官を撃ち抜いたことで虎之介もよく知るところでもある。


 天真爛漫かつ自由奔放なトリガーハッピー。それがレイチェルの本質なのだ。


 だから――そんな彼女の隣りに立つために努力を、鍛錬を欠かさない。


「まあ、いいや。時間もあるし射撃場でも行ってガンガン撃っちゃうか。銃だけに」


「したり顔してるけど上手くねえからな、それ」


 虎之介の言葉にレイチェルはにんまりと笑った。




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