逃げ出して
月と星は対になり輝きを、
水は恵みをもたらす。
炎は力を与え、
太陽は照らし続け勇気を与える。
雷は時々恐怖を与え、
風は幸運を運んでくる。
雪は優しく人々を包み込む、なんてこの国の言い伝えがある。
……でも、雪はどうだろう。
ただひたすら冷たくて、心まで凍ってしまいそうになる。
手袋をしないといけないし、マフラーだっている。ひたすら厚着で動きにくい。
俺は雪が大嫌いだ。それにこの街も大嫌いだ。
だから俺は、この街から逃げ出している。
「ここまで来ればもう大丈夫か」
ほっと一息ついて地図を広げると、滲んで文字が読めなくなっている。しまった、雪で濡れたのか。今日は珍しく吹雪だったからしょうがない。
振り向くと俺の街が小さく見える。街の雪山も近くで見るとかなり大きかったのに、ここから見るとそんなでもないんだな。この景色を見て、俺はあの街から出ることができたんだとやっと実感した。
……街の人間は俺の事を探しているんだろうか。何も言わず逃げ出してきてしまった。
きっと探しているに違いない、俺がいなくなると困るのはあっちだし。
「護子様、か」
あの街では皆が俺の事を護子様と呼ぶ。街を護る子供だから護子、そんな理由があるらしい。
一度母親に言われたことがある。
「護子はね、王になって国を守るの。護子は選ばれた子。だからねあなたも選ばれた子なのよ」
“王になってね”そう言った母親は、2年前13歳になる頃に父親と一緒にどこかに行ってしまった。それからただ護子は王になることのできる子供、俺は選ばれた子供だとずっと思っていた。俺が王になれば、どこかに行ってしまった母親も父親も戻ってくる。そう信じていた。
しかし、
「護子って可哀想だよね」
2つ上の兄がボソッと呟いたこの言葉がやけに引っかかった。
可哀想?俺が?
母親は俺の事を選ばれた子供だと言った。それなのに兄は可哀想だなんて矛盾している。
「国を護るなんてそんな大きい仕事任せられちゃって、本人は詳しい事何も知らないでさ」
「詳しい事?」
「母上も父上も早く行っちゃったせいで、誰も説明する人がいなかったから護子様は知らないのか。護子なんてなったのが運のツキだよ。僕は本当にならなくて良かったよ。殺し合いなんかしたくないもん。」
「……殺し合い?」
話さないといけないのかーと面倒そうにしながら、兄は護子について話し始めた。
国の7つの街に俺と同じような護子と呼ばれる子供がいること。
その中の1人が王になれること。
王になるためには生き残らなければならないこと。
護子になるためには、他の街の護子を殺さなければならないこと。
地獄だった。選ばれたと思っていたものは、全く特別のものではなくただただ異様な物で。
「こんな雪山なんて誰も来ないし、ここに入れば護子様は安心して王になれると思うけどね」
他の護子はどうなんだろうか。
俺と同じく絶望したのか、それともただただ運命を受け入れるべく戦うのか。
……俺はこの雪山にずっといていいのか?他の俺と同じくらいの子供は戦っているのかもしれないのに、俺はこんなところでただ絶望して王になるのか?
知りたい、この国の事。他の護子の事。
もしかしたら戦いだってしなくて済むかもしれない。もしかしたらこの運命から逃れられるかも……
その日の夜、俺はこの街を飛び出した。他の護子に会うために。