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天才画家の秘密

作者: 片隅千尋

 ここは芸術の都。

 石畳の街路で、画家が絵を描いていた。

 画家は折りたたみ椅子に座り、キャンバスに向かって筆を走らせている。

「素晴らしい絵ですね」

 通りかかった青年が引き寄せられるように絵に近づき、画家に声をかけた。

 画家が今まさに取り組んでいる絵は、この場所から見える街並みを描いたものだった。

 白く輝く漆喰の壁と石畳の坂道が、まっすぐと青い海へと伸びている。

 そして、絵の右半分では若い女性が描かれ、魅力的な笑顔を見せていた。

「綺麗な女の人ですね。しかも、ものすごく生き生きと描かれている。今にも動き出しそうだ。写真よりもずっとリアリティがある。まるで――実際にそこにいるみたいに感じます」

 青年は感嘆し、その絵を褒めちぎった。

 画家は筆を操る手を止めて言った。

「ありがとうございます。しかし私の腕などたかが知れております。モデルとなってくれたこの女性が素晴らしいのです。私はただ、彼女の姿を絵具でそのまま写し取っただけです」

 青年は絵の中の女性に魅入られたように言う。

「なんと、こんなに美しい女性が実在するのですか……。いったいどこのどなたなのでしょう?」

 画家は静かに問い返した。

「この女性に会いたいですか?」

「はい、ぜひ!」

「では、会わせてあげましょう。ただし、ひとつだけ条件があります」

「なんでしょうか?」

「私の絵のモデルとなっていただきたいのです」

「モデル? 自分がですか?」

 画家は絵を示して言った。

「そうです。この絵、左半分のスペースが空いているでしょう? ここに、あなたを描き入れたいのです」

 青年はうなずいた。

「わかりました。彼女に会えるのなら、お安い御用です」

「では、そちらにお立ちいただけますか?」

「はい! ああ、楽しみだなあ。描き終わったらすぐに会えますかね?」

 青年は立ち位置を移動し、晴れやかな笑顔を画家に向けた。

 画家は青年と絵とを見比べつつ、筆を再度動かし始めた。

「ええ。()()()()()()()()()()()()()



「いやあ、君の絵はいつも実に素晴らしい」

 画家のアトリエを訪れた画商は、並んだ絵を見て称賛した。

 画家はにこやかに答えた。

「ありがとうございます」

「いつもながら、どの絵に描かれている人物も本当にそこにいるみたいだ。存在感というのかな」

 画商は絵の一つを見た。

「これもそうだ。この街ではよくある石畳の通りに並んで立つ男女の絵で、素材も構図も奇抜なところは何もない。なのに、この綺麗な女性も、隣の青年も、異様なほどのリアリティがある。実に素晴らしい。こんなところに天才がいるとは」

「過分なお褒めをいただき、恐縮です」

「過分ではないさ。これでも私の見る目は確かなんだ。今に君の絵は有名になるだろう。大手の画廊がこぞって君の絵を買い求めるようになる」

 画商は全ての絵を購入することにし、料金をまとめて支払った。

「絵はのちほど使いの者に取りに来させるよ」

 画家に見送られてアトリエから一歩踏み出した画商は、思い出したように振り返った。

「ああ、そうだ。このあたりで失踪事件が相次いでいるらしい。普通に街を歩いていたはずの人々が煙のように消えてしまったとか。その絵に描かれているような男女も急にいなくなったそうだ。君も外でスケッチする時には気をつけたまえ」

 せっかくの天才を失ってはたまらんからな、と付け加えて画商は去った。

「……消えてなんかいませんよ」

 一人残された画家は、自分の絵を見回して言った。


「みんなここにいるんですからね」

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