真夜中の話し合い
真夜中の話し合いは続いていたが、涼子の注文したフルーツの盛り合わせが運ばれてきて、それを機に木元と日常生活の話になった。それを邪魔せず、涼子がフォークを置いたタイミングで、小野寺が話題を戻す。
「ということは、建設会社を勤め先に選ばれたというのも、気象について学んだ知識を活かすためだったわけですね」
「はい。気候変動が続いているのに住環境が昔のままというのは、あまりに無策というか、見殺しにしているも同然だと思ったので、目の前に困っている人たちがいるわけですから、真っ先にそういう人たちの力になりたいと思って、今の仕事に決めました」
小野寺が感心する。
「異常気象というのはよく耳にしますが、家の在り方まで変えるって、そこまで深刻化しているんですね」
木元が自省する。
「僕みたいな楽観的な人ばかりじゃダメで、誰かが問題を深刻に捉えて、真剣に取り組んでくれているから助かってたりするんでしょうね」
小野寺が涼子に訊ねる。
「やはりキッカケは東日本大震災ですか?」
「いいえ、その前からです。将来について考えるキッカケになったのはゲリラ豪雨ですね」
小野寺が古い記憶を思い出す。
「ああ、そういえばありましたね。あれ、ウチの周りが酷かったんですよ」
「お住まいは東京ですか?」
「はい」
「九十九年のゲリラ豪雨ですね。あの時は日本近海の海水温が観測史上最も高い数値に達した時期なんです」
「やっぱり海水温か!」
大きな声を出したのは木元だ。
小野寺が冷静に訊ねる。
「今回の台風の巨大化もそうですが、やはりゲリラ豪雨も高い海水温に原因があるんですね?」
質問にすらすら答えていた涼子が暫し考える。
「気象現象というのは様々な条件が重なって起こるものなので、『原因はコレです』とはハッキリと断言できないんですが、海水温が重要な要因の一つになっていることは確かですね」
そこでタブレットを操作して、気象庁が発表しているデータを表示させる。
「これを見ていただければお分かりのように、百年前と比べて九十九年ごろをピークに海面水温の平均が上昇し続けているんです。その後、一旦は下降しますが、最近になって二十年前のピーク時に達しようとしているんですね」
小野寺が大きく頷く。
「どう考えても無関係じゃなさそうだ」
木元が首を捻る。
「でも、海水温の上昇なんて問題になってました? 僕は今回の台風で知ったくらいですよ」
涼子がすかさず指摘する。
「それは東京に住む人にありがちな意識なんだよね。といっても、そもそも住んでいる場所が違うから仕方がないんだけど」
「どういうこと?」
「西日本に住む人は頻繁に豪雨災害を経験しているから」
小野寺が思い出す。
「去年ですよね? 西日本豪雨があったのって」
「ああ」
と木元も知らないわけではない様子だ。
涼子が説明する。
「二百六十三人の死者を出した、とんでもない大災害です。『西日本豪雨』と呼ばれていますが、北陸や北海道も被災したことを忘れてはなりません。そして、奇しくもその年、世界の平均海水温が観測史上最高値を記録しました」
木元が唸る。
「ということは、やっぱり海水温の高さが原因なんだ」
「断言はできないけど、今一番に注視しなければいけない指標だと思う」
「その割に注目されてるとは思えないけどね」
「そんなことない」
涼子がキッパリと否定した。
それに対して木元は懐疑的だ。
「そうかな? 来年開催される東京オリンピックの天気に関しても、気温のことばっかで、海水温について話している人は見たことも聞いたこともないけど」
「あぁ、うん」
と涼子が同意しつつ、タブレットを操作して、画像を見せる。
「これは日本の年平均の気温をグラフ化したものなんだけど、海水温と同じように百年間で確実に上昇しているの。似ているから混同しがちだけど、気温と海水温ではもたらす被害が違うから、そこは私たち気象に携わる者が周知されるまで頑張んないといけないとは思ってる」
気落ちした顔を見せるが、落ち込むのは一瞬だった。
「でも同業者を庇うつもりはないけど、気象学者や専門家や気象予報士は、あらゆるメディアで海水温の高さに警告を発してくれているんだ。だからといって、取り上げないテレビを批判するのではなく、国民生活を守る大切な情報伝達ツールでもあるので、みんなで協力していくことが大事だと思うんだ」
小野寺が同意する。
「これは我々スポーツに携わる者にも同じようなことが言えますよ。昔を知るお年寄りの一部ですが、子どもを過保護にしすぎていると叱責する者がいます。でも、このグラフを見せてもらって、我々若い世代の方が正しいとハッキリしました。スポーツをする子どもたちを守るためにも、認識することと、周知させること、その両方が大事で、学校関係者も含めて、みんなで協力しなくちゃいけないわけですね」
同じ世代扱いする小野寺に何か言いたそうな顔をするが、木元は何も言わずに黙っているのだった。




