第1章1 新たな世界
第1章1 新たな世界
--- 新たな世界1 ---
いつも通りの通勤。いつも通りの電車。いつも通りの車窓。 青年は入り口の前に立ち外の景色を眺めながら物思いにふけっていた。 突然、遠くの空から光る物体が水平線の彼方に落ちていくのが見えた。
「なんだ? 隕石か?」
すると物体が落ちて行った方向がまばゆいばかりに輝き、強い衝撃が体中いや、この世界を震撼させ全てが光の中へ粉みじんとなり消えて行った。青年の意識も消えゆく中、正面から漆黒の輝きが自分目掛けて飛んできた。
「お前に託そう・・・。」
「うわーっ!」
悪夢によって目が覚めた。
(なんだ、今の夢は。何か覚えている?経験した事なのか?)
気が付くとベッドの上で見知らぬ天井をみていた。
(ここはどこだ?)
ごそごそ、自分の傍らで何かが動く気配にびっくりして慌てて布団をめくると昨夜の騒動で自分を囲んでいた少女が自分とは反対向きに布団の中で寝ている。
(な、なんだこの子は人?猫?)
寝ている子を良く見てみると頭の上に何やら猫のようなとがった耳が生えている。そればかりか寝巻のお尻の辺りからは尻尾らしき物も出ている。
その尻尾の先がゴソゴソと動いていたのだ。
(そういえば昨夜私を取り囲んでいた人たちも皆同じような耳がついていた気がする。まさか・・・)
少女はそう考えると自分の頭とお尻を触り耳と尻尾が無いかチェックした。
(無い・・)
みんなについていた耳や尻尾は自分には無い様だ。
(しかし・・、この体は・・、普通の人間? 耳が少し尖って伸びている・・)
辺りを見渡すと壁に大きな姿見が収まっていた。シャルロットはベッドから飛び降りて自分の姿を確認する。
ブロンドの髪に紺碧の瞳、大きすぎる寝巻き、耳が尖っている事を除けば4−5歳の幼女である。
人間なのか? エルフ? 見覚えの無い幼女の体をマジマジと眺め違和感しか無い事に気づく。
「こ、これが僕? 何だろう、何かがおかしい・・。」
確かに自分が誰なのか記憶を失っている様だが、少なくともこんな幼女ではない、もっと大人のしかも女性ではない感覚がある。
なぜなら、こうも冷静に今の自分を観察、分析することが幼女に出来るだろうか?
そして女性としての認識や知識がまるで無い事も。何方かと言えば男の方がしっくりくる。
そしてベッドでまだ寝ているあれは何だ?
動物ならまだしも人に耳やシッポが生えている生き物。
居てもおかしくは無い様な気はするが知識としてはさっぱり無い。
(まてよ、こうなる前に夢の中だったか確か誰かの声が、・・人類種・・少ない・・・元素・・同じ・・とか何とか言っていたが、あれは誰だったんだ夢だったのか?)
さらに部屋の中を観察する。部屋の中は中世貴族の屋敷の様な作りになっていてベッドの周りには天幕まであり、何だか王様か女王様が使う様なベッドである。
「なじまない。 天井が高すぎる。自分が小さいからなのか? 僕のイメージする部屋はもっと小さく、もっとシンプルな家具やベッドが置いてあるものだ。もしかして前世が平民だったのか?」
(よくわからないが取り敢えず自分の事を知るためにも先ずはこの猫耳っ子を起こして見るか。)
シャルロットはベッドに戻り寝ている少女を観察した。
自分は5歳程度の子供だが、この子は10歳くらいに見える。身長も自分より大きい。体を揺さぶってみたが起きる気配はなかった。尻尾だけが蛇の様にごにょごにょ動いている。
「仕方ない。」
今度はシッポを掴んで少し引っ張ってみた。
「ひんっ!」
少女は勢い良く飛び起きて自分のしっぽを奪い返しこっちを見た。
「あー、シャルってば、シッポは引っ張っちゃだめだよー。」
涙目で少女はそう言うと今度は飛びついてきてほっぺに何度もキスをしてきた。
「シャル!おはよー! お姉ちゃんは心配したのだぞ。チュッ、チュッ。」
小さなシャルロットは姉の抱き着く力を振りほどけない。
「わぁ、こら、よして、ごめんよーお姉ちゃん」
「お姉ちゃん?そうじゃなくて、ベスでしょ」
「ごめんよー、ベスー。」
「スーって、何か変だねー。」
「コンコン」、その時ドアがノックされ扉が開いた。
「おはようシャル。あら、ベスはシャルを起こしちゃったの?」
そういいながら昨夜、抱きしめてくれた女性がドアから入り、続いてメイド服の女性がワゴンを押して入ってきた。 女性はついてきたメイドに、
「後はいいわ」
と言うとメイドは部屋から出て行った。
「えー、お母さん違うよー、シャルがシッポをギュウってして私を起こしたんだよー」
「まぁ、じゃあ夕べから一緒に寝てたの? もうベスはズルイんだから!お母さんも一緒に寝たかったのにー」
そう言うと二人を抱き寄せてワキをこちょこちょとくすぐってきた。
「やめてー、ごめんなさいー。」
しばらく3人でじゃれあったあと、
「シャル、朝食をもってきたのよ。 ベス、あなたは食堂で食べて来なさい。」
「はぁーい」
そういうとベッドから出たベスはスタスタと出て行った。
「すっかり元気になったみたいねシャル?」
「お母さん、私、夕べどうしたの?」
「覚えてないのね。あなたは原因不明の病に罹って数週間眠っていたのよ。 夕べは呼吸も心臓も止まっちゃって、もうダメかと思ったわ。 でも先生の魔法とマッサージが良かったのかしら、なんとか目覚める事が出来たの。本当に奇跡だったわ。」
(そうか私は一度死んだのか?だがそれは私の死では無く恐らくこの幼女の話なのだろう。私の意識そのものは恐らくこのシャルという少女が原因不明の病で一度死んで、おぼろげに記憶がある声の主、神?その存在が私をこの体に転生させたという事か? 今のこの世界で右も左も解らない幼女では話を合わせてここで育てられて行くしか無いのだろう。)
「お母さん、私何も覚えて無いの。私は誰なのか、ここは何処なのか、お母さんが誰なのか判らないの。」
「まあ何てこと、お母さんが判らないの?」
ほっとしたのもつかの間、母はまた悲しみに顔を歪め、シャルロットを抱きしめるのだった。
5年後
--- 新たな世界2 ---
それから5年、この世界の知識や自分の家族の事などを把握する事ができた。
この世界は自分の知る世界とは大きく異なる世界であった。
この国リップシュタット王国は時代背景的には私の知る中世ヨーロッパの貴族社会の様なもので人々には大別して貴族と平民という生まれながらの格差が存在していた。
幸いにも私が育っている屋敷は王国でも有数の貴族でありリップシュタットの北側1/3ほどの広大な土地を治めている名家ロンデウス家であった。
そしてこの世界には私の知る世界とは二つの決定的な違いがあった。
一つはこの世界の住人たちについてである。
この世界の人種はヒューマン、デミ・ヒューマン、セリオン、アスラ、の4種の種族が存在する。
ヒューマンというのは私の知る一般的なヒトである。
シャルロットは耳が尖っているが、この屋敷のもう一人のヒューマンであるフェルト魔道士の耳はそうなっていないので違う気もするが、個人差があるのかも知れない。
デミとは人と動物を合わせた様な人種で、外見は人であるが、動物の様な耳や尻尾がはえており、人よりは聴覚や嗅覚が優れている亜人である。
デミの中でも動物の猫に似た者たちはキャットピープル、犬に似たワードック、狐に似たルナールと言うように何の動物の亜人かによって区別される。
ちなみに我が屋敷の住人はキャットピープルである。
またセリオンとはデミがより獣に近くなった外見で普段は2足歩行だが走る時や戦闘時には腕は前足となり強力な機動力と戦闘力を発揮するいわゆる獣人であり、動物の顔で言葉を喋る辺りはどうやって発音しているのか不思議である。
最後にアスラとは人間と動物を合わせた者がデミというのに対して人間と魔物を合わせた容姿をしているいわゆる魔人である。
リップシュッタット王国は大半がデミであるが、わずかにヒューマンを除いた他の3種族も一部で共存している。
ヒューマンは絶滅危惧種のような状況にあり、北の島国ハンメルの首都アルタで僅かに暮らしているという話である。
また肉体的な戦闘力においてはヒューマンが最も弱者で次いでデミ、アスラと続き最も強いのはセリオンとなる。
ただしこれはあくまでも身体能力の強弱であって、もう一つの私の知識に無い決定的な違いによってその強弱は混沌としてくるのである。
そのもう一つの違いとは「魔法」の存在である。
この世界の文明は中世と表現したがある意味では近代的なレベルに達しているかもしれない。
電気などは無くても魔鉱石という属性毎の魔法特性を持った鉱石を使い、明るく光る照明や、熱を発するオーブン、馬車のサスペンションに使われる柔らかい魔鉱石など、科学ではなく魔法に頼る事で近代文明に近い生活様式が成り立っている。
そしてこの世界の魔法は先ほど述べた様な生活に必須な魔法と、攻撃や防御に用いる魔法があり、Lvの高い魔法ほど強力でそれを扱うにはそれ相当の適性と高位のレベルである事が必要になる。
適性とは魔法属性への適性であり、属性の種類は火水地風光闇の6属性があり、それぞれに固有の魔法が存在する。
殆どの者は1~3属性を使えるくらいであるが、稀にベアトリスとシャルロットの魔法教師フェルトの様に全属性全てに適正のある者も存在する。
魔法はそのプロセスや効果を強く正確にイメージ出来る者ほど、強力な魔法を緻密にコントロールする事が出来るが、先程も述べた様にこの世界は魔法に依存した生活基盤に成り立っている為、このイメージという点においては、この世界の住人はかなりレベルが低い。
分かりやすく言えば火を起こすのに魔鉱石を使って火を使う為、なぜ火が燃えるのかという原理が判っていない。
あるいは雪や氷を作るのにも魔法を使う為、どうやって氷が出来るのかという概念が欠落してしまっているからである。
この世界の理はこのくらいにして話をシャルロット自身の生い立ちに移そう。
何故ヒューマン?であるシャルロットがこのデミの国の名家ロンデウス家で育てられているのか?
それはまだ詳しくは教えられてはいないが、この国の先代の国王様からロンデウス家の当主ラインハルト公爵に内密に託されたという事らしい。
以来、姉のベアトリスと共に姉妹として育てられてきた。
シャルロットは現在10歳となり年齢的には中等学校に入学する予定であったが、フェルトによる魔法適正検査で6属性+αに適応している事が分かり、また姉のベアトリスが中等学校で習得したLv2までの基本魔法もベアトリスと一緒にフェルトから学び高等学院入学可能なレベルというお墨付きをもらった為、今年から姉のベアトリス15歳と同じロンデウス第二高等魔法学園に入学する事となった。
実際にはシャルロットの魔力はレベル10を超えるとフェルトは観ているしかも器用に重ね掛けもできる。がなぜそれほど迄に強力で器用に魔法が使えるのかは解っていない。また、+αの属性も現在の所、未知の属性である。
しかし、レベルはともかく魔法を器用に使うという点についてはシャルロットは理由が薄々解っていた。
というのも前述で話したとおり魔法はイメージが重要なのだが、この世界の住人と違い、シャルロットは魔法の無い世界の知識を持つ事で、様々な事象の科学的な解釈が理解出来ている為に、より強力な魔法をイメージ・コントロールすることが出来るのである。
その為、魔法発動の際にこの世界の住人は、攻撃魔法・防御魔法・召喚魔法のイメージを明確にする為に、枕詞の様に、「オフェンシブマジック」や「ディフェンシブマジック」や「サモンマジック」と言った宣言の文言を付けてどんな魔法を発動するかを続けるのである。
例えばファイヤーボールの魔法を唱える時は「オフェンシブマジック ファイヤーボール」といった具合に。
しかし、シャルロットはファイヤーボールのイメージがしっかりしている為に「ファイヤボール」だけで発動出来る。もちろんこの世界の住人であっても卓越した魔法使いは同様の事が出来る。
そしてこの5年の間にシャルロットの精神意識は彼女の肉体相応のそれにすっかり引き寄せられていた。元々記憶が無い上に幼女として育てられて来たのである。当然と言えば当然である。
しかしだからと言って本来の意識が無くなった訳でもない。それにはフェルトの存在が大きく影響していた。
フェルトは同じヒューマンであるせいか、シャルロットの本質を見抜いていた。そんなフェルトにシャルロットも心を開き、フェルトと二人きりで話す時には自分をさらけ出す事が出来たのだった。
---閑話---
「皆さまこんにちは、コカビエルです。シャルロットさんの転生も上手く行き順調にこの世界になじんできました。ご家族の皆様とも仲良くされている様で、先日も姉のベアトリスさんと姉妹喧嘩をして小さなシャルロットさんは泣かされてしまいましたが、ベアトリスさんがおやつを半分シャルロットさんにあげた事で仲直り出来た様です。それとシャルロットさんは魔法の素質があるようです。フェルト魔導士様からベアトリスさんと一緒に魔法を学ばれていますが、実力はベアトリスさん以上になられている様です。今後も私のシャルロットちゃん成長の日記を紹介しますので楽しみにしていてください。」