プロローグ1
ジンと別れて家に帰ったあと少し遅めの夕食をとることとなった。晩御飯は一昨日から作り置きしているシチューをいただくこととなった。そして今はリビングで正座をし、日課の基礎魔力向上のために様々な属性の魔力球を作りながら瞑想をしている。
魔力が枯渇したらマジックポーションを飲み再度魔法球を編み込む。これを大体一日5セット繰り返すようにしている。
マジックポーション自体安いものじゃないが依頼の数もそれなりに捌いているし分前を分け合うこともないので、こういった荒療治で上げても生活に余裕はある。
「ふぅ…少し休憩するか」3セット目を終え一旦休憩でコーヒーを入れようかとしたその時、濃密な殺意の気配を感じる。全身が総毛立つ今までに感じたことのない気配だ。気配だけでも感じる強者のオーラ。これは本気でやらないと殺られる、そう思った俺は壁に立てかけてある先代からの宝剣クルタナを手に取り左眼の眼帯も外し殺意を振りまくものと対峙するために表に出る。
「さて、さっきから恐ろしいまでの殺意を振りまくのは何者かな?」俺は問いかけるが返事がない。顔を見ようにも辺りが暗くて顔を確認できない。辺りを明るくするためにライトを唱える。
「!!!!!!!!なっ……ジン……お前なんで…」そう、黒いオーラに包まれていても見間違いようがなかった。それは数時間前村で別れたジンだった。
「う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーーーー!!!!!!」凄まじい雄叫びを上げてジンが突っ込んでくる。
ジンの突進攻撃を受け止めるが模擬戦で打ち合ったときとは比べ物にならない速さと重さがその剣にはあった。そしてその速く重い一撃を見舞ったのとは裏腹にジンの表情は苦悶の表情だった。
「おいっ!ジン!どうしたっていうんだ?」何度も問いかけるが雄叫びとうめき声だけで反応がない。武技も魔法も一切使ってこず速さと力に任せた苛烈な連撃を繰り出してくる。それに親友を手に掛けるわけにも行かないので一旦気絶させ、事情を聞こうにもそんな余裕がないほどの勢いで迫ってくる。「くっ…何がどうなっている?どうすればいいんだ?」必死でジンの剣を捌いているが埒が明かない。そう考えていると。
「そこのやつ何をしている!早くそいつを斬るのじゃ」と、突然外野から声がする。声からするに女性だろうか?フードに隠れて顔が確認できない。
「バカ言うんじゃない!こいつは俺の親友なんだぞ!それに意識をたてば落ち着いて事情も聞けるかもしれない!」叫ぶようにして俺は返すが…
「もう無理じゃ!そやつの意識はすでに別のものに食われて元の人格は存在しない!すでにお主らの村だと思われる村人たちは彼奴に全て斬り伏せられていた!儀式に失敗したものはみなそうなりもうどうにもならんのじゃ!そうなったものはもう何人も見てきた!すでに手遅れなのじゃ!」その声は悲痛な叫びだった。儀式がなんのことかわからないが、とても嘘をついているような雰囲気ではなかった。とはいえ親友を斬るなどどうしてできるだろうか。
「くっ…」迷っている間にもジンの攻撃はどんどん苛烈になってくる。なんとか救う方法がないのか…そう考えながら攻撃を受けていると、剣に迷いが現れたのか隙をつかれ、剣を弾き飛ばされ袈裟斬りに斬りつけられる。斬りつけられる間際にすばやく後ろに体制をずらしたので、深手には至らず軽傷治癒をかけつつすばやく弾かれた剣を取り、次の攻撃に備える。
「何を迷っておる!親友を救いたいのならこれ以上の犠牲者を出させないようにするために楽にしてやるのが最善じゃ!気絶や睡眠などは効かぬ!お主がやらんのならわしの手で終わらせるぞ!」フードの剣士が怒声を上げ、剣を抜く構えを取る。
くっ、やるしかないのか…知らないやつの手にかかるくらいなら他でもない俺の手で終わらせるべきなのかもしれない。そう覚悟を決め剣を構え、左眼の発動に武技の発動と魔法の詠唱に入る。
「とりあえず事が終わったら全て話してもらうぞ!武技感応強化、武技能力限界突破、身体能力向上全、竜の力、竜の鱗風属性付与、魔法貫通状態付与」最低限の魔法詠唱をお終え、マジックポーションを飲み干し投げ捨てる。
ここまでステータスを上げれば打ち合いでひるむこともなく戦えるだろう。武技・魔法のステータス向上にも時間制限があるので短期決戦で仕掛けていく。まずは牽制でエアロブラストを発動させる。
ジンはオーラを纏った剣で魔法を受け止めるがその隙に接近し、氷の槍を複数展開。武技風剣六の太刀鎌鼬を使い波状攻撃を仕掛ける。鎌鼬は斬りつけた場所に複数の風の刃を発生させ相手を切り刻む範囲武技だ。
風魔法で押さえつけ、氷と風を纏わせた刃の波状攻撃は思いの外効果が大きかったようで氷の槍は肩を貫き、鎌鼬は足や腕など複数斬りつける。
そこそこダメージを与えたはずだが、ジンはうめき声を上げただけで、痛覚が遮断されているのか意にも返さずに剣を振り回すように連撃をお見舞いしてくる。だがこちらはブースト状態なので攻撃を受け流して足や腕を斬りつけ攻撃と回避の手段を奪っていく。
「どうしたジン!動きが鈍ってきているぞ!これで終わりだ!光雷!」ゼロ距離で放った範囲魔法はジンの傷口から全身を駆け巡り感電させる。ついに力尽きたのか剣を落とし前のめりに倒れ込む。
「今じゃ!動けなくなった今しかない!とどめを刺すのじゃ!放っておけばすぐに動けるようになる!」フードをかぶった剣士が叫ぶが、俺はほんの僅かの希望をかけてフードの剣士に質問を投げかける。
「動けない今のうちに鎖で締め上げて動けなくして解決策を探すとかはできないのか?」
「わしもかつて救う手段はないかと似たようなことを何度か試みようとたことがあった。じゃがいずれも暴走の力が強くなるだけで、どんなに強固な拘束具であっても負の力で破壊される。そして逃げようとする・力に任せて襲いかかるの二択だけじゃ。其奴がアダマンタイト冒険者であろうとも例外はない。儀式に失敗した時点で正気に戻ることはありえないのじゃ」その声はひどく悲しげな声だった。きっと何人も救おうとして失敗してきたのだろう。
「………最後にもう一度確認するが正気に戻ることはもうないんだな?」最後の確認を取る。
「ない。未だかつて正気を取り戻したものはおらぬ」フードの剣士ははっきりと言い切った
「…そうか。わかった。答えてくれて感謝する」未だ立ち上がれるジンのもとへ向かい心臓に剣を突き立てる。
「恨んでくれて構わない。どうか死後の世界というのがあるのならばこのものに幸があらんことを」そう祈りを掲げて剣を突き刺した。