今日から私も平和の貢献者
学校から一番近い駅から電車に乗り、住宅地である鹿島市からコトコトと10分ほど揺さぶられていると加佐志摩県で一番ショッピングモールの多い地区、加佐志摩市にやってきた。
県名と県庁所在地名が一緒なので、県民の私たちはここを市内と呼んでいる。
久しぶりに来たけれども、やっぱり圧巻だなぁ…。
そういえば陽司をこういう場所に連れてきたことがない気がする。
暁奈は行動力あるし、友達も多いので毎年夏休みになるとよく来るみたいだ。
よし、今度はみんなで一緒に来よう。
っと、今はかわいい弟妹のことではなくて、友達とショッピングを楽しむんだった。
私は隣を歩いている2人の友達たちに目を向けた。
今は昨日初合コンに行ったという話をしているらしい。
「んでさ、魔学の生徒がいたんだけどさ、その人超イケメンでさっ!もうほんっと魔学生ってなんでみんなあんなに美形なんだろうねっ!?」
「いや、それはたぶん偏見だから。美形じゃない人もいると思うよ?」
対魔国立魔法高等学校…通称魔学は人類を脅かす魔『ヤゴ』を倒す精鋭を育てる学校だ。
魔法はMTPと呼ばれるハイパー分子を持つ者だけが使えるという希少価値の高いもの。
そして、今のとこを魔法以外にヤゴに対抗するすべはなく、世界は危機として魔法を使える子供を集め教育を施しているというわけだ。
「あーあ、私も魔法が使えたらイケメンたちと青春できるのになぁ…。」
「いやいや、魔法使えなきゃ魔学入れないし。」
魔法、か…。
「………使えない方がいいですよ、だって使えたら戦わなくちゃいけないわけですし…。」
「それもそうだね。…でさ、その人さ…」
私は思い出したくないことを思い出して言葉を濁した。
――――悟られてはいけない、ずっと隠してきたのだから…。
私のそんな様子に杞憂にも友人たちは気が付かなかったようだった。
私は下を向きながら無意識に、少し困ったように微笑む。
私のそんな様子に杞憂にも友人たちは気が付かなかったようだった。
さっきまで私は友人たちと楽しくショッピングをしてさあ帰ろうとしていた、のだが。
「うわわわわ…、ここはどこでしょう…。」
そう、女子高生ながらふがいないことに迷子になってしまったのだ。
今いるここは、人気の少ない女子高生がいてもいい場所ではないと思う。
いや、言い訳をさせてほしい。
私たちが住んでいる場所はかなり市内と近いのだが、ビルがそびえ立つ市内と違って下校道中に田畑が広がっているというほど田舎な感じである。
そのためこういう裏路地とかいったものは通ったことがなかったのだ。
最近流行っているというスマートフォン略してスマホを持っていたら良かったのだが、生憎にも私は携帯と言われるものすら持ち合わせていない。
高校生が携帯を契約するためには、保護者つまり大人の承諾が必要となる。
承諾をしてくれそうな宛はあるにはあるが、前に会ってからもう少なくとも5年は会っていないのだ、あちらも私のことなど他人も同然だろう。
以下の理由で私は迷子というわけだ。
タイムリミットがきた私に対して、友人たちはまだ用事があったらしく、私が気を使ってその場解散したのが完璧に仇となった。
っく…、結局迷子は迷子なわけで…、どうしたら良いんだろう?
私は辺りをキョロキョロとした。
どうやらここは昔栄えていたみたいで、バブルを感じる廃れた建物がいくつもあった。
建物は苔やら蔦やらで覆われていて1対1の割合で灰色と緑が広がっている。
現代の道路に比べたら細く、標識、信号の数も少ない。
―――本当に人気のない場所だ…。
市内にこんな場所があるなんて知らなかった。
とりあえずは、と私は今やるべきことを頭のなかで整理していく。
こんなところに、公衆電話があるとは思えないし、タクシーも来ないだろう、なんせ車すら通らない。
人を見つけるのは難しそうだし、連絡をとる手段もない。
改めて考えてみたら、あれ私今人生のピンチなんじゃない?
もちろん、帰りが遅くなれば弟妹たちは…いや、妹はどうかわからないが、心配して探してくれるだろう。
その時、考えうる最悪の事態は弟が直接探しに来ることだ。
夕刻になれば暗くなるの、小さくてしかも天使のように可愛い陽司が外に出るなどとんでもない。
世に言う変質者というやつに狙われたらどうするのだ、私はその輩を呪い祟るだろう。
そうとわかれば、こうしてはいられない。
今すぐ帰らなければ。
ただでさえ、もう陽司が下校の時間でお迎えに行けないというのに、このままでは夕食も作ってやれないではないか。
私は小学生の頃習った迷子の時はどうすれば良いのかということをすっかりと忘れて、ただなんとなくで歩き始めた。
とりあえずは、誰かに会うか、公衆電話を見つけるか、大通りに出ればそれでいい、と安易に思いながら。
しかし、
「なんでっ、なんでなんですかっ~!!」
2時間後、私はまだ迷っていた。
しかもなんだかぐるぐると同じところを行ったり来気がする。
今まで計画無しに町を歩いた事なんてなかったから気がつかなかったが、もしかして私は方向音痴というやつなんだろうか…。
まったくもってその通りで、今さらである。
「うう、どうしたら…。」
このままでは本当に夕刻までに家に帰れないということにもなりかねない。
その時、この状況を打開するような天の声が聞こえてきた。
「おやおや、こんなところに居るなんて…。嬢ちゃんは物好きだのう…。」
かれた声にしわの深い肌、ヨボヨボの棒のような体、そしてなにもない頭、…おっとこれは余計だったか。
とにかく、お爺さんってどんな感じと聞かれたらまさしくこんな感じという模範的なお爺さんがそこにいた。
―――救世主っ!!!
私は颯爽とお爺さんに近寄って手を取った。
高校生としての体裁もあるが、今は仕方あるまい。
私は大きくゆっくり喋った。
「すみません、迷子なんです。ここから大通りまでの道を教えてくれませんか?」
お爺さんの顔がピクリと動いたが、目元のシワが深くて表情からの感情を読み取ることが出来ない。
「おやおや、迷子とな。なるほど、こんな寂れた町に綺麗なお嬢さんがおるは珍しいものだと思ったが、そういうことか。」
お爺さんが余りにゆっくりと話すのでせかせかとしていた私はもどかしくなったがぐっと堪える。
お爺さんにはお爺さんのペースがあるのだ、急かしてはいけない。
私は気持ちを落ち着かせながら「お恥ずかしながら。」と答える。
「ふぉっふぉっふぉっ…、いいんじゃいいんじゃ、人間失敗しない奴はおらんしのぉ。反省してそれを次に活かせればそれでいいんじゃよ。」
少し長い髭を撫で付けながらにこにこと話す。
というか、上は毛がないのに、なんで顎には生えてくるのだろうか。
じゃなくて、なんて徳の高いお爺さんなのだろうか。
さすがは年の功というやつかな。
こののほほんとした雰囲気は周りに伝染していき、和やかにしてくれる。
私も自然と口が緩みにぱーっと笑顔になる。
そんな感じで場の空気に癒されていると、嫌~な予感がした。
そしてビンゴと言わんばかりにそれはドスドスと音を立てながら近寄ってくる。
「おや、悪いものが近寄ってくるみたいじゃの。どれ、逃げるとするかの。」
お爺さんもそれが分かっているらしく、トボトボと亀の歩みで歩き…いや本人は走っているつもりだろう。
残念ながら相手はお爺さんの歩みを待ってくれないみたいだ。
「お爺さん、私の背に乗って。それじゃ追いつかれちゃう。」
しかし、お爺さんは止まらない。
「お嬢さんや、このおいぼれを背負ってはあなたが逃げ遅れる。2人共は無理じゃ、おいぼれを気にすることはない。」
お爺さんはただの女子高生の私が自分を背負っては逃げられないということが分かっているのだ。
それで自分だけでも逃げろと言ってくれている。
…でも。
「嫌です。」
私はその場から動けなくなった。
「…お嬢さん、わしは今年で85になる。子も孫もひ孫もいてな、もう十分じゃ。逃げなされ。…なに、わしはまだ諦めたわけではないぞ?」
それはそうなのだろう、お爺さんは足を動かすことを今でもやめていないのだから。
それでも、いや、だからこそ
「嫌、嫌なんです!生きたいと願っているのに助けられないのは。」
そのまるで何かに抗うような声にお爺さんは足を止めた。
「お嬢さん…。」
…本当はもう一生使わないつもりだったけど。
「…大丈夫、私に任せて下さい。絶対お爺さんを守って、私も生きますから。」
お爺さんからはっと息をのむ音がする、当然だろう私は今、とんでもないことを言ったのだから。
私はすぐそこまで迫ってきている敵に向き直り決意を固める。
ごめん、お父さん。
約束守れなそうだよ、でもきっと後悔するから。
だから、見てて。
「私は誰かを守るために力を使います。」