第7話 魔人の少女
その少女はローブを羽織っている時には見えていなかった臀部から、人間にはあるはずもない漆黒を尾を生やしていた。それはつまり人間ではないってことで・・・逆に人間以外にこのダンジョンに入れる存在は一種しかいなかった。
ーーーー魔人。
人間と同様、天賦の才に恵まれず、ダンジョンを攻略することでしか能力を得られない存在。
僕たち聖国と長年争いを続け……そしてブルネを殺した魔国の種族。
誤算だった。
ダンジョンの攻略者に魔人がいること、ましてダンジョン内で魔国軍とエンカウントするなんて考えもしなかった。
ただただ呆然としてしまった。
正直どうすればいいのか分からない。
いや、魔国の種族なのだから殺さなければならないのは百も承知だった。
でも、身体が動かないんだ。全く言うことを聞いてくれない。
しかし時間が止まることはない。
少女は大剣を再び構えて、地を踏みしめ、四つん這いになって赤赤とギラつかせる龍の瞳に向かって弾丸のような速さで肉薄する。
龍もその鋭爪を横薙ぎして少女の進行を止めようとしたが、体勢を極限まで低くして回避、速度を落とさずに下段から大剣を龍の顎門に振り上げる。
鱗に傷一つ与えられなかったものの速度のついた大剣の振り上げによって身体が宙に浮いた。
反動で地面に強く足をめり込ませ、しかしそれさえも次の攻撃に繋げるチカラとし、そのまま真上に跳躍、大剣を胸の前に構えて龍の腹部に突き刺そうとした。
フォンンンンンンンンッッッーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
しかし空中ですぐに体勢を立て直そうとする龍はその双翼を強く羽ばたかせる。
異常な風圧が襲い、跳躍の勢いを宙で失うと、龍が繰り出したサマーソルトを直に受けてしまう。
再び広間の壁に叩きつけられた少女は吐血し地面に墜落、おそらく今回の攻撃で数本の骨は折れてしまっているだろう。
動けなくなった女の子、地に着地した龍はそこにじりじりと詰め寄った。
おそらくこのままでは龍に蹂躙されてあの魔人の子は殺されてしまうはずだ。
でもそれでいいじゃないか、魔国の種族が蹂躙されるのは当然のことなのだ。
ここであの子が屠られて、疲弊した龍を相手に僕が試練を達成する…………
はははっ……我ながら良い作戦だ、これなら一石二鳥で気分も爽快になる。
「……う……がう…………違うッ!!!」
なぁ、本当にこれが僕の意思通りの選択なのか?
なぁ、本当にそれをして後悔が残らないのか?
なぁ、本当に目の前の命を救わないで、この先確固たる正義を掲げて生きていけるのか……?
ーーーーあぁ……僕は馬鹿で単純で、正真正銘の愚者だ。
><><
龍が少女に迫って咆哮を上げながら片足を振り上げる。どうすることもできない彼女はその後に踏み潰されるであろうことを察したのか、咄嗟に目を瞑ってしまった。
風を切って勢いよく降ろされる足が唸りを上げて少女に急迫し、
ガキンンンンンンンンンンッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
踏み潰される音とはかけ離れた、金属同士がぶつかり合うような音がルーム全体に響き渡る。
一拍を置いて自分がまだ死んでいないことを知り、目の前を向くとそこには一人の少年が、小ぶりな盾で巨大な龍の攻撃を防いでいた。
「なに、ぼーっとしてるんですか! 早く、そこから逃げて、くださいッ!!!」
イルクの命令に驚きを隠せないまま、痛む身体を無理やり動かして横に退避する。
かなり無理をして龍の攻撃を受け止めたイルクは、そのまま足を受け流して、よろめきながらも少女の横へとつけた。
「はぁ、はぁ……いきなりで申し訳ないですけど、この試練を終わらせます。無理してもらいますが、少し手伝ってもらいますよ! 情けない話、僕にも余裕がない」
勝手に話を進めていくイルクに何も言うことができず、そのまま作戦の内容を告げられる。
そして一通り伝え終わると彼はすぐに行動を開始した。
二人を見据える龍を他所にイルクは自身の足元に煙玉をぶつけ、自分と少女を包み込む。
しかし三秒も経たぬうちに少女は超重量の大剣で煙を振り払い果敢にも龍に突っ込んでいく。
蒼き龍と懸命に応戦する少女に対しイルクは・・・・・・静かに龍の遥か上空を舞っていた。
姿を隠した数秒で少女の大剣に身体を飛ばしてもらっていたのだ。
龍がイルクの気配に気づいた頃にはもう時すでに遅し、急直下で勢いをつけた剣先が龍の後頭部に思い切り突き刺さる。
そして咆哮とも違う悲鳴がルームに鳴り響き、龍は光の粒子を伴ってその姿を消した。
イルクはこの試練が、龍の後頭部に光る弱点さえ攻撃できれば達成できることを石碑から読み解いていたため、隙さえつければそこまで大変な試練ではないことに初めから気づいていた。
ひと段落終えて、少女とイルクは対峙する。
異様な緊張感が漂う沈黙の後、先に口を開いたのは少女の方であった。
<><>
「ねぇ……どうして、私を助けた?」
分かり切っていた当然の質問。
だが今の僕にそれを答える資格、いや覚悟があるのか……?
何も答えられず沈黙してしまう僕に再び少女は質問を投げかける。
「私が魔人なの、気づいてたんでしょ? ならなんで…………」
解せない、と言うような表情を露わにし、それでもなお口を開かない僕に憤慨したのか、背を向けて出現した出口の方へと歩いて行ってしまう。
少女の臀部から生える尾に現実を見せられ、耐えきれなくなった僕は自分の意思とは裏腹に口から言葉を発していた。
「最初は魔人だってことに気がつかなくて……」
ーーーー嘘だ。
「もしこの状況に遭ったのがブルネだったら、こうしたかなって…………」
ーーーーそれだけじゃない。
「だから……気がついたら勝手に、助けてた」
ーーーーもうやめろよ、情けない。
ブルネの復讐、するんでしょ?
なんで逆に助けたんだ、ブルネを言い訳にしてまで。
最低だよ、本当に僕は最低だ。
自分にまで嘘をついてどうにか正当化しようとして…………
禁忌という現実から逃げようとしてる。
ーーーー本当はただ、目の前の女の子に一目惚れしただけのくせに。
第8話からは冬コミ(C93)の続編になります!
サイトに投稿するのは来年の夏コミ前になりますので、もし早く続きが気になるという方がいらっしゃったら是非今年最後の冬コミに足を運んでみて下さい。
詳細は後日ツイッターや活動報告の方で連絡します!