第6話 少女の姿
「はぁはぁ、はぁ……っはぁはぁはぁ…………」
息、してる。手は、うん、動く。でも……身体はあちこち痛すぎてまともに動かせない。
…………生きてる?
痛む身体を多少無理して起こし、ポーチの中から回復薬と包帯を取り出す。かすり傷は無視して、大きくダメージを負った部分だけ回復薬を塗り込み、包帯を巻いた。
瓶の中に残った薬は半端にしておくのではなく、口から体内に入れて身体の回復速度を速めた。
ゴツゴツとした岩肌に背を預けしばらく安静にすること数分、身体の回復を実感できるくらいまでになったので、その場に立ち上がり先に進む支度をする。
ボロボロになって防具の役割を果たせなくなった部位やポーチの中の空いた瓶を捨てて身を軽くする。
一通りやることを終え、最後に気を引き締めてから先に進むための一歩を踏み出した。
この階層は樹海のフロアとは打って変わって洞窟型のフロアであった。ところどころの壁に燭台が設置してあり、進むべき道を煌々と照らしている。分かりやすく広い一本道であったのでそのまま歩みを止めずに前進した。
にしてもまさか螺旋階段の終点であるあの天井が魔法で覆われた偽物であったとは最後の最後まで確信が持てなかった。その答えに辿り着いたのは魔物から逃げるのに必死で走っていた時にチラッと見かけた石碑だった。
確か 『この先、道を愚直に信じて進むべし。一歩の迷いが死を掴む』 と刻まれていた気がした。
意味は本当この通りに単純で、階段をノンストップで駆け抜ければ普通に次のフロアに繋がっている、だけど止まったら崩壊する螺旋階段か下で待つ無数のモンスターの餌食になって死んでいたよ、という趣旨だ。
まさにダンジョンという感じだった。
完全に僕ら挑戦者を試しにきている。
もちろんダンジョンに挑戦できる代償は死、だ。
少しずつダンジョンのノウハウが分かってきたような気がした僕は、これからも降りかかるであろう試練に腰を据えた。
傷もほとんど塞がって、全快とは言わないものの身体を自分の思うように動かせる程度には回復した。そしてそのまま一本道を突っ切ろうと足を速めてすぐに、
ドンンンンンン、ドンンンンンンッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
奥の方から激しくぶつかり合う戦闘音のようなものが聞こえてくる。無意識に駆け足になって、奥にあると思われるルームへと急行する。
しばらく走っていると、その音が徐々に膨大し、予想通り目の前に巨大な広間を捉えた。
爆音と振動によって揺らめく燭台の炎を他所に、まるで誘われるように夢中になって一本道を駆け抜けると、ルームの入り口にまた石碑を発見する。
今回は焦らずにしっかりと刻まれた文字に目を通す。
『汝、龍に挑まんとするのなら、燦然と輝く星を射抜くべし。どうせ避けては通れぬ道、打ち倒すより従うが吉。導きは額と表裏』
なんとなくではあるがこの石碑に書かれていることは理解できた。
いや、でもこれが本当のことなら……命を落としかねない。
もしこの先に待ち受けている敵が 『龍』 であるのなら、それこそ覚悟を決めなければならないだろう。
いや、ここで考えていても仕方ない。
もう引き返せないところまで来てしまっているんだ。
それに目標を達成するにはこんなところで立ち止まってなんていられない、そうだよね…………ブルネ。
上はどこまで続いているか推測できないくらい高く、暗くて天井を視認できない。モンスターが大量発生したルームも巨大ではあったが、こっちはそれよりもより大きい。
そして円形のルームの中心で鎮座していたと思われる蒼白の龍と戦っているのは意外にも少女の姿をしたそれだった。
少女には全くもって似つかわしくない大剣を、その細い腕で目一杯振り、龍という規格外の強さを誇る敵に勇敢にも立ち向かっている。
驚いたのはそれだけではない。
その容姿だ。茶色のローブを装備していても、その間から覗かせる姿だけで分かる。
長い青白の髪を揺らし、金色に輝かせる眼、すらっとした体型に、美しい顔立ちは……そうまさにおとぎ話に出てくる妖精を思わせた。
可憐な妖精が獰猛な龍を退治している、最初に見た率直な感想であった。
ーーーーあぁ。そう、見惚れてしまっんだ僕は。
このダンジョンという、命を張って能力を手に入れんとする危険な場所で……そのことを忘れさせてしまう程に美しいその姿に。
ぼーっとして戦いのことなんて完全に忘れてしまっていたが、しばらくして正気を取り戻すと戦況の把握に脳を回転させる。
正直押されている。
少女もかなりの腕前であったが、やはり龍、大剣の攻撃をものともしない。
龍は空を仰ぐ巨大な翼で飛翔し、片や少女はその綺麗な脚で地を蹴り龍を撃ち落とさんとする。
吐き出される灼熱の業火を空中で回避すると、そのまま翼膜に重い斬撃をくらわせた。
怯んだ龍は体勢を崩し地上に墜落すると、透かさず少女は急迫を試みる、が。
オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!
ダンジョンを轟かせる程の咆哮がルームを包み、少女は一時行動不能になってしまう。
その隙に接近した少女を長太い尻尾で思い切り振り払い、直撃。広間の壁まで吹っ飛んで、大きな衝突音とともに土煙を上げる。
D5。
おそらくあの龍はそのくらいの力量を持っている。ダンジョンモンスターであるから外界の基準でちゃんと測ることはできないが、これまで出会って来たどのモンスターよりも強いのを見る限り、そのくらいが妥当だろう。
ただ今回の試練は別にあの桁違いに強い龍を討伐するわけではなかった。
それは石碑が教えてくれた通り 『星を射抜』 けば良いのだから簡単とまでは言わないものの、討伐より遥かに難易度は劣るはずだ。
それに僕の見立てでは 『星』 の居場所は龍の一部位であるはずだからそこを狙えばきっとこの階層はクリアできる。
よし、あの女の子と共闘してちゃっちゃと次の階層に行こう、そう決心をした時であった。
周りに立ち込めていた土煙が晴れるとそこにはローブを纏っていない少女の姿があった。
やはり綺麗な顔立ちで、スタイルも完璧と言っては語彙が足りていない気もするが、本当に完璧なんだから仕方がない。
そんなにも可憐な容姿であるのに…………気がついたら絶句していた。