第5話 追い込まれて
跳んでくるモンスターたちを斬りつけ、間に合わない攻撃を盾で防ぎ、それでも徐々に僕への攻撃が身体に蓄積していく。腕や脚の防具は既にボロボロで原型を留めていない。
額から流れてくる血が目に入ってしまいまともに前を見ることさえままならなかった。
何度斬っても斬っても敵の数は減ったように感じない。
しかも傷は増えていくばかり。気が滅入りそうになってしまい手を緩めそうになったその時、
バンンンンンンンンンンンッッッッッッッッッ!!!!!!!!
木製の歪な棍棒を持った巨大なゴブリンがそれを両手で上段から振り下ろし、ぶち当たった周囲の地面を粉砕した。
ギリギリの緊急回避を迫られたが、それでも岩片や衝撃の風圧で身体が思い切り吹っ飛んでしまう。
何とか受け身をとって着地したが勢いのまま転がって倒れこんだ。
だが、
これは……! チャンスだ!!
好機にもその衝撃によってモンスターの輪から抜け出すことができたので、すぐに体勢を立て直し、螺旋階段に続く出口目掛けて全力で走り抜けることにした。
もちろんモンスター達も僕を逃しはしまいと追いかけてくる奴もいれば、厄介なことに矢を放って迎撃しようとするゴブリンもいた。
ただひたすら樹海のダンジョンを走り、運よく矢などの足止めをくらわなかった僕は、順調にルームの出口を迎え、その先の一本道を抜けると螺旋階段の根元に辿り着く。
階段の脇に小さな石碑がポツンとあるのを見て、焦燥の中、駆けながら刻まれた文字に目を通す。
『ーーーーこの先、道を愚直に信じて進むべし。一歩の迷いが死を掴むーーーー』
石碑に刻まれた文字を意味を考える余裕もないまま、モンスターから逃げ切ろうと階段を登っていく。
背後を見ることなく全力で階段を駆け上がり、およそ中段くらいまで走り抜けたところで異変に気がつく。
モンスターが追ってきてない……?
逃げることに必死で全然気づけなかったが、螺旋階段をモンスターらは登らずに下でただ僕のことを見据えていた。
ーーーーこの時僕はその異変をラッキーだとしか思っていなかったが、もう既に自分が後戻りできないところまで来てしまっていることに気がつくのはそう遠くない。
ここから見渡せるダンジョンの景色は壮大だ、なんて思えるくらいには落ち着きを取り戻し、疲れた体力を回復させるために歩調を緩める。
そういえば僕がダンジョンに入ってからどれくらい経っただろう?
もう一日くらいはこの階層を彷徨っていたかもしれない。
ダンジョンでの体感時間はどうやら早いらしい、後四日で攻略しなくては死亡扱いにされて置き去りにされてしまう。
まぁでも今の所、イレギュラーはあったものの順調に事を進められていると思う。
一日一階層進めればおそらく期日までに能力を手にすることができるだろう。
慎重にいこう、じゃないと本当に死んでしまう。ダンジョンとはそういうところだ。外のみんなも心配だが、今は攻略のことだけに集中しよう。そんな事を自分に言い聞かせていた矢先。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!!!!!!
突如としてダンジョン内に大きな地鳴りが伝播する。最初こそ動揺したものの、すぐに我に返って地鳴りの原因を探したが、その真実が再び自身を戦慄へと追いやった。
「螺旋階段が……! 崩れてる!!?」
遥か下方、自分が登って来た階段を覗くと、物凄いスピードで螺旋階段が崩壊の一途を辿っていた。
この位置から落ちたら死んでしまう。
もし一命を取り留めてもそのままモンスターに屠られるのは想像に難くなかった。
よって再び全力疾走を試みる。少し回復した体力を以ってすれば、おそらく螺旋階段が崩壊しきる前に次のフロアまでたどり着くことができるだろう。
そして駆け上ること一分と数十秒、ようやく天井に辿り着き、螺旋階段の崩壊にまだ余裕がある事を確認して安堵を含んで次の階層に逃げ込もうとその足を緩めた……が。
最後の一周を登りきって目の前に待ち受けていたのは次の階層などではない、ただの天井。
階段はそこで途切れ、これ以上先に進むことができない。
安堵と戦慄を繰り返し、最後に顕れたのはそう、絶望。
今の感情を言い表すのならこの一言に限る。
しばらく頭が真っ白になってしまったが、死の瀬戸際にいる自分の脳は焼き切れそうになる程フル回転し始める。そしてそこでようやく事のおかしさに気付いた。
僕は螺旋階段以外に上へと続く道が存在しないか、迷宮に印をつけてこの一日間ずっと同じ階層を彷徨っていた。
しかしそのような抜け道はなく、螺旋階段だけが次のフロアに続く道であることはちゃんと確認したはずだった。
おそらく漏れはない。よってここは正規ルートに違いない。なら…………
焦る心を落ち着けて残った可能性を振り絞る。
考えろ、考えろッ! と。
そして、
「まさか。いや、待て……そんな…………!!」
顔を崩れ行く階段から何もない天井へと向ける。
そう、全て合点がいった。
なぜ正規ルートが行き止まりなのか。なぜモンスターがここまで登って追わなかったのか。
いや、それ以前になぜ一つ前のルームでモンスターが大量発生し、ここまでが一本道だったのか。
導き出した最後の可能性に賭けてその足を再び進めようとしたその時、風魔法の付加により飛距離がグンと伸びた矢が僕の右足に突き刺さった。
咄嗟に下を向くと、霧で霞んではいたが、確かに弓を持ったゴブリンとメイジゴブリンが口元に笑みを浮かべているのを目視できた。
下に落ちてこい、そしたら喰らってやる、とでも言いたげなその表情が逆に僕の生存本能をかき立て、足を引きずりながらも前進を試みる。
螺旋階段ももう残り二周で僕に追いついてしまう。
全身から発汗を余儀なくされ、血と汗が頬に滲む。
僕が早いか、崩壊が早いか。そしてその時は数秒で訪れた。
足元の段が崩壊の予兆で揺らぐのを感じる。
もうどうにでもなれ、と。
全力で地を踏み、天井目掛けて跳躍する。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして樹海のフロアは崩壊の轟音と自身の雄叫びで満ち満ちる。