第3話 遠征前
「あぁぁ、もうきつい、疲れたわぁ」
「そうだね……でもここからはしばらく休めそうだから……ふぅ」
日の出に出発してからもうざっと六時間は歩いただろうか?
山を登り谷を越え、川を渡って洞窟を抜けた。
そこでは様々なモンスターと出会ったが、幸運にも 『除け石』 を上回るモンスターとは遭遇しなかった。
ちなみに『除け石』とはその名の通りモンスターを寄せ付けない石、のようなものである。
『除け石』の本来の名称は『モンスター脳片部』と言う、どのモンスターでも共通のドロップアイテムで、個体の強さによってその効力も比例する。
つまり、強いモンスターを倒せば効力の強い『除け石』を手にすることができ、その分だけモンスターを寄せ付けないと言うことだ。
「とりあえず一回寝ておきたいわ。ナルドレアにはこっちの除け石じゃ効かないような化け物じみたモンスターもいるらしいぜ? 体調万全にしておかないとダンジョンにさえたどり着ける気がしねぇ」
「ナルドレアのモンスターは平均して手強い奴が多いらしいね。それに魔国軍といつ衝突するかもわからないし……僕も少し休憩したいかな」
さっきから話をしているこの青年は、ここに着くまでに知り合った、同じくダンジョン攻略を目指すパンギュラ隊の一人、リーザス・ダルキームだ。
歳は僕の一個上で十九歳らしいのだが、その高身長で短髪かつ金髪の風貌はもっと年上を連想させる。
「みんなお疲れ~! 船に乗ったら二時間休憩とって班の振り分けするからゆっくり身体休めるように。遠足だからってワクワクしすぎて休憩できないってのはなしだからなぁ!!」
マクリ大将の遠征を遠足という名称に変えていることにツッコむ人はもういない。
おそらくこの六時間ほぼノンストップで来たことでその体力さえなくなっているのだろう。
息が上がっていないのはマクリ大将含めてベテラン兵の方々だけだった。
「よっしゃぁ!!! このベッドはも~らい~!」
乗船してすぐに寝室に入った僕はそこでやっと今までの緊張感から解放された気がした。
年上のくせに何処となく無邪気なリーザスに苦笑を浮かべながら、空いた腹を船内で配給された食料で満たしていく。
「ねぇ、リーザスはなんで今回の遠征に参加したの?」
ひと段落して働き始めた脳が、自然と言葉の信号を出していた。
「なんだいきなり。まぁいいや、どうしてもってなら聞かせてやろう!」
別にどうしてもとは言ってないのだが、自分から聞いた手前、聞かないわけにはいかない。
するといきなり真面目な表情になるもんだから、こちらが少し面を食らってしまった。
「そうだな、簡単に言っちまえば…… ーーーー魔国と聖国の境界をなくしたい」
「……え?」
「へへっ、最初にこれ聞いた人は大体そんな反応するもんだ。なんだって話が壮大すぎるからな! でも俺はそれを実現したいんだ。みんなが手を取り合って幸せになれる世界を」
「それ、本気なの? 魔国の奴らは絶対にそんな甘くない」
「身内でもやられたのか?」
「…………親友が一年前に殺された、この遠征で。そこで僕は約束したんだ」
「復讐、か」
「……うん」
リーザスとは目を合わせることなく、しかし拳を強く握りしめた。
だって僕には魔国との共存なんてこれっぽっちも考えられなかったから。
「なぁイルク、お前のその復讐は、何を生む?」
「……そんなの、今の僕には関係ない」
そのままリーザスは言葉を続けた。
「復讐だよ。その感情が相手の復讐を生み、負のスパイラルに陥る。そして大きな戦争が起こり、多くの種族がその犠牲になるんだ。いいことなんて何もない」
「僕には好戦的なあいつらが戦いをやめるとは思えないよ」
「あぁ、今はな。でも今後ずっとそうとも限らないだろう? 俺はな、そうやって誰もが考えもしないことを目指してる。だから今はこの目標が誰にも理解されなくて構わない。いつか自然と理解される日まで俺はなんだってするつもりだ」
確かに固い信念があるような表情で僕に、いやもしかしたら自分にかもしれない、言い聞かせているようであった。
「……もし、そんな世界をリーザスが創ってくれるなら、僕は今じゃなくてその後の世界に生まれたかったよ…………」
「へへっ、待ってろ。お前が生きているうちに俺がめっっちゃ強くなって、んでもって平和を堂々と掲げられる世界、実現してやるさ!!」
少しだけ想像してしまった平和という世界で、ブルネ達と共に何のしがらみもない純粋な笑顔を浮かべてはしゃいでいる自分の姿が僕の心を強く締め上げた。
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時は既に夕暮れ、水平線に沈みゆく太陽を一瞥してマクリ大将の方へとすぐに顔を向ける。
「みんなよく休めた~? ここからはもっとハードでエキサイティングなエクストリームE・N・S・O・K・Uになるから張り切っていこうぜ~!」
リーザスのいびきが大きすぎてあまりよく寝れなかった、なんて後悔はもう遅い。
「じゃあ編隊とその他の説明しま~す。ヨン君、ヨンろしく~~!」
…………さすがにこれには本人も苦笑いである。そこには威厳の 『い』 の字もなかった。
「で、では気を取り直して……今回の遠征では、分隊を九つとし、六人一組とする。講義でも話はしたと思うが、分隊員の誰か一人がダンジョンに入っている時はその分隊はダンジョン入り口付近で五日間の野営を行ってもらう。これはダンジョンで疲弊した仲間と共に無事ベースキャンプに帰還する旨があるのだったな。今回は前回の魔国の襲撃によって失ったベースキャンプからまた異なる場所を拠点にする故、何が起こるかこちら側も把握しきれない。分隊の連携を心掛けろ」
前回の遠征……ブルネが行った回だ。
基本遠征は年に二回行われるのだが一年前のそれは被害が甚大だったため、ベースキャンプをはじめとする様々な復旧作業にかなり時間がかかったらしい。
立地やモンスターの住処、魔国群の侵略までを考慮して、ナルドレア西部にまた新しくベースキャンプを造るとなると、それこそヒシム元帥レベルのチカラが必須になるだろう。
「全員が能力を手にするまで基本は野営が続くと思うが何かあったらすぐベースキャンプにいるマクリ大将の元へ報告に来るように。ナルドレアはイレギュラーに満ち溢れているからな。では、これから分隊の発表をする。 ~~~~~~~~」
それからヨン隊長によって分隊を振り分けられ、僕は第七分隊に配属された。
そこでは第七分隊隊長の指示で一人一人がダンジョン攻略に対する抱負を織り交ぜて軽い自己紹介をさせられた。
ちなみにリーザスも同じ分隊だったので、人見知りの僕からしたら少し気が楽になった。
「では最後に……私がこの第七分隊を率いるアルベック・クミストだ! よろしくな!!」
黒髪リーゼント、その燃えるように熱く輝く目、ガタイのいい体格・・・まさに熱血漢という言葉を具現化したような人物である。この人の近くにいれば冬でも半袖で過ごせそうだ。
「私は能力を二つほど会得しているが、おそらくこの中にも能力を複数手にすることができる者がいると思われる。しかし今回の遠征では能力会得を一つに絞る。リスクを軽減するためだ。私の分隊では全員無事生還を絶対条件にしてダンジョンに挑もうと思っている。いいな、全員で帰ってくるぞ!!!」
士気を高めたことによって、第七分隊の全員が声を張って大きく返事をする。
そう、僕はこの時、今回の遠征は絶対に成功するという、何処から湧いてくるのか分からない安心感に心を許していた。
ーーーーこれから起こることが自分にとって人生を揺るがす、巨大な壁を乗り越えようことになるとは。