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―――俺には夢がある。
って言っても、偉くなるとか、大金持ちになるとか、女の子にモテまくるとか、そんなことではなくて。 まあ、女の子には少しモテたいけど。
俺の夢は、いつかこの世界とは別の世界、ファンタジーでも平行世界でもなんでもいい。とりあえず今の世界を抜け出して、異世界に行くことだ!
高木 翔18歳 留年った回数2回。未だに厨二病を抜け出せない高校一年生だ。
「異世界、いい加減行けてもいい筈なんだけどなあ」
自室のベッドの中で異世界について考え始めた。
異世界への強い憧れを抱き始めて早2年。きっかけはとあるSF小説だった。タイムトラベルだとか時空を超えるだとかそんな理論でいっぱいの小説に、翔は虜になった。
初めのうちは自分なりに理論を考えたり、異世界へ行く為の機体の構造を考えたりしていたのだが、近いところには辿り着いても、行き詰まり、すべて失敗した。つい二週間前に、自分にはその才能がないと気が付いた。それからは神頼みで、胡散臭さのある異世界へ行く方法を調べては、それを試しているのである。
「翔」
ガチャりとドアが開かれ、母親が部屋に入ってきた。
身体をゆっくり起こして、困り顔の母さんの方を見た。
「また学校お休みしちゃったわね……。 熱が出ちゃったんだもの、仕方ないけど……。 それで、母さんね、父さんと相談して考えたんだけど、通信制の学校に転入するのはどうかな? あなたと一緒に入学した子たちはみんなもう三年生でしょう? 皆、大学や就職を決める時期なのよ。 通信制なら、あなたのペースで勉強できるし、頭がいいんだから、ちゃんと進級できるようになると思うの。 お友達とは、学校が別になってしまうけど、それでも、あなたのために………」
「……うん、分かったよ母さん」
母の顔色は悪かった。また俺の事を心配しすぎて体調を崩したのだろう。いい加減自分自身でも、身体の弱さには苛立っている。
「それじゃあ、少し考えてみてね。 ごめんなさいね。 よろしくね……。 ゆっくり休むのよ」
怠そうに母さんが部屋を出て行き、閉められたドアの奥から母さんがトイレへ駆け込む音が聞こえた。微かに聞こえる嗚咽を聞いて、ため息をついた。
「進級だの就職だの進学だの俺には関係ない。 だって異世界に行くんだからな……、っと」
そう呟きながら小さく切った紙に、赤字で六芒星を書き、その中央には『飽きた』と書いた。 有名なおまじないだ。 効果は半信半疑だが、これを書くのはもう三度目だ。 その紙を枕の下に入れてまた布団に潜り込んだ。
「……イテテ」
急にズキズキと頭が痛んだ。
暫くの間頭痛が続き、少し治まってから、今度は目眩がした。
「ゔぅ……。まさか、ついに……異世界の扉が開かれるのか……!?」
――目が覚めたら念願の異世界!
ハッと翔は思い出した。 自分が高熱を出して学校を休んでいたことを。 つまり、この激しい頭痛、耳鳴り、目眩の三症状は風邪からであると確信した。 そう気付くとなんだか急に身体の力が抜けていった。
「まあ…そうだよな……。 異世界には……いけないよな……」
そんなことは、分かっていた。 ちゃんと理解はしているのだ。 それでもその現実を受け入れられない現状があった。 ずっと、この世界から逃げ出したいと思っている。
「……居なくなってしまいたい」
固く瞑った瞼の裏には、具合の悪そうな母の顔と、いつからか口を聞かなくなった父の顔が映し出された。
二人の姿がすぅーっと遠ざかって行き、翔の意識も静かにその闇に飲み込まれて行った。




