第16話 米内光政
「俺は70年後の未来から来ました。」
俺は椅子から立ち上がり、堂々と主張した。
連合艦隊司令部の面々が爆笑する。
「ハハハ!冗談も休み休み言いたまえ!
科学空想小説の読みすぎだ!」
そんなデリカシーのない参謀長を
制止した男がいた。
かの連合艦隊司令長官だった。
「ほう、確かに現実的には考えられないが、
そうだと仮定すると辻褄があう。
男子禁制のバギーニャ海軍に男である
君がいることもね。」
山本長官はそう言ってじっと俺の目を見つめた。
細身の体からは想像もできないような眼力に
俺は思わずたじろぐ。
「では、その証拠を見せてもらえるかな?」
「わかりました。」
まだ俺の発言をまったく信用していない
福留参謀長を青ざめさせるべく、
俺は諸刃の剣を繰り出した。
「貴殿方帝国海軍が呉で密かに建造中の
一号艦、A-140についてここでしゃべっても
いいわけですね?」
次の瞬間、
長官たちの後ろに控えていた参謀たちの
表情が明らかにひきつった。
「な、な、き、貴様、なぜそれを知っている!?
それは我が帝国海軍でも一部の人間しかしらない
極秘事項のはず…貴様、本当に未来から来たのか!?」
「さっきからそう言っているじゃないですか…(呆れ)」
嘲笑したり、小馬鹿にしたり、驚愕したり、
ころころ表情を変える参謀長とは裏腹に
山本長官は終始面白そうな顔で俺をにらんでいた。
「なるほど。よくわかった。
嘘ではなさそうだな。ならばその続きは
米内さんにするといい。
知っているだろう?」
米内光政といえば、山本五十六の先輩とも
言うべき人だ。
山本が海軍次官だったころ、海軍大臣を務めており、
日独伊三国同盟に強く反対。
山本が陸軍の過激派に暗殺されないよう、
海上勤務の連合艦隊司令長官にしたのも米内だ。
ただ、支那事変で戦域を拡大させたり、
近衛文麿に中国との講和をぶち壊す声明を出させたりと
批判されることも少なくない。
「はい。もちろん。」
「ならば話は早い。私の方から話をつけておくから
彼に会ってみなさい。
君の今後に良い影響を与えてくれるはずだ。」
A-140、いわば戦艦大和のことまで
口にした以上、俺に断ることは許されなかった。
こうしてトントン拍子で話が進み、
俺は1週間後、風花と共に総理大臣米内光政と
面会するはめになったのである。
4日間の滞在予定が1週間に引き伸ばされたこと、
それにより、本国に連絡しなければならない
事項が増えたこと、
などの理由から、16歳の主任参謀は
ずいぶん不機嫌で、俺はその間、肩身の狭い思いを
した。
そして、面会当日。
山本長官から届いた連絡では、面会は
午後4時から。
それまでかなり時間がある。
「新浪中佐、よかったら東京観光しない?」
またしても司令長官からのありがたいお誘い。
もちろん俺は賛成した。
風花は亜希子にも声をかけていたが、
「新浪中佐がいるなら遠慮します」と
断られたそうだ。
内火艇に乗り、スヴェントヴィトから
横須賀へ上陸。
そのまま帝国海軍が用意してくれた車に
乗車して、面会場所の永田町に近い
渋谷へと向かった。
渋谷で車を降りた俺の目に
写ったのは、想像していたものを遥かに上回る
戦前東京の姿。
人々が行き交い、百貨店や
映画館がそびえ立つ。
この渋谷には陸軍の刑務所があり、
その歴史と共に栄えてきた。
イメージとまったく違う戦前の東京の
姿に俺は度肝を抜かれてしまった。
この東京が5年後にはなにも残らない
焼け野原になるなんて誰が想像しただろうか。
午前は渋谷を見て回り、
面会時間の1時間前、午後3時に
総理官邸に到着した。