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暁の海の女神  作者: 呉提督
12/21

第12話 クリスマスイブの夜

1939年 12月24日



この日はクリスマスイブだった。

ロシア人やポーランド人など、キリスト教を

信仰する国民が多いバギーニャにとって、

クリスマスは国家をあげての一大イベントなのだ。

艦隊も最低限の警戒要員を除くほとんどの

乗員に上陸許可を与えている。



司令部の仕事は前日までに

"優秀な"主任参謀がすべて終わらせていたため、

今日は仕事はない。



「新浪中佐。」


「長官、どうなさいました?」


「これから上陸する。中佐には護衛をお願いしたい。」


「わかりました。」



長官直々の指名を断る理由がない。

俺たちはスヴェントヴィトの艦橋を降りて、

内火艇に乗り込んだ。

最初にバギーニャに来たときと比べて

心に余裕がある。俺もこの時代に

だいぶ慣れてきたようだ。


ペトロハバロフスクの波は今日も高く、

内火艇はローリングとピッチングが酷かった。

俺は、生まれてから親に感謝したことなど

一度もなかったが、船酔いしにくい体に

産んでくれたことだけは有難いと思った。



「長官、どちらにご用事ですか?」


「プライベートの時は風花でいいよ。

今日は新浪君にバギーニャのクリスマスを

楽しんでもらいたいと思ってね。」


そう言って彼女は笑った。

セミロングの黒髪が海風に煽られて

彼女の魅力を引き出していた。

俺たちは、用意された車に乗り込み、

ペトロハバロフスクの市街地へと向かった。





・・・・・・・・・・・・



ペトロハバロフスクの市街地は

想像していたよりも遥かににぎやかだった。

至るところに星の飾り付けがされ、

ランプによる灯火がいかにも

欧米のクリスマスという雰囲気を

醸し出している。


現代日本では見られない、幻想的な

光景がそこにはあった。


車を降りて、商店街を歩く。

肉を焼く香ばしい臭いが辺りを

包んでいる。


「活気があるんだな。」


「バギーニャ最大のお祭りだからね。」


すれ違う人皆が幸せそうな顔をしていた。

子供たちのはしゃぎ声もあちこちから

聞こえてくる。

ロシア人、日本人はもちろん、ポルトガル、ポーランド、

スロバキア、北欧諸国の人など、

たくさんの人種が楽しそうに酒を

飲み交わしている。



「プリヴィエート(やあ)、ヤポンスキー。」


突然、声をかけられた。

ソーセージ屋の太ったおじさんだった。

ロシア語で何かしゃべっているが、

俺はわからない。風花が通訳する。


「『ソーセージどうだ?』って。」


「食べてみようかな。1本ください。」



結局おじさんは、ソーセージを1本

サービスしてくれた。


「どう?バギーニャのクリスマスは?」


「素晴らしいよ。食べ物もおいしいし。」


いつの間にか商店街を歩き終わり、

町外れの公園に来ていた。

人はほとんどいない。

数組のカップルがいるだけだ。


風花はふたり用のベンチに腰かけた。

俺も隣にすわる。



「新浪くん、今日は大事な話があるんだ。」


「大事な…話?」


「未来に帰りたくない?」



それは、俺の予想の斜め上をいく

ものだった。


"未来に帰る"


そんなこと、考えたこともなかった。

夢かと思ったことはあってもだ。

俺の心は、スヴェントヴィトの主砲射撃

を見た時から決まっている。



「新浪くんだって、未来に残してきた

家族とか、恋人とか、待っている人がいるでしょう?」



俺は少し間を空けた。

そして、小さな声で呟いた。


「いないよ。俺には恋人も、家族もいない。」


彼女は驚いたような、申し訳ないような

表情を見せた。

それからは何も言わなかった。



雲ひとつない夜空を満天の星が埋めつくし、

白い結晶が津々と降り積もる

ホワイトクリスマス。

重たい沈黙は、しばらく続いたのだった。

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