第10話 スヴェントヴィトの秘密
1939年12月
カムチャッカ半島は冬になると気温が
-10℃まで下がる。
幸いなことに、このカムチャッカ半島は
活火山がいくつも連なる太平洋造山帯の
一部なので、ロシアの同じ緯度の都市と
比べてそこまで寒くない。
ただし、低気圧が発生しやすいため、
冬は特に荒れるし、
周囲の海域は濃い霧に覆われることも多い。
この日はたまたま晴れていて、波も穏やかだった。
俺はコートを羽織り、甲板に出た。
すると、ちょうどスヴェントヴィトの第二主砲の
左側あたりに小さな人影があるのを
見つけた。
手入れされたセミロングの黒髪を
左で束ねていて、背は167cmの俺よりも低い。
いつも俺を目の敵にしてくる
主任参謀、足立亜紀子。
彼女に間違いなかった。
彼女が俺を毛嫌いする理由は1ヶ月経った
今でもわからない。
風花やユリアとはなんの問題もなく、
むしろ優秀な部下として接している
わけだし、他の司令部要員からも彼女の
性格が悪いとか、現代でいうパワハラとか、
そういった類いの噂は耳にしない。
となれば彼女が個人的に俺を
嫌がっているとしか思えない。
でも険悪な仲でいるよりはうまく
付き合ったほうがいいに決まっている。
なにか声をかけようと彼女に近づくと、
「まだ此にいたんですか。
もう逃げ出したかと思いましたよ。」
彼女はこちらを見向きもせず、
冷たくいい放った。
「目障りなんです。
長官のご意向かなにか知りませんけど、
早く退艦してください。
未来に帰る方法は此じゃなくても見つかるでしょう?」
俺は少し考えた。
俺にはいくつかカードがある。
そのうちの1枚を切るかどうか。
まだ時期尚早だろうか?
いや、ここで切らなければ未来はない。
俺は彼女の耳元で小さな声でこう呟いた。
「スヴェントヴィトの主砲は46cm」
次の瞬間、彼女が俺のほうに首を向けた。
明らかに動揺しているのがわかる。
「なんで、どうしてそれを・・・」
モンスターを育成して戦わせるゲームではないが、
効果は抜群だった。
俺はすかさず追撃した。
「簡単だよ。他の戦艦の高角砲には
シールドがないのに、この戦艦の高角砲や
機銃にはシールドがついている。
主砲の爆風避けだろう?
それにこの艦の前に建造された
スヴァローグ級が41cm10門だったのに
この船は8門しかない。わざわざ船体を
大きくして主砲火力の低い戦艦を造る
メリットがないからね。」
俺が説明し終わると彼女は力なく頷いた。
「そのとおりです。この艦の主砲は
45口径46cm。世界唯一の46cm砲搭載戦艦です。
ちなみに排水量も偽装しています。
本当は
基準排水量51500トン、
満載排水量55600トンです。」
普段は気の強い彼女が混乱したのか
驚いたのか急にしおらしくなった。
俺の心の中に
「少しいたずらしてやろう」
という黒い考えが浮かんだ。
「俺がこの艦を降りると情報が漏れるかも
しれないな〜
公式資料すら偽装するほどの機密が
もし漏れたりしたらどうなるかな〜
日本との外交問題になるかもしれないな〜」
大根役者よりもさらに酷い棒読み。
でもこれも効いた。
「しかたないですね。
ここまできたら一連托生です。
ですが、私は貴方のことを認めたわけで
ないので、勘違いなさらないでください!」
彼女はそう言い残し、
艦内に戻ってしまった。
だが、彼女の俺に対する考え方が
変わったことを俺は確信した。