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半端者  作者: ロア
第三章 迷いの果て
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或る魔女の曰く

 大変長らくお待たせしました。第三章の開幕です。

《それで、結局どうするつもりだ?》


「どっちもいやだよ。剣は返したくないけど、幽々子様とこのままお別れなんて……」


《それでも決めないといけないから、困っているんだろう。このままじゃいつまでたっても迷いっぱなしだぞ》


「じゃああなたは選べるの? どっちか片方を諦めても、いいっていうの?」


《それは……いや、できない。私は幽々子様をお守りすると誓った。しかし、白楼剣の担い手として剣の道を極めると決めたのも事実。どちらも反故にするわけには……》


「ほら、一緒じゃない」


 あれから一夜明けて翌日、妖夢は半霊と今後の身の振り方について話しあっていた。といっても、もともと優柔不断な一人の人間が二つに分かれて話し合っているだけである。議論は平行線を辿るばかりで一向に進んでいない。


《う……悪かった。うん。分かってる、簡単に決められる問題じゃないことくらい》


 短い沈黙。


「でも、もし今この瞬間に決めろって言われたら、私は多分、戻る方を選ぶと思う」


《……! いいのか? 戻って「私は剣士をやめました」なんて言ったら、一生白玉楼で腑抜けをやることになるんだぞ? 一体何のために顕界まで来てこんな思いをしているんだ?》


「分かってるよ、絶対に後悔するって。本当は決めたくなんかない。だけど自分の心がどっちに傾いているかを考えたら、このまま行くとそうなるんだと思う。あなたも分かるでしょ? やっぱり私はあそこじゃなきゃダメ、幽々子様がいなきゃダメなんだって」


《分かる。だが私は……私はどちらかというと剣の道を取る、かもしれない》


「幽々子様のことは、いいの?」


《いい訳がないだろう。いい訳がない。そんなこと、いくら悩んだって選んではいけないはずだ。ただ私もほんの少し気がこちらに傾いているだけ。所詮はただの私情だ。またあの頃のようにお師匠様と修行に明け暮れるのも悪くはないと思う。お前も覚えているだろう? 修行は辛いが、やりがいもあったはずだ。お師匠様は厳しいが、それでもいなくなった時には寂しかったはずだ。それに目的も無くのうのうと白玉楼で過ごしていては、それこそ人としてどうかしてしまうような気がするんだ》


「分かるよ。分かるけどさ……でも……いや、ごめん。何でもない」


 何を言っても堂々巡りになるのが目に見えていた。分化して間もない己が半身の訴えは、痛いほどによく分かった。そして半身ゆえに、自分の知らない答えを相手が握っているはずのないことも。

 次に訪れた沈黙は、それから医者が来客を告げるまで続いた。








 魔理沙は妖夢と目が合うと、「よっ」と小さく手を上げた。古い友人のように気さくなその態度は、良心の呵責を危惧していた妖夢の心を自然と和ませた。

 何ということは無かった。いくら負い目があっても、やはりこうして会いにきてくれることは嬉しいものだった。


「魔理沙……。あっ、あの時はごめんね。私、足引っ張っちゃって」


「んー? ああ、いいよ。作戦立てたの私だし」


「でも、危うく死ぬところだったから」


「実際に怪我した奴が何言ってんだ。私はまったくの無傷だぜ。こっちこそ、きつい役割任せて悪かったな」


 苦境の中、妖夢には魔理沙の優しさが身に沁みていた。最初に会った時には想像だにしなかったことだが、今はこの悪戯な笑顔が一番の安らぎだった。


「……ありがと」


「いいっていいって。礼なら私よりもあの爺さんに言ってやれよ。お前をここまで運んできたのもほとんどあの人だし」


「あ……」


 思いだしてしまった。どうあがいても、今の自分に突きつけられている現実からは逃れられない。


「ってか、もう帰ったあとか? 何か用があるとか言ってたけど、知り合いなのか?」


 詮索が始まった。こうなってしまった以上、魔理沙が止まらないのは経験上明らかだ。

 といっても、今更隠し立てしようという気も起こらない。すでに一度腹を割って全てを打ち明けた相手である。どうにもならない問題を一人で抱えて悶々とするよりは、この良い聞き手に話して気分だけでも落ち着かせる方がいい。それがこの短い放浪の中で妖夢が得た教訓だった。

 妖夢は全てを語った。魔理沙はそれを相も変わらず緊張感の無い顔で聞いたあと、「なるほどな」と言って妖夢の近くに座りなおした。


「ま、お前の事情はよーく分かった。何というか……お前、多分一生苦労する性格だな」


「……最近そんな気がしてきた」


「昨日も言ったけど、私から言ってやれることなんて何もない。研究以外は基本フィーリングで行動してるからな。ただそうだな……うん、こうしよう。この前からお前の話ばっかり聞いてるから、今度はちょっと私の話でも聞かせてやるか」


 魔理沙は誰が置いたかも分からない見舞いの果物を一つ手に取り、ナイフで切り分けはじめた。


「魔理沙の話?」


「ああそうだ。ただし……」


 魔理沙は妖夢の口元に指を添えた。


挿絵(By みてみん)


「誰にも、特に赤い服着たアホ面にだけは絶対に言うなよ? 言ったら顔面マスタースパークだからな?」


 「いや、誰それ?」という妖夢の質問を無視して、魔理沙は続ける。


「あれは……あれ、何年前だ? 二、三……四年? 嘘だろ? さすがにそんな前ってことは……まあいいや、とにかくそのくらい前のことだ」








 こんな始め方をするのもなんだが、私の家は裕福だった。親父が道具屋をやっていて、霧雨店っていったらまあ人里じゃちょっとは名の知れた店だ。当然暮らしぶりは良かったし、色んなものを扱う仕事上、親父は顔も広かった。

 一人娘だった私の周りにはたくさんの大人がいて、みんな優しくて……。ま、傍から見れば羨ましくなるくらいには幸せな子供だったんだと思うぜ。私も物心ついてからしばらくはそれで満足だったし、親父の言うとおり洋裁とか覚えて真面目な商家の娘やってたよ。

 で、それがどうしてこうなったかっていうとそのころ読んでた本が原因だ。


 別に「この一冊」みたいなのは無かったな。ただ近くの貸本屋で読む本がある一時期から外来のファンタジーに偏りはじめて、それがいつの間にかもっと本格的なオカルトに向かいはじめて……気がつけば占いや魔道具作りの真似事をするようになってた。初歩中の初歩みたいな魔法だったけど、初めて成功したときには「これだ!」って思ったね。

 要するに、魔法使いになろうと決めたわけだ。


 もちろんそんなことは親父もお袋も許すはずがない。周りの大人たちだって一緒だ。私は真面目な子供を演じながら、誰にも内緒で知識を集めた。

 といっても、隠れてやれることにも限界がある。私の夢はいつか自分が自由になったときにやっと始まるんだと信じながら、けどいつどうやって抜け出せばいいのかも分からないまま毎日を過ごしていた。あの頃は本当に誰もかもが敵に見えて、窮屈でたまらなかったな。


 で、そう。その三年か四年くらい前に何があったかというとだな……あ、ってか思いだした。三年前だ。うん、間違いない。三年前三年前。

 三年前、親父が私の結婚相手を探しはじめたんだ。ま、男児に恵まれなかった霧雨家だ。婿養子を取って跡を継がせるのが当然なんだろうよ。申し訳程度に私の好みなんかを聞きながら、得意先の家の男の名前を挙げていって、見合いの日程なんか組みはじめて……。

 そうやってどんどん話が進んでいく中で、私はいよいよヤバいと思ったね。自分の周りで鳥籠が組み上げられてるみたいな感じ。あっ、これいま逃げないと一生出られない奴だ、って。


 で、私は夜逃げを決行した。読みかけの魔導書だけ持って、夜明けとともにあの森に向かって里を出た。正直、後先なんて考えてなかったな。妖怪に襲われるだとか、その後どうやって生きていくかとか、気にしてる暇なんて無かったし。

 それから森の中をあてもなく彷徨って、気が遠くなってきたところで一軒の家を見つけた。中には誰もいなかったけど、代わりに本やら実験道具やら魔術工房として十分な設備が揃っていた。

 あの森は魔法の森なんて呼ばれてるからな。多分あの家ももとは誰か他の魔法使いが使っていたんだろうよ。次の日になっても家主が戻ってこなかったから、私は家を借りることにした。


 最初のうちは近くに住んでた知り合いに頼りっきりだったな。親父の古い弟子に変な奴がいてさ。あんな森の中に店を構えてやがるの。

 それから森のキノコを採ったり、自家栽培はじめたりと自給自足のスキルをつけていって……今ではまあ、なんとか一人でやっていけるだけの基盤はできたよ。


 後から知り合いに聞いた話じゃ、私は勘当されたことになってるらしい。親父はきっと怒っているんだろうが、知ったこっちゃない。それから一度も実家には顔を出していないからな。

 ま、とにかくそれで晴れて私は誰にも咎められることなく森で気ままに魔法使いやってるってわけだ。

 今の環境を作るまでに苦労が無かったわけじゃない。運が良かったってのもあると思う。でもまあ、思ってたよりはやってみる方が楽だったぜ。








「あ、ちなみに無職ってわけじゃないぜ。これでも一国一城の主、霧雨魔法店の店主だ。頼まれれば私のできる範囲で何でも引き受ける……ま、便利屋だな。早い話」


 魔理沙はそういうと、立ち上がろうと片膝をついた。


「結局何が言いたかったかっていうとだな」


 親指を立て、満面の笑みを浮かべる。


「霧雨魔法店は金さえ払えば宿屋にもなるぜ。全部放り出して逃げたくなったらウチに来いよ、っていう手の込んだ宣伝だ!」


 魔理沙はそう言いきると、「んじゃ、また来るぜー」と手を振って帰っていった。

 部屋は急に静かになった。魔理沙の残していった皿の上には、妖夢のために切り分けられた果物が乗っていた。


《変わった奴もいるものだな》


「うん。魔理沙って……」


 妖夢はそれを手に取りながら、独り呟く。


「……バナナをわざわざ星型に切るんだ」


挿絵 借用データ(敬称略)


MikuMikuDance:樋口優

MikuMikuEffect:舞力介入P

PmxEditor:極北P

Aviutl:KENくん


霧雨魔理沙:にがもん/しえら


飯屋修正:那由多


かっつりトゥーンシェーダー:ビームマンP/less

Diffusion:そぼろ

Croquis改:less

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