プロローグ 2 過去
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朝まで続いた戦いは最終的には僕が負けてしまった。尋常な勝負のはずだったが最後の最後にモトはバグ技を使った。言いたいことはあったが、バグ技が発動するまでの間に見抜けなかったのと、早く決着をつけなかった僕が悪いので、素直に負けを認めた。
これでガチャ石代は無くなってしまい正真正銘の無一文。だがしかし、採用されれば、バイトデビュー。ガチャなんていくらでも回せるお金が手に入る。欲しいアイテムもたくさん買える。今、僕の顔を鏡で見れば自分でもドン引きするくらい気持ち悪い顔でニヤ付いているのだろう。運営に貢いで重課金無双してやると、決意を新たにして家路についた。
僕の家は一軒家だ。母と父と暮らしている。今の時間は朝の4時過ぎ。当然まだ寝ているだろう。まあいつ帰っても無視されるんだが。
僕が中学2年の頃だ。僕には一つ下の妹がいた。学校の行き帰りもゲームの話をして歩くぐらい仲が良かった。ちょうど今くらいの暑さの夏だった。夏休みに母から家でゲームばかりやっていてはダメとの事で、夏休みによくある自然に触れ合う講習のようなものに行くことになった。一泊二日の泊りがけの講習だ。もちろん妹も一緒だ。ちょうど夏休みの課題に自由研究があったのでいい機会だった。
講習は山の中にある野外合宿用施設に現地集合だった。母の車で向かう途中何度も妹の事を手伝ってやれとか困ったらお兄ちゃんに聞くのよとか散々言われた。だが、それは当然のことだ。妹は生まれつき体が弱い。運動もあまり出来ない体だった。僕は母に言われたことについて鬱陶しいとは思わなかった。妹とは仲がいいので元よりそのつもりだった。
講習の一日目は川での魚や水生昆虫の観察、夜には蛍の観察と花火。二日目には野鳥観察と山菜取りという内容だった。妹は特に蛍を見たがっていた。
施設に着いて最初に講習の目的や注意事項の説明があった。説明は30分程で終わりすぐに川に観察に出ることになった。
川は施設から10分とかなり近い距離にあった。それでも妹は少し疲れた様子だった。大丈夫かと聞くと。
「大丈夫、だってこれからたくさん遊ぶんだもん」
と、ぎこちない笑顔でそう答えた。この表情は今でも目を瞑ればすぐに浮かんでくる。
川は前日の雨でやや増水し、流れが強くなっていた。それでもこの講習を企画した大人は「せっかくここまで来たんだ、観察をしようじゃないか」と言った。その一言で半ば強引に始まった。
当然ながら川は濁っていた。とても水中の生き物を見れるような透明度は無かった。それでも妹は魚が見たいと粘っていた。
夕日が山を照らす時間になった。講習員達が片付けを始める中いまだに妹は必死に水中を覗いていた。妹もかなり疲れている様子だ。足元がふらついている。
「僕たちも帰る準備をしよう。体拭かないと風邪をひくよ」
そう声をかけた。妹は立ち上がり残念そうに
「魚一匹も見れなかった」
と言った。その時だった。妹の体力が限界に近かったのか、僕の方に倒れこんでくる。慌てて受け止める。
かなり近い距離で妹と目が合う。たとえ兄妹でも恥ずかしい。妹もごめんねと言い一歩下がる。だが、水中の石で足を滑らせた。妹は川の深い方に倒れてしまった。それからはあっという間だった。力の弱い妹は抵抗すら出来ずに流されていった。僕はそれを見ていることしか出来ない。講習員達は片付けをしていてこちらを見ていなかった。見ていた周りの子供たちが流されたと叫ぶまでは僕は立っていることしか出来なかった。
叫び声で我に返り妹の名前を必死に呼んだ。
「夏美!夏美返事しろ!」
返事なんて当然返ってくるわけ無い。既に妹の姿は影も形も無い。目に映るのは夕日に照らされオレンジ色に染まった川だけだ。それでも僕は必死で呼んだ。そして僕は川へと飛び込もうとした。しかし、講習員達に止められた。
すぐに地元警察により捜索隊が編成された。当然のように講習は中止になった。保護者たちを電話で呼び他の子供達は帰された。僕の両親もすぐに駆けつけた。僕には何も聞かず、警察から妹は大丈夫かと何度も聞いていた。
二日後だった。下流で妹の死体が発見された。翌日、参加者の子供たち、講習員、そして僕は警察に事情聴取されていた。講習員達は皆、片付けで流されたところを目撃していないとの事で、監督不行届となったが、特には罪に問われなかった。他の子供達は何人かは目撃していたようで口をそろえて突き飛ばしたと言ったそうだ。あの状況ではそう見られてもおかしくは無い。妹を押し離して、倒れて流されてしまった。僕は必死に警察に突き飛ばしていないと言い張った。
結局、この出来事は不慮の事故として終わった。しかし、母は僕を責めた。あれだけ妹を助けてやれ、大切にしろといっていたのに、お前は妹を見殺しにしたと、通夜が終わったときに僕に言い放った。それから、母は僕の事を無視するようになった。父も僕に対する態度は冷たいものになった。学校で僕は”妹殺し”と呼ばれるようになった。母は妹の方が大切だった。運動は出来ないが勉強はよく出来たし、絵を描くのが上手かった。コンクールで受賞したりもした。それに比べ僕には何の取り柄も無かった。
僕は部屋に引き籠った。ゲームをしている時やアニメを見ている時だけが家族のことを忘れられた。
引き籠りをやめたのが中三の終わり頃だ。学校では進学先を決めている時期だ。一方、僕はVRゲームにはまっていた。Fairy Worldという基本無料のVRMMORPGをやっていた8時間以上続けてダイブすることもあった。その甲斐あってかランキングに名を連ねるプレイヤーの一人になっていた。ある日、名前も知らないプレイヤーと一対一で勝負することとなった。僕が負けた場合、やるべき事をやれと言われた。何を言っているんだ、この人は。だが、勝負を挑まれたら受ける。僕は上位ランカーになって舞い上がっていた。
勝負は呆気なく僕の負けで終わった。しかし、なぜか気分は良かった。あのままこのゲームを続けていても現実では何も変わりは無い。僕はやるべき事をやろうと思った。
吐き気、腹痛、頭痛が僕を襲いながらも学校に何とか行く事が出来た。先生は頑張ったな、と褒めてくれたがクラスメートは何も言わなかった。それどころかひそひそと陰で色々話していた。僕はストレスのあまりたおれてしまった。
風が揺らすカーテンの音で目が覚めた。周りを見渡すとどうやら保健室のようだ。時計を見ると、午後6時前を指していた。
隣に見知らぬ女子生徒が椅子に座って寝ていた。胸に学級委員長のバッジが付いていた。僕のクラスの人だと思うが、やはり名前は分からない。当然だ。三年になってからは僕にとって今日がはじめての登校日だ。
僕が落ち着かない気配を出していたのか。彼女は起きてしまった。
「おはよう」
と言った。僕もどもりながら、
「お、おはよう」
といった。
「もう、夕方だしこんばんはの方がよかったかな?」
「こ、こんばんは」
僕も言い返した。すると彼女は笑った。
「君、面白いね」
しばらく彼女は小さく笑っていたが、やがて静寂に包まれた。
僕は何を話したらいいか分からなかった。女の子と二人きりというのは妹以来だ。
僕が迷っていたのを察したのか、彼女の方から話しかけてきた。
「学校、来てくれたね」
と、まるで僕が来るのを知っていた様だった。
「う、うん」
気の利いた返事はできない。彼女はそのまま話し続けた。
「私、学級委員長の橘真綾」
「ぼ、僕は三隅優、初めまして」
「知ってる、だって学級委員長だもの、あと初めてじゃないわ」
えっへん、と言いそうな腰に手を当てたポーズでそう言った。いや違う、そうじゃない。初めてじゃない?どこかで会った事あるのか?
う~んと僕が唸っていると、
「昨日、会ってるわ。ゲームの中で」
そう言った。昨日ログインしたゲームはただ一つ、Fairy Worldだけだ。つまり
「そう、あなたに勝ったのは私。大変だったわ、レア装備売って対人特化装備集めるの」
そこから彼女はあれも売ったわ、イベントのあれも売ったわ、と装備名をポンポンと挙げ連ねて言った。まるで、僕に勝つためにここまでしたのよ、と言いたげに。
彼女が言ったものはどれもレアドロップ装備でゲーム内オークションに出せば、10万以上の値段が付くものだった。
「なぜ、そこまで?」
素朴な疑問をぶつけた。
「なぜって、不登校がクラスに居たら私の評判が落ちるじゃないの」
何の迷いも無く即答した。つまり僕は彼女の評判のためにプレイヤー狩り装備で狩られ、まんまと罠にかかり、学校に引きずり出されたということだ。我ながら間抜けである。なぜか笑えてきた。彼女も笑い始めた。
「笑えるじゃん」
そう言って僕に眩しい笑顔を向けてきた。
しばらく二人で笑いあった。
気が付くと、窓の外の校庭は闇に包まれていた。
「私、そろそろ帰らないと」
彼女はそう言って、立ち上がった。後ろの机に置いてあった僕の鞄を持ってきてくれた。
「何が入ってるか知らないけど、重くて持ってくるの大変だったんだから」
「ごめん、漫画、たくさん入ってる」
「次に持ってきたら没収!私、学級委員長ですから!」
さっきのポーズをまたやってた。僕は笑った。
「何よ?」
「何でもない」
彼女もまた笑った。
僕らは保健室を出た。長居してしまったせいで、保健室の先生は既に帰ってしまっていた。彼女は戸締りを任されていた。
鍵を閉め終わってこちらを振り向く。
「待っていてくれるんだね」
僕もよく分からないがなぜか彼女を待っていた。
「そういう気遣いが出来る男の子はモテるよ」
気遣いとか全くそんなことを気にしていなかったので、恥ずかしくなった。
「それじゃあ私、鍵返してくるね。あ、あと合言葉」
?そんなもの決めてたか?
「もー。やるべき事は?」
そう問いかけてきた。なんだ。あれのことか。
「やる」
力強くそう答えた。よろしい、といって彼女は職員室の方へと向かっていった。
僕も下駄箱の方へと向かった。が、すぐに彼女が「ユウ!」と呼んだ。僕は振り返る。
「あのとき、私も講習にいたの。たまたまその近くにキャンプに来ててそこに居合わせた。でも、講習の人たちは電話番号も何も知らないから、警察は聴取に来れなかった。」
だけど、と強めに、そして一歩踏み出して、
「私はあなたが妹さんを突き飛ばしたとは思っていない!だって妹さんのこと大切に想っているって話してたから!」
じゃあまた明日、そう言い残して彼女は走り去っていった。
僕はその場に立ち尽くした。あの時、あの場所に彼女もいた。それどころか妹の事も話している。
思い出した。妹があの川での観察で唯一仲良く話していた女の子が居た。そして僕にも話しかけて質問してきた。
「妹と仲良いんだね」
と、僕はその問いかけに対し
「うん、妹のことは大切に想っている」
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