8話:エルフ
盗賊を捕まえて任務完了--とはならなかった。
尋問したところ、どうも本拠地にはまだまだ盗賊のお仲間がいることを知り、ウィナとアルバは、捕縛した盗賊を途中であった騎士団に任せ、本拠地へと直行した。
「で、それがここということなんだが」
アルバは木の影から本拠地と呼ばれる場所をみる。
帝国とシルヴァニア王国=新都シルヴァニアをつなげている街道の一つ、シラカタ街道沿いから少し離れた森。
その奥に木製の小屋がある。
周囲に武装した盗賊のお仲間とやらが警戒しているようである。
「死角になるようなところはないな。正面突破といきたいところなんだが」
「人質。人身売買に使う人間がいる--か」
「それがやっかいだな」
アルバはため息をつく。
尋問の結果、人身売買を行っていた集団であり、今日もまた売買するための人をさらってきたところであると情報を得ていたのだ。
「最近、あちこちで行方不明のものがでていたんだが、まさかここでつながるとは、な」
「元締めも気になるが、まずは目先の人の救出か」
「その通り」
さて、どうするか。
アルバは灰色の脳細胞をフルに回転させる。
「……おれが囮になった方がいいだろう。向こうも油断するだろうし」
苦い表情を浮かべ、ウィナが案を伝える。
「--確かに、な」
あまり時間をかけるのも得策ではない。
二人はそう決断し、早速動こうとした時だった。
盗賊に動きがあったのは。
「!」
ウィナ達がやってきた方向とは別の方向。
つまりは帝国側から誰かがやってきた。
「……仲間か?」
「みたいだな」
武装した男2人と、おそらくつれてこられたのだろう少女の姿があった。
「ほう、エロフか」
「エルフじゃないのか?」
「……そうだ、エルフだ」
アルバがいい間違えた理由をウィナは追求しなかった。
連れられてきた少女は、耳が長く、金糸のように輝く金色の髪をしていた。
服装は緑を基調したものであり、その瞳もまたエメラルドのような輝きを持っていた。
首もとに少女らしからぬ首輪をしている。
「あの首輪、魔封じならぬ、聖輝術封じのものか?」
「だな。当たり前だが持っているだけでも不法所持で現行犯逮捕ができる代物だ」
「解除方法は?」
「専用の鍵であけるか、もしくはきれいに斬るか、だな」
「斬る……か」
ウィナの脳裏に思い浮かぶのは、最近手にした赤錆びの魔刀。
鞘から抜き放つことすらできず、殴打用の武器として大活躍しているそれは、斬るどころか鈍器としてしか役にたってない。
だが、精神世界の中で、ミーディ・エイムワードはいっていた。
その力はすべてを斬り裂くと。
物理的にも、精神的にも、魂すらも斬り裂く能力を秘めている。
ただその力をふるうにふさわしくないと判断されたなら、己が身を滅ぼすと。
(--上等だ)
にやりと笑う。
この身は、すでに記憶喪失。
記憶がないということは、何の関係性がないということ。
たとえその力が己にふりかかっても、自分がくたばるだけなら、ウィナにとっては安い代償だ。
--それで誰かを救えるのなら。
あんな後悔などもう沢山だ。
一瞬、ウィナの脳裏によぎる過去の幻影。
しかし、それは記憶に留まることはなく、泡沫のように溶け消える。
「囮がてらにあのエルフの首輪を断ち切る。団長殿は、その隙にあの小屋の中の人質をどうにかしてくれ」
「ま、それしかないか。」
アルバはすらっと腰にさしていたナタを抜き放つ。
「――行くか」
ウィナは、足元にあった石を取り、小屋の周りを警戒していた男に投げた。
「っ誰だっ!?」
石を投げつけられた男は、身を大きくかわして石をかわす。
同時にウィナは茂みから勢い良く飛び出し、真っ先にエルフを連行していた男たちを鞘から刀を抜き放つことなく、そのまま叩きつけた。
「ぐっ」
「かはっ」
うめき声をあげ、そのまま地面に昏倒する二人。
その音や騒ぎに小屋から、数人の男たちが武装したまま、出てきた。
「なんだ!?どうしたっ!!」
ウィナは後ろに視線を一瞬だけずらす。
「!おい、仲間が来るぞっ!!集中しろっ」
なかなかいい判断だ。
盗賊の頭領はさっき捕まえたが、それ以外でもなかなか優秀な人間はいるようだ。
ウィナは、いきなりのことで目を丸くしているエルフに、
「大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫……です?」
「悪いが、時間がない。その首輪、断ち切らせてもらう」
「っ!?」
ウィナは、鞘から刀を抜き放つこともなく、そのまま首輪にめがけて斬りつける。
本来であれば、鞘に斬る特性などない。
だが、ウィナはこの赤錆の魔刀は鞘のままであってもたぶん斬ることができると確信があった。
そして、それは現実となる。
鞘は、首輪をものの見事に断ち切ったのだ。
「えっ……?」
あまりのことにエルフの少女は驚き、
「っこいつ、加護持ちだっ!!」
盗賊の一人がそう叫ぶ。
その言葉にウィナは眉をひそめるが、すぐに思索をうちきる。
現在やらなければいけないのはこの盗賊のしとめることだ。
視線は盗賊達からはずさず、エルフの少女に声をかけた。
「聖輝術は使えるか?」
「……はい。大丈夫です。これなら使えます。」
先ほどまで呆けていたが、真剣な面もちでそう答えた。
「なら援護を頼む。
あいつらに思い入れがあるか?」
「ありません。わたしにとって敵です」
と、断言した。
ならば、と。
ウィナは、
「おれの名前はウィナだ。君は?」
「わたしは、グローリア。グローリア・ハウンティーゼです」
「なら、グローリア。おれの背中をあずける。任せた」
「っ--任されました」
微笑し、グローリアはその形のいい唇から言葉を紡ぎ出す--。
「風よ、旅人を遮る戒めの鎖となせ。【封風鎖】」
ウィナは駆け出す。
そして、グローリアから放たれるドーナツ状の風は、大地を這うようにいくつも飛んでいき、盗賊達の足をとらえた。
「ちっ」
「遅いっ!!」
脇腹に一撃。
目の前の盗賊を地にひれ伏せさせると、そのままの勢いで、動けなくなった盗賊を片っ端から意識を奪っていった。
そうして数分もたたないうちに、ウィナの周りには死体のように身動きをしない盗賊達の山ができていた。
「援助、助かった」
「いえ、あまり援助いらなかったように思えます」
感心した表情で、グローリアは感想を述べた。
「まったくだ。これでまだ騎士になって1日そこらなんだから、現役として自信なくすわぜ」
アルバはやれやれと肩をすくめながら、小屋からでてきた。
アルバの後ろから4人ほど首輪をつけた見目麗しい少女達がでてくる。
「うまくいったようだな」
「ウィナ嬢がきちんと囮の働きをしてくれたからな。楽をさせてもらったよ」
「そいつはよかった。こいつらは縄で縛っておけばいいか?」
「あ、それならわたしが術で束縛しましょうか?」
グローリアが提案してきたので、
「団長殿構わないか?」
「縄代もただじゃないんでな、よろしく頼む」
「では--」
謳うような旋律。
盗賊達の足下に隆起した土が覆い被さり、そのまま鉱石のように固くなった。
「土系の聖輝術か、なかなかやるな」
アルバは感嘆の声をあげる。
「聖輝術は得意なんです」
「それだけの腕があれば、あんな奴らに捕まるなんてそれこそないだろうに」
「それは……」
「団長殿。話したくないことの一つや二つあるだろう?」
「そうだな、すまなかった。助力助かった。」
ぺこりと頭をさげるアルバに、グローリアはあわあわいいながら、
「いえ、大丈夫です」
「これで任務終了か?団長殿」
「そういうことになるな。さて、お嬢さん。申し訳ないが、ちょっとシルヴァニアまで来てもらえるかい?何があったのか、簡単でいいんで説明してもらえると俺の事務仕事が助かる」
「……わかりました。ご同行させていただきます」
と、答えるグローリアが少しばかり思いつめた表情だったのが、ウィナは気にかかった。