7話:盗賊団
「それで遅くなったというわけか」
アルバは半眼でこちらを見る。
騎士団蒼の大鷹の専用宿舎に、ウィナとリティはやってきていた。
「ついつい興がのったみたいだ。すまない」
「まあ、どのみち必要なことだったからかまわんぜ。しかし――」
今度はじろりとアルバはウィナを凝視する。
「化けたな」
「そこは素直に綺麗になったとでもいうんじゃないのか?」
肩をすくめるウィナ。
「そんな評価が聞きたいわけではないだろ?」
「違いない」
くっくっくと二人は笑った。
「なんか、隊長たのしそーですね」
「ひがむなよ、リティ。さて、とだ。いろいろ上から報告があるんだが、なにから聞きたい?」
「どういうものがあるんだ?そもそも」
「おまえさんにとってはどれも悪い報告になるんじゃないか。たぶんな」
「……なら時系列順に頼む」
「まず、リティから聞いたかもしれないが、略式だが一応、本日づけで騎士になったわけだが……」
「わけだが?」
「騎士になったからには、まず騎士団に所属しないと話しにならない。で、大抵はどこの騎士団に所属するか、騎士団養成所の卒業までに決めて入るわけなんだが――」
「おれはそもそも騎士団養成所出身じゃないぞ」
「わかってる。だから、どこの騎士団に入りたいとか決まってないだろ?」
「あ、それなら隊長ー。ウィナさん、ここの騎士団に入りたいっていってましたよー」
「マジか!?それは助かるが……いいのか?」
「いいも悪いも、こっちは完全に記憶喪失だ。
それならまだ顔見知りのところの方がいろいろとやりやすいと思ってな」
「よっし。じゃあこれは統括騎士団長殿に伝えておく。これでノルマが少し軽くなる」
ガッツポーズをとるアルバ。
「あとは?」
「騎士の表明式があるんだが、でたいか?」
「いや、まったく」
「ならこれはいいか。リティとやりあえるヤツにいまさら必要ないだろう。だとすると、あとはこれだな」
ほれっと手紙を手渡してくる。
「指令書だ。本人宛てだから、俺達はみることができないんで、みてみてくれ」
「わかった――」
封をあけ、出てきた上質な紙を開き、さっと目を通す。
「…………」
「なんでした?」
「盗賊退治だな」
「なるほど、騎士の初任務としては手頃だが……あまり意味ないだろうな。」
「?」
「簡単にいえば、人を斬れるかどうかの試験だ。騎士なんつーもんになると、上の命令によっては人間を殺すこともありうるんでな」
「というか、日常茶飯事ですけど、ね。わたし達のところだと」
「どこにいても悪いヤツというのはいるからな……。脱線したが、ま、度胸試しというやつだ。リティ。ウィナ嬢に必要か?」
問いかけるアルバに、リティはにっこりと笑い、
「必要ないと思いますよー。だってウィナさん、わたしをふつーに殺そうとしてましたし」
「殺す気はなかったが」
「殺気はホンモノでしたよ。ウィナさんの記憶喪失前が歴戦の傭兵といわれても信じられるくらい」
半眼でにらんでくるリティを無視し、
「この指令書には、2人で行くようにと書いてあるんだが……」
「ならわたしでしょうねー。隊長忙しいですし」
「おまえ、また仕事サボるのかっ!?いい加減、少しは自分の仕事も終わらせろよ!!」
「ええー、だってわたし事務仕事苦手ですし」
「ならなんで副団長やってるんだ、おまえ」
「お給金が高いからにきまってるんじゃないですかー」
アルバのこめかみがピクピクと震えた。
「よし、この給料どろぼーが、今回は居残りな。俺が行く!!」
「なっ!?横暴ですよっ隊長ー!!!」
「団長権限だっ」
「で、リティはおいてきたわけだが……よかったのか?」
「たまには頭脳労働してもらわないと、な。あれでも副団長なんだぜ、あいつ」
何故かドヤ顔でいってくるアルバに、ウィナは苦笑で応じた。
ウィナ達は盗賊が出るといわれる街道へとやってきていた。
「このまま行くとどこに行くんだ?」
「帝国方面だな。途中で幾つか関所があるぞ」
「帝国か。そういえば、帝国の皇帝はどういうヤツなんだ?」
「女帝だよ。かなり有能らしい。前の皇帝を血祭りに上げ、皇帝の座を奪い取ったって聞くな」
「それはまた……」
「ちなみに、他の国のトップも全部女だよ。やれやれ肩身が狭くて困るぜ」
ちっともそんなことを思っていない顔でのたまうと、首を鳴らし、
「ちゃっちゃっとでてきてくれるといいんだが」
「そうだな」
「ところで、おまえさん、そんな格好で大丈夫か?」
アルバに言われ、自分の格好をみるウィナ。
さすがに戦闘をする――ということだったので、胸を覆うブレストアーマーに、手首には籠手。
そしてなぜか膝丈よりも短いスカート。スカートの中からすらっと伸びた足はやはり黒タイツという、一体誰得な格好をしていた。
すくなくとも騎士の格好ではない。
「なぜか。リティのやつに選ばせるとこうなった。」
「おまえさんも、なかなか難儀だな」
肩をすくめるウィナ。
「ところで、盗賊団だったか。どういった装備と規模なんだ?」
「指令書にはなんて書いてあった?」
「夕焼けの蒼とかいう盗賊団らしい。最近でてきたと書いてあったんだが」
「夕焼けの蒼か……。聞いたことないな。」
首をかしげるアルバ。
「なら、規模はわからないか」
「大抵、街道の商人とか狙う連中なら、数十人くらいだと思うがなー。少数精鋭部隊だと割りとやっかいなんだが」
「聖輝術も使ってくるのも想定した方がいいか。あと加護持ちがいるかもしれないか」
「聖輝術はともかく、加護持ちの盗賊団がでてきた日には、騎士団でもトップクラスの騎士団が出張るとおもうが……」
などと話をしていると、視界がいきなり閉ざされた。
「言ったそばからか」
「おいおい、マジかよ」
ついさっきまで天高く太陽があったにもかかわらず、真っ暗闇。
視界は1~2メートル程度でしか確保できない。
「団長殿、エモノは?」
「今日はこれしかもってきてないな」
といって腰にさしてあるナタのような刀身が短く湾曲した剣を抜き放つ。
「近接か。できれば遠距離手段が欲しいところだが、そういう聖輝術はあるのか?」
「リティのやつがいればなー。俺はあいにく近接戦闘しか脳がない」
「!」
何かが、こちらめがけて飛来する。
ウィナは冷静にそれを目視し、そして余裕をもって鞘のまま刀を振るう。
「矢――か。」
「まあ、当然だな。俺が盗賊でも同じ方法で相手を叩く」
地の利は完全に相手側にある。
この状況を打破するには、この暗闇をどうにかするしかない。
「術者がいるのなら、そいつを叩けばこれは晴れるだろうが……」
「各個撃破される可能性も考えられるか。さて、どうするか」
方法はないことはない。
矢が飛んで来ると同時に飛んできた方へと移動し、そのまま矢の担い手を打てばいい。
だが、そこに待ち構えているのが1人とは限らない。
戦力がどれくらいいるのかがわからない以上、迂闊なことはできない。
「――なら」
柄を握りしめ、腕を曲げ、背中に鞘があたるように構える。
「おいおい」
アルバが呆れたように言う。
――なら答えは簡単だ。
相手が矢を放つと同時に投げればいい。
しゅっと小さな音をウィナの聴覚がとらえた。
同時に、ウィナは勢い良く投げつける。
そして、何かに当たった音がしたかと思うと、暗闇が一瞬にして晴れた。
「さて」
ウィナの手元には先程なげた鞘つきの刀がしっかりと握られている。
加護で得たものだ。
リティがさっきやった通りある程度自分の思うがままに、消したりなんだりできると思ったが、案の定であった。
ウィナは周囲に視線をはしらせると、数人がこちらの様子を伺うようにして、各々武器を手にもっていた。
目がギラつき、何かの拍子でこちらに殺到しそうである。
そして、さっき投げた刀が直撃した相手は、くらくらとなりながら頭を抑えつつ、その隙間からこちらをにらみつけていた。
「やってくれたな、小娘が」
眼力で人を殺せるのなら、とっくに殺されていそうなほど、強くこちらを見る男。
皮の鎧に、腰には短剣、手には弓を持っている。
ガラは悪いが、どこにでもいそうな男であった。
「先に手を出してきたのは、そっちだ。恨み言を言われる覚えはないが?」
「っ殺せ!!!」
それが合図。
一斉に男たちが斬りかかってきた。
「団長殿、後ろは任せた」
「ちょっ!?」
アルバが何か声をあげようとしていたが無視し、ウィナはそのまま前進した。
もちろん、頭領らしき男を倒すためである。
しかし、仲間の1人が、横から斧をもって斬りつけにかかる!!
ウィナは半身だけずらし、足元に足をひっかけそのまま転倒させた。もちろん倒れた男のみぞおちに容赦なく、鞘に納まっている刀をどんと一押し。
口から泡をだし、そのまま気絶する男。
「このっ!!」
「やろうがっ!!」
2人が、前と後ろからはさみうちにしようと剣を振り回す。
「ふっ」
ウィナは一息吐くと同時に、タンっと軽やかに飛び上がり、そのまま空中で前宙すると、前から来た男の背中を蹴り、そのまま後ろから来た男と激突させる。
「なっ!?」
振り回していた武器で、相打ちとなりそのまま大地にひれ伏した。
その間数秒。
「な、なんだてめぇっ!?」
「シルヴァニア王国の騎士だ。もっとも新米だがな」
ドンっと、頭領らしき男に問答無用で鞘に入った刀で頭部を打つと、そのまま男は倒れた。
「こっちは終わりだ。団長殿は?」
「……終わったぜ……。今度からは早めに言ってくれ」
疲れたように言うアルバ。
しかし、返り血も浴びず、自らの身体に損傷もなく彼の足元には数人の盗賊が倒れている。
「やるな、さすがは団長というところか」
「いや、俺はこれでも長いからな。それよりもウィナ嬢。おまえさんの方がおかしいからな」
新米で無双するなど普通は不可能である。
「できると確信していたのか?」
「ああ。身体をこうやって動かせば、こういうことができるというのは無意識的に理解しているようだ」
身体が勝手に動くというやつだ。
そうウィナは言った。
「身体が勝手に動くつーレベルじゃないぜ、これ……ん?」
「どうした?」
「そういえば、みねうちにしたのはわざと、か?」
ウィナが倒した盗賊達は、負傷はおっているものの全員命だけは助かっている。
「いや、そういうわけじゃない」
ウィナは、手にもつ鞘に入った刀を抜こうと力を込めるが、一向に抜ける気配がないことを見せた。
「……なるほど、抜けないか。つまりまだその刀はおまえさんを主と認めてないということなのかね」
「そうなのかもしれないな」
全くもってわけがわからない、とウィナは肩をすくめてみせた。