5話:敵か味方か
「ウィナさん、寝る所どうするんですか?」
「寝るところ――か」
はっきりいってまだ、このシルヴァニア王国内の地図は頭に入っていない。
お金はあるが、騎士になったとしてもいつ廃業になるかわからない現在としては、貯金をしておきたいところだ。
「……あてはないな」
「じゃあ、わたしのところにきます?」
「よろしく頼む」
「――――――え、本当に?」
あまりに同意に至るスピードが早かったためだろう。
リティは目を丸くして聞き直してきた。
「ああ、正直、お金はできるだけ貯金に回したい。というかそもそもおれは、このお金がいくらくらいの価値があるのかすら、わからないだが」
先ほどの服の店でも結局、リティが先輩風を吹かせて代金を払ってくれたのだ。
「ふぅむー、まだデレ期がくるのは早いと思うんですが」
「で、どうなんだ?」
「ウィナさんがつれない」
くすんとわざわざ言葉にだすところがリティらしい。
「いいですよー。1人くらいはよゆーですし」
「じゃあ、よろしく頼む」
「頼まれました!!」
「ここです」
「家は普通だな……」
なにげにひどいことを言うウィナ。
アパートといっていいだろう。
一つの建物に複数の入口がある。
建物形式は洋風で、木製のドアに細工が施されていて、そこに家の番号が書かれている。
「騎士団で借りている建物なのか?」
「そうですよー。ウィナさんも騎士団に入るか、作るかしたら貸与されると思いますよ」
「?」
「まあ、細かい話しは中でしましょう」
ふわあと大きくあくびをしながら、リティは自分の家のドアを開けた。
――部屋番号は009。
なんとも微妙な番号である。
入ってみると、1人で住むには十分な広さであり、キッチンも完備している。
今日までのリティの素行をみていると、部屋はおそらくきたないだろうと予想はしていたが、ウィナの予想は外れであった。
別段きれいとまではいかないものの、ゴミが落ちていたり、服が散乱していたりということはない。
「適当にくつろいでいてください。わたし服着替えますから」
そういい、リティはウィナはぐいぐいと部屋の中央へと押していく。
中央にはテーブルがあり、腰掛けなのだろう、なんとなく人を堕落させそうなクッションが鎮座していた。
黙ってたったままというのも、アレなので、ウィナはとりあえず腰を下ろした。
「……疲れたな」
テーブルに突っ伏す。
頬に当たる木製のテーブルの感触が心地いい。
髪の毛が目元にかかるのがうっとしいが、これも仕方がないのだろう。
そもそもスカートで地べたに座ると中が直接床に当たり、なんとも冷たい。
カーペットのようなものが敷いてあるからまだ、これぐらいですむがなければ冬など凍えるのではなかろうか。
そんな益体もないことを考えていると、
「ウィナさん?」
と髪をほどいたリティがいた。
「……髪、長いな」
「ウィナさんはお疲れですか?」
「まあ、な」
「ふむ、相当お疲れですね。栄養ドリンクとか入りますか?」
「あるのか」
「それっぽいのなら、ありますけど」
「――なあ、リティ」
そこで、ウィナは顔を上げ、しっかりとリティを見る。
「おまえは、一体何者なんだ?」
「どういう答えが欲しいですか?」
微笑し、逆に問いてくる彼女に、ウィナは苦笑した。
「さて、どういう答えと言われても、な。シンプルでいくのなら、おまえは敵か味方か?」
「味方ですよ。ただ条件によっては敵になるかもしれませんけど」
全くもって今日一日、リティという人間を観察して、観察した通りの反応にウィナは笑った。
「ああ、おまえならそういうだろうな。
正直、おれは今日一日、この世界のことを見て、そして自分がなぜ記憶を失っているのか、ずっとその理由を探していた」
「それでみつかったんですか?」
「1日くらいで見つかるなら、そもそも誰も苦労しないだろう。見つかるわけがない。
――だが、きっかけはあった。それはおまえだよ。リティ」
「へえ」
感嘆の声をあげる。
「正確にいうなら、おまえの周りからおかしいと言われている言動に、ひどく親近感を覚えた。使われている言葉、概念、それに記憶の片隅にひっかかる感じがした。
おまえはおれを知っているのか?」
「知りません。
今日はじめてあいましたよ」
「――そうか」
嘘は言ってはいない。
そうウィナは判断して、会話を終わらせようと思った。
しかし――。
「でも、関係はありますね、たぶん。」
「なに?」
「そう遠くない未来にわかると思いますよ。あなたがここに存在する。それがきっと理由なんだと思います」
リティは、そう断言したのだった――。
――場所は変わる。
ここは、シルヴァニア王国最深部。
限られたものしかくることのできない領域に、数人の人影があった。
「……とうとうか」
それは男の声。
「そうね」
それは女の声。
男にはようやくという切望の感情が込められている。
女には男とくらべて特に感情というものはなかった。
ただ来るべきときがきた。
――それだけだ。
「器となるにふさわしいのか、それともただの愚者となるのか」
「どちらにしても今回の計画は、最終形を見ることになるわ。良い結果にしても、悪い結果にしても」
「ああ、だからこそ慎重に事をすすめる必要がある。」
「そうね。まずはお手並み拝見といきましょうか」
「――侮るなよ」
「まさか。
このわたしの力を継承するものをわたしが侮るとでも?」
「……愚問だったな。」
「気にしないで。
長かった計画の準備もこれで大詰め。
気持ちが昂ぶるのも仕方ないわ」
女は肩をすくめてみせる。
彼らの望みが達成しうるかはわからない。
しかし、どちらにして少女の存在によってサイコロは振られた。
あとはどの目になるかはそれこそ神の悪戯の結果だろう。
フっと女笑う。
それこそ今更だと。
この世界に神はすでにいないのだから。
ゆえに運命をたぐり寄せるのは、人の理のみ。
「では、始めるとしよう」