4話:騎士という名の
喫茶店の外にでると、すでに夕焼け。
人々がせわしなく、それぞれの場所に帰っているのだろう。
「……治安はいいのか?」
「ええ、そのための騎士団ですから」
胸をはるリティ。
郷愁ではないが、少しばかり感傷的になる。
「お、ここにいたか」
「隊長」
そこには蒼の大鷹騎士団団長アルバいた。
「ほれ、証明書だ」
投げ渡されたカードを掴む。
硬い感触するそれをじっくりとみる。
カード呼ばれるもので、厚さ5cmほどとやや分厚い。力を込めてもなかなか曲がらないところをみると丈夫といっていいだろう。
いつ写真をとったのか、自分の写真と年齢、性別がかかれていた。
「年齢なんていつ知ったんだ?おれですらしらないのに」
「まーその辺は、神様の力とかいうやつだ」
肩をすくめるアルバ。
「?あれ、隊長ー。なんでウィナさんの証明書、銀色なんですか?」
「色によって何か違うのか?」
「普通の王国民は緑なんですよ。商人は黄色、王族は黄金といった形で、一目でわかるようにしているんです」
「ちなみに銀色は?」
「銀色は--わたし達、騎士団と同じように公務員を示すんです」
ほれっとリティも自分の証明書とやらを見せてくる。以前色までは確認しなかったが、確かに銀色だった。
ウィナは顔を思わずしかめる。
「まさか、交換条件とかそういうやつか?」
「おまえさんの思った通りだよ。もう一つほれ」
丸まった紙をこちらに投げる。
ウィナはそれを受け取ると、留め具をはずし開いた。
「……マジか」
「なんて書いてあったんですか?」
「ウィナ・ルーシュ。シルヴァニア王国、臨時王国騎士として任命する。拝命の拒絶は、王国侮辱罪適用し逮捕する。シルヴァニア王国女王ミーディ・エイムワード」
「ブラック企業ですねー」
「黒すぎるわっ」
思わずツッコミを入れる。
「俺もびっくりしたぜ。まさかそんな条件をつけられるなんて。何かやったのか?」
「隊長ー。ウィナさんの加護がミーディ・エイムワード様でしたよ」
「……………………お、おうそいつは」
――ご愁傷様だ。
アルバは気の毒そうにつぶやいた。
完全に目をつけられたのだ。
それはそうだ。
なにせ自身の加護を受けた――。
「――なあ、リティ。」
「なんでしょうか?」
「普通、加護を授けた神というやつは、授けた人のことをわかっているのか?誰にその力を授けたとかそういうのだが」
「わかってはいますが、記憶しているかはわかりませんねー」
「人に興味なしってところか」
「ええ。彼らは自分の娯楽にしか興味ありませんし」
相変わらず、神様を敬うということをしないリティの清々しさに呆れる。
「――ということは、自分が加護を受けているものだとこの国の女王に気づかれたってことか」
「お気の毒です。ウィナさん」
明らかにお気の毒と思っていないにんまりとした表情を浮かべるリティをとりあえず無視した。
(しかし)
ウィナは思う。
精神世界とやらであったあのミーディ・エイムワードが最後にいった言葉がきにかかった。
(――本体とはつながっていない。しかも安心しなさい――か)
なんとも意味深な言葉である。
現状、記憶喪失の身であるウィナは、状況に流されるしかない。
なにせ判断するためのその材料が頭にはないのだから。
(……誰が嘘をいって、本当をいっているのか。それをよく吟味しないといけないのだろうな)
ため息をつく。
自分の意思のない行動は、結局のところ自身の破滅へとつながってしまう。
どうやらこの身はそんな含蓄ある言葉をどこかで経験したらしい。
「さて、これでおまえさんは俺達の同僚になったわけだが……。泊まるところとかもう決まっているのか?」
「お金もなにもないおれにどうしろと?」
「身体を売るとか……イタっ!?冗談ですよ、グーで女の子殴らないでくださいよー」
「同性だから殴りあっても大丈夫だ」
「どんな理屈ですか!?」
珍しくリティがツッコミをいれる。
「それはさておき……」
ウィナは自分の身体を見る。
旅人の服以外特に鞄やら、そしてポケットの中にも持ち物はない。
つまりは、着の身着のままという状態だ。
これが全財産である。
「給料の前借りとかできるのか?」
「それも想定済みだ」
アルバは、ほれと皮袋を手渡してきた。
じゃらと音がして、ずっしりと重い感触を伝えてくる。
「お金か」
「それは、別に返さなくていいそうだ。それで装備を固めたり、必要物品を買ったりしろとのことだ」
肩をすくめるアルバ。
いたれりつくせりである。
「じゃあ、ウィナさんの服を早速買いにいきましょうよー」
「っていってももう夕方だぞ。そろそろ店もしまるんじゃないか?」
「なにいってるんですか。ウィナさん。これからが大人の時間ですよー。違法なお店にえろえろな目的にやってくる時間ですよ。楽しまないといけないじゃないですかっ!!」
「なあ、こいつ本当に公務員なのか?」
「コウムインとやらはわからないが、一応、国の試験を通って騎士団になったはずだがな……」
アルバはいつものことだと言う。
「団長殿は、この時間でもちゃんとやっているお店とか知らないのか?」
「特に服にこだわらないなら、カルテットのお店とかまだやっているはずだ。ここからまっすぐいったところにある、中央広場にある商店街の一角だな。にんじんの看板が書いてあるのが目印だ」
「今度酒の一杯でもおごるよ」
「それはありがたい。リティ。定時連絡はこっちでやっておくから、ウィナ嬢の護衛頼むぞ」
そういい、アルバはそのまま来た道へと戻っていった。
「さて、いくか」
「さりげなくおいていかないでくださいよー」
「あら、いらっしゃい。リティちゃんどうしたの?」
にんじんの看板のお店、カルテットのお店についたときにはすでに店主らしい女性が看板を下ろそうとしていた。
「こんばんわー。ちょっとこの人に服を買おうときたんですよ。まだ大丈夫ですか?」
「いいわよ。……新顔さんね。リティちゃんの同僚?」
「はい、今日から同僚になりますねー」
朗らかに笑うリティ。
「コーディネイトをお願いします」
「こぅでぃねいとの意味はわからないけど、言っていることはわかるわ。この子をこのカルテット流でときめかせればいいんでしょう?」
「さすが、おばさま。話がわかります」
リティはポンと両手を合わせる。
このままだとよくないことが起きる。
そんな予感がしてウィナは、
「いや、そんなにコーディネイト的なことはしなくて--」
「なにいってるんですか、ウィナさん。外面をよくすることが女の子には重要なんですよ」
「そうよ、リティちゃんの言うとおりよ。あなたかわいいんだから、もっと着飾らないと」
「いや、だから……」
「「まかせ(てください)なさいっ!!」」
「はい」
「……誰だ、おれは」
数十分後。
鏡の前にたつ一人の女性。
二十歳には満たないが、少女であり大人の女性である境界の妖しい美しさが醸し出されている。
服装は、白と黒を基調とした大人っぽさと子どもっぽさを象徴した上着に、下は黒いタイツに黒にちかい黒のスカートを身につけている。
アメジストに輝く双眸は、今は困惑に満ちているが、本来はきりっとした美しい少女をおもわせる雰囲気。
長い黒髪は、簡単に首の後ろに束ね、まとめているのは宝石をアクセントにした髪飾りをつかっている。
どこからどうみても、完璧に女性であり美少女である。
――例え、心が男であったとしても。
「ウィナさんすげー」
目をまん丸にしてリティは、やり遂げた感満載に言う。
カルテット氏も久しぶりにいい仕事をしたと、満足げに笑みを浮かべている。
「おれは感謝の言葉を口にしたらいいのか、それとも呆れたり、怒ればいいのかわからないな……」
「笑えばいいんですよ」
「とりあえず、リティはしゃべらなくていいな」
「ひどっ!?」
扱いが雑ですよー。と言ってくるリティは無視し、ウィナはカルテットに顔を向け、
「あーとりあえずありがとう?」
「気に入らなかった?」
「いや、気に入る、気に入らないじゃなくてだな……。こちらにもいろいろ事情があるんだ」
「そう。じゃあ深くは聞かないわ。また新しい服が欲しくなったらぜひ、このカルテット服飾店へ、ね」
「……また今度お世話になる」
なんとも言えない表情で、ウィナは首肯した。