3話:とある人の逸話
この新都シルヴァニアを現在治めているものは3人いる。
1人は盲目の巫女の異名をもつヘラ・エイムワード。
2人目は、人形遣いの異名をもつシルヴィス・エイムワード。
そして、国の催事などで表にでることがもっとも多い女王こそ、闘神ミーディ・エイムワードである。
「ってことなのよっ!!」
どんっと木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、演説するのはミモザである。
ちなみに中に入っているのは立派にお酒である。
それでいいのか聖職者。
「なるほどな」
ウィナ達は喫茶店にいた。
加護を授けた者の名前があまりにありえない名であったため、ミモザがちょっと面かせやといわんばかりの形相で行きつけの喫茶店に連れられてきたのだ。
もちろんリティも一緒である。
「リティ、騎士の仕事はいいのか?」
「わたしがいなくても、隊長が頑張ってますよー」
投げやりだ。
ひどくなげやりだ。
あまりに哀れな騎士団の蒼の大鷹団長アルバに同情するウィナであった。
ミモザについてはもう諦めた。
「闘神ね……。すごい異名だな。どんなことをしたらそんな名前がつくんだ?」
「いろいろ戦績がある方だけど、そうねぇ。やっぱり有名どころだと百日戦争ね」
「百日戦争?」
「――そう」
かつて帝国との戦争があった時代。
首都ピティウムに攻め込まれたことがあったのだ。
帝国軍の数は数千から数万。
彼らの目的は首都ピティウムの陥落。
対して新都シルヴァニア王国。
軍のほとんどが帝国軍の誘導で遠い地へ誘いこまれ、
国を守る聖輝術で編まれた防衛結界も帝国魔法使いによって消滅しているという状況。
ただ1人。
敵の策を読んだ女王ミーディ・エイムワードは、新都シルヴァニア王国に帰還し、広野にて帝国軍と相対した。
1人対多数。
通常であれば、騎馬や、聖輝術といったもので踏み殺されるか、焼き尽くされるか、はたまた無視されるか――
しかし、結果はミーディ・エイムワード1人でその全てを圧倒した。
ある時はその武器で、
ある時はその能力で、
ある時はその聖輝術で、
ありとあらゆる手段で、自身の王国を守るためにその手を鮮血で染め上げた。
百日後。
ようやく敵の策や罠から逃れ戻って来た味方が見たモノは、血の色のような赤い武器を携え、深紅に染まった赤髪の女王の姿。
すでに敵と呼べるモノは誰もいなく、物言わぬ山の上に少女は無傷で立っていたという。
「どんなホラーだ」
「いやそこは、さすが女王様!!といいましょうよ、ウィナさん」
「いや、化物か?それとも――」
そう言いかけて、ふとおもいつくことがあった。
「ミーディ・エイムワードは、そもそもとして加護を受けていたのか?」
「女王様自体がということですか?」
「ああ」
「加護はないですよ」
「……生身ということか。この世界の人は、そういうことができて当たり前なのか?」
その問いかけに2人はぶんぶんと首を横にふった。
「そんなわけないじゃないですかー。」
「リティが言うと嘘くさいから、ミモザさんはどう思うんだ?」
「生身では無理よ。人では、ね」
「?人ではない種族がいるっていうことか?」
「ええ、この世界にはわたし達、人族以外にも獣人属、エルフといった者たちもいるわ。そして魔族――」
「魔族……か。たいてい物語だと悪者にされている種族だが、こっちではどうなんだ?」
「単なる一種族ですよ。
聖輝術使えますし」
「……気になっていたんだが、聖輝術というのは魔法とはどう違うんだ?」
「そういえば、ウィナさん何も覚えていないんでしたっけ。すっかり忘れてました」
「おい」
「そう怒らないでくださいよー。ちゃんと教えますから」
とにやりと笑うリティ。
「ミモザさん。リティが嘘をついたら教えてくれるか?」
「大丈夫よ。リティは、たまにいえ、いつもこっちがわからない変なこという娘だけど嘘はつかないわ。たぶん」
「ひどっ!?ミモザそんなこと思ってたんですか!?」
「だって、あなた。昔から意味不明なこと言っていてみんなを困らせていたじゃない。」
当然よ、とミモザはぐいっとジョッキに口をつけて言った。
「まったく、ミモザとは後できちんと決着をつけないといけないですね、もう。じゃあ、ウィナさん。わたしから説明を致しましょうっ!!」
「まず、この世界の名前ですが、何故かありません。」
「おいおい」
「いえ、学者さんとかつけようとしたのですが、神様からの信託でやめた方がいいと言われたんです」
「……ずいぶんと神様っていうのは、ヒマなのか?」
「それは本人に聞いてみてください。神様がたくさんいる島がありますから」
「…………まて。神様っていうのは実際会えるのか?」
「会えますよ。姿ありますし」
「神界みたいなところにいるとかじゃないのか?姿を見ることができないとか」
「見えますよ。普通の人でも。たまに遊びに来る神様もいますし」
「――それは、すごい世界だな」
いろいろ言いたいことはあったが、それ以上のことは言えなかった。
「つまり、この世界の神様っていうのは種族なんだな。しかも強大な力を持つ」
「ええ。そうですよ」
「……じゃあ、なんで神様はその力をもって悪さというか、人族の世界に来ない?」
「なるほど、ウィナさんはこう聞きたいんですね。俺より強いヤツに会いに行く的な思考の脳筋バカはいないのかって」
「いや、そうなんだが……おまえ、神様を敬わないのか?というか、こういうヤツが普通なのか?」
と目線でミモザに問う。
彼女は苦笑し、
「そんなわけないじゃない。リティはこのシルヴァニアでも異質よ。その思考とか」
「ミモザー、わたしに何か恨みでもあるんですか?」
「ないわよ。事実よ。実際、あなたのところのオルバ団長も同じこといっていたわよ。あいつが騎士になれたのが不思議だって」
「なんとゆー、アレですか。敵は本能寺にアリとかそういうやつですか」
「本能寺ってどこなのよ。まったくあなたの言っていることは本当にわからないわね」
こめかみに手をあてて、ミモザはため息をついた。
「ほら、話の続きをしなさいって」
「むぅ。まあ、ウィナさん。当たり前ですが、いくら力をもっていようと神様達は基本的に島からでることはほとんどありません」
「誰かが結界とか封印とかはったとかいうやつか?」
「いいえ。古い盟約がうんたらかんたらとか。わたしの知り合いの神様がそんなこと言ってました。なので古の力を持つ神様はほとんどでてきません。けど歳の若い神様は、その辺の制約?みたいなものがないので、遊びにきますよ。でも騒動を起こしたりはしないですね。そんなことをしたら、国のお偉いさんにおしおきされますから」
「――つまり、この国以外でもトップは物理的に強いってことか?」
「そうです。モチのロンです。一応この国の周りに大国と呼べる3つの国が存在します。
領土の拡大を目指す血と武器の国――――帝国エインフィリム。
神と精霊と人の調和を目指す国――――聖都フィーリア。
多種族による安定を目指す国――――楽園バナウス。
ですね。小国はたくさんありすぎてさっぱりですが。それぞれの国のトップは、加護なしですがミーディ様並に強いそうですよ。1人軍隊とかいうやつですね」
「すごい世界だな……本当に」
驚愕を通りこして、もはやため息しか出ない。
「本人達も自分達が強いっていうのを理解していますから、たとえ戦争をしていても出てきませんよー。よっぽどのことが無い限り」
「そのよっぽどが百日戦争だったというわけか」
「まあ、そんなところですねー。じゃあ、次に聖輝術の話をしましょうか」
「魔法のような力……か」
「概ねそんな感じです。聖輝術は聖輝石という特殊な宝石を使うことで様々な現象を起こせるものです。いわゆる道具依存系というやつですねー。聖輝術は、術者の属性や聖輝石の容量、術者の力量によって結果が異なります。言ってみれば、いくら容量のでかい聖輝石をもっていたとしても、そこから引き出す力が術者になければ、猫に小判、豚に真珠というやつです。その辺わかってない人が意外と多いんですよねー」
「聖輝石がないと、魔法のような力は使えない――というわけか」
「そうですねー。まあぶっちゃっけ、神様の加護もらった人の方が強い術を使えたりしますから。聖輝石なしの術とか」
「ふむ。聖輝石はないと術が使えないということは、術を使う時聖輝石から何か消費したりするのか?」
「消費はしますね。ただ時間が経つと回復します」
「ゲームだな……」
「ゲームだと思います」
「あなた達の言っていることがさっぱりわからないんだけど……」
分かり合う二人に対して、ミモザはさっぱり話についていけてなかった。
そうしてこの世界のことやシルヴァニア王国のことなど聞いているうちにいつのまにか随分と時間がたっていった。
「あら、もうこんな時間」
大ジョッキ5杯は軽く飲んでいたが、まるで酔った様子のないミモザは服のポケットから銀の懐中時計を取り出した。
「懐中時計か?」
「そうよ。時計機能の他に聖輝石が組み込まれているから、わたしの聖輝術の媒体でもあるんだけどね」
ぱかりと蓋をあけ、時間を確認し、
「そろそろ神殿に戻るけど、あなたがたはどうするの?」
「そうですねー。そろそろ隊長も帰ってくるころですから、わたし達も一度詰め所の方に戻ります。」
「ここの支払いは?」
「それくらい、わたしが出すわよ」
お姉さんに任せないとそのふくよかな胸をたたき、気のいいことを言う。
「悪いな。今度返させてもらうよ」
「気にしないで。いいもの見せてもらったことだしね」
「いいもの?」
首をかしげると、ミモザは笑みを浮かべ、
「ここの女王様の加護を受けた人をみることができたことは、なによりも幸運よ」
「それはそうですねー」
リティも本当に幸運ですよと笑った。
「でも、その分これからめんどうなことに巻き込まれるでしょうねー」
「ヤなことを言うな」
じろりとにらむウィナ。
しかし、そうは言ってもおそらく何かしら事件やイベントなどに巻き込まれるだろうなという変な確信があった。
力を得るということはそういうことだと、記憶喪失の割になんとも含蓄ある言葉が脳裏に浮かぶのだ。
「やれやれ」
と、嘆息した。