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1話:異邦人

ここは一つの大きな大陸にある4つの都市の一つ新都シルヴァニア。

南北に大きな門を有する城塞都市である。

他の3つの都市とは違い、端的にあらわす飾り付けの言葉はない。

だが、有名な人物がいることで、他の3都市にその名を知られている。

闘神ミーディ・エイムワード。

人の身でありながら、神を打倒した存在。

その彼女が治める国である。


そのシルヴァニアの南側の門の軍の施設にてひとりの男が眠たそうに書類を眺めていた。

「……。減らねえな」

ちらっと隣を見ると、山のように積み重なった書類。

2日ほどバカンスを楽しんで帰ってきたらこんな惨事だ。

自分の部下に書類の整理を頼んだはずなのだが。

「……あいつに頼んだのが間違いだったか」

自分と同じくらいクセのある部下--一応この騎士団の副団長の顔を思い出す。

「仕事はつらいもんだが、選ぶ権利くらいはほしいぜ。まったく」

ぶつくさ文句を言いながらも、手は止めずさっさっさと書類を振り分けていく。

部屋には彼以外に誰もいなく、他のメンバーは見回りにいっている。

そもそも自分らの騎士団--蒼の大鷹のメンバーはもともと少ない。

ゆえにこの仕事場もそれほど大きくはない。

「……」

邪魔は入らず、ひたすらに雑務に没頭する。

そして書類が半分ほど減った頃だった。

「隊長ー、おもしろい人がいましたよ~」

と脳天気な我らが副団長の声が聞こえたのは。



「……」

黒髪、紫の目をもつ年頃の少女は憮然とした面もちで、地べたに座っていた。

正しく表現すると、少女の目の前には鉄格子があり、地べたは石づくりとなっている床がある。

はっきりいえば、彼女は牢屋にぶち込まれていた。

「……」

むすっとした顔で、鉄格子の向こうをにらみつけていると、入り口の方からドアが開く音がした。

音の方に意識を向けると、女性と男性の声が聞こえた。

「今時、証明書がない人がいるなんで驚きですねー」

聞いているとイラっとくるのは、女性の声だった。

男性の方は、先ほど自分を牢屋に入れた人物の声だった。

そして、彼女の前に現れたのは深紅の輝きを目に宿した少女だった。

「どーも。わたしリティといいます」

「……」

おそらく、警察に該当する立場の人間がふさわしくない言動で挨拶をしてきた。

「なんか、はっちゃんさんから聞いたんですけど、証明書がないんですか?」

「……ああ」

その証明書というのにまるで見当がつかないといった調子でうなづく。

「へー珍しいですね。一応、4都市の国民に自分を証明できる証明書を発行しているんですけど、なくしたりしました?ひょっとすると」

言って、リティは自身の証明書とやらをほれほれっとふりかざす。

形は四角形。

硬質な輝きをしたカードのようなもので、少女には解読ができない文字で表面が覆われている。

カードの角に穴があけられ、そこに金属のヒモを通しそれを首からさげているようだった。

「そういうものはないな」

「ないんですか。とすると田舎の出ですか?」

「……わからん」

「わからんですか。……ひょっとすると記憶喪失とかテンプレ的な話ですか?」

わけのわからんことをいうリティに、少女はまあ隠すまでもないかと思い直し、

「そのテンプレとやらだ」

そう答えた。

その答えにリティは少しばかり、目を丸くし、

「まさか異世界転生に失敗したとかいうやつですか……おそろしい」

「おまえの言っていることがさっぱりわからないのだが」

本当にわけがわからない。

少女は、リティの言動に少し--いやかなり嫌気を覚えてきた。

「そうなんですか?まあ、それはともかく。名前は覚えていますか?」

「名前--」

そう聞かれ、ようやく自分に名前がないことに思い至る。

というか、今まで少女はそのことに意識をむけていなかったというべきか。

当然、少女は記憶喪失。

そもそもとしてジェンダーすらあいまいなのだ、名前などあるわけがない。

「……ウィナだ」

「?」

「ウィナ・ルーシュ。それがおれの名前だ」

「おれっ娘ですか。マニアックな人に需要がありそうですねー」

にこにことポニーテールを振り回しながら、リティは笑う。

「名前以外に何か覚えていますか?それかなにかやらかした記憶とか」

「残念ながら名前以外は覚えていない」

「その割には冷静ですねー」

「……そうかもしれん」

冷静というか、なにも覚えていないのならそれこそ焦ったところで意味がない。

ウィナはそう思った。

「ふむふむ」

リティはじいっとこちらを凝視し、

「とりあえずわたしの上司にかけあってみましょうかー。嘘を言っているようにも思えませんし」

「それは助かる」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよー。それに」

「?」

「ウィナさんとはなかなかおもしろい関係になりそうですし」

その何の根拠もない言葉にウィナは苦い表情を浮かべた。

なぜならウィナもまたこの深紅の瞳と同色のポニーテールをした少女と長いつきあいになる予感を感じたからだ。

そしてそれは現実となるのだが。



「おまえさんが、証明書なしの記憶喪失者か」

と、ウィナの目の前に座る男がそう改めて事実確認した。

リティが上司とやらに報告すると、その上司にウィナを詰め所まで連れてこいとの指示を受け、ウィナはそのまま彼女に連れられて詰め所までやってきた。

詰め所はぼろいとは言わないが、それほど大きくはない。

「そうだ」

「ふむ。証明書はともかく記憶がない、ね」

腕を組み、天を仰ぐ男。

「ちなみに俺はアルバっていうこの蒼の大鷹の騎士団長をやっているわけだが」

「ああ」

「……緊張は見られないか。ほんとに記憶喪失か、それてもってやつか」

アルバと名乗った男--少し白髪が目立つ40過ぎくらいの中年の男は、そうつぶやく。

「医者に連れていった方がいいかね」

「それよりもあそこに連れていった方がいいんじゃないですか?」

至極もっともなことをいうアルバに、リティがそう告げる。

「あそこ?--ああ、教会か」

「教会?」

「ウィナさんが思う教会ってどんなところですか?」

「……あれだな。神父やら牧師やらがいて十字架がある白い建物か」

「そうそう。そしてその懺悔室とやらで女性のシスターとえろえろなことをするえろげ的展開満載な場所ですよ」

「おまえ、神罰うけるぞ」

「望むところですっ!!」

力いっぱい拳を握り声を張り上げるリティ。

ウィナは、こいつはヘンタイだという認識をした。

「こいつの妄言はどうでもいいが、なるほどな。おまえさん、完全に記憶喪失ってわけじゃないな」

「?どういうことだ」

「全く記憶を失っているっていうには、俺のしらない言葉を使ったりしているからな」

「--確かに」

ウィナは指摘され、納得する。

自分は確かに記憶がない。

だが、リティの言っている言葉、つまりは共通概念を持っている。この世界ではありえないはずの。

「ならなおさら教会にいって調べてもらった方がいいな。おまえさん、ひょっとすると加護もちかもしれない」

「加護?」

「詳しいことは、リティに聞いてくれ。リティ、ウィナ・ルーシュを教会まで連行し、その結果を後で報告しろ。俺の方はおそらくシロの方向で証明書の発行手続きを上にかけあってみる」

「了解ですー」



加護。

それはこの世界では神様の祝福を指す。

簡単に言えば、この世界には神様が存在し、この世界のものにその御力を授けてくださる。

それをこの世界では加護という。

人の身では考えられないような異能力を得ることができる。

それこそ、加護を受ける神様によるが拳の一撃で大岩を破壊したり、またただ一つの単語で山に大穴をあけるような魔法に似た力を行使できる。

空恐ろしい加護の力。

そしてさらに恐ろしいことにこの加護とやらは、各教会施設にて誰でも受けることができるという。

まさに教会は、誰でもなれる最強ちーとオリ主生産施設となっている。

そんなわけだから、この世界に秩序などあってないような世紀末的雰囲気になっているかと思いきや--。

「そんなバカなことはないですねー」

とリティは言った。

「確かに加護持ちの力は強大ですが、一般人でどうにもならないかといえばそんなことないですし」

「?なぜだ」

「いくつか理由があるんですけど……。まずこの世界には、RPG的な魔法という力が存在します。正式に言えば、聖輝術というのです。みんな学校で習います。そこで防御する術を学びます。度胸さえあれば、拳銃程度なら簡単に防御できるシールドをはれます。それこそ子どもレベルで」

「……それはすごいな」

「まあ、加護の力はそんな防御をあっさり砕くレベルのものももあるんですが」

「おい」

「そんな加護の力を持つのが、犯罪者だけではないのが一つ。当たり前ですよね、そんな便利なもの、治安維持組織が使わないわけありません」

「なるほど」

「でも最大の理由が、デメリットが大きすぎることですねー」

「デメリット?」

「はい。力を得るにはそれ相応の代償を必要とする。まさしくテンプレ!!

まあ、あれです。加護を得ると、その神様のもつ特性も得てしまうのです。たとえば、水の属性の神様の加護を受けると、猫舌になるとか」

「いや、それはあんまりデメリットと呼べないだろ」

思わずツッコミをいれるウィナ。

「今のはわりと優しいレベルですねー。例えば聖輝術の使い手が剣とか拳とかで戦う神の加護を得てしまうと、全く聖輝術が使えなくなったり。自身と性別が違う神様の加護を得てしまうと性別が変わったり、またまた本能のみでいきる神様の加護を得てしまうとなにも考えることができず、獣のようになってしまったり」

「おいおい、ヒドいなそれ」

「世の中そう上手くいかないってことですねー」

肩をすくめるリティ。

「まあ、そういうわけですから、加護を進んで得ようとする人はいないんですよ。なにせ自分の一生を棒にふるかもしれないわけですし」

「だが、それでも得ようとする人は、大抵現状がどうしようもなく追い詰められている……か」

「ええ、当たれば一発逆転ですからね。人生はっぴーらっきーです。その代わりに外れれば地獄。まさにギャンブラー魂をもつ人には垂涎のシステムですよ。加護システムは」

仕方ないですねとリティは言う。

「……そうだな」

ウィナは、悪意のあるシステムだと口にはせず、肯定を口にした。


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