0話:始まりは
――。
誰かが、自分の名前を呼んでいる。
起きなければ。
そう思い四肢に力を込めるが、まるで力が入らない。
それ以上に覚醒を拒むような、眠気。
このまま永遠に眠っていた方が、幸せだ。
そんな得体のしれない感情が込められているような、変な感覚が自身を襲う。
そうだ。このまま眠っていても誰も困らない、自分はすでに――。
すでに、自分は――?
自分は何なのだろうか。
猛烈な眠気が、深い思考を邪魔する。
自分という存在を保つことができない。
抗えない。
抗えない。
抗えない。
ああ、このまま永久に落ちていくのも、また一つの人生なのではないのだろうか。
私は、自分は、俺は、すでにこの世界に――しているのだから。
だが、
それでも、
どうしても、
なぜなのだろう。
何かが、それを否定する。
絶対的な否定ではない。
ただ、ほんのすこしの疑問。
本当にそれでいいのか?
あなたの答えはそれでいいのか?
――そうここで終わってしまっていいのか?
そんな自らを問いただす魔法のことばが内からあがってくる。
そしてそれが自分の安眠を邪魔をする。
不快――ではない。
しかし、快でもない。
使命感でもない、
義務感でもない、
正義感でもない、
愛でもない、
同情でもない、
言葉にできないような感覚。
久しぶりなその感覚に、ようやく『彼』は苦笑した。
思春期の頃ではあるまいに、よもや自分が再び、自身の湧き上がる感情に名前をつけることができず、暴れまわっていたあの頃の思いに苦笑いを浮かべた。
人が生きるのに小難しい理由などいらない。
生きたいとただ思うことこそ、生きることに必要なのだから。
そう思い至ったら、いつのまにかあれほど重たかった瞼が軽くあがっていた。
視界に広がる光。
そのまぶしさに目を半眼にしつつ、しばらく光に慣れるまでそのままでいた。
「--」
数秒。
光に慣れ、完全に瞼があがるとそこに広がるは森の中の泉。
深い森なのだろう。
木々は天にある太陽を覆いつくすかのように鬱蒼と葉を茂らせる。
泉は太陽をうつすほど曇りなく、汚れのない綺麗な水質をもっていた。
ゆっくりと立ち上がり、泉に近づく少女。
そこで彼はようやく自身の身体を真っ正面から見た。
年齢は、16くらいだろうか。
健康的な肌に、腰にまで伸びた黒髪。
服装は、RPGにでてきそうな旅人の服といったところか、まるで防御力に期待ができなさそうだ。
そして、なによりも彼が驚いたのは自身の双眸と女性らしいその身体つきだった。
目の色は、彼の記憶にある常識では考えられないアメジスト。
「……誰だ?」
少女の問いかけに答えてくれる人は誰もいなかった。