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今日も朝からルルさんにお手伝いの仕事を教えているのだけれど……。



「シェリー様どうしよ~。私、クビになっちゃうかもしれません~」


副団長のテオさんの仕事部屋にコーヒーを届けに行ったら、シェリー様が遊びに来ていた。


「何かあったの?」


心配そうな表情で私に問いかけてくれるシェリー様は今日もとてもキレイだ。シェリー様を見ると私はとても癒される。


シェリー様はお金持ちの貴族家のご令嬢で、よく詰所へお菓子の差し入れを持ってきてくれる。歳は私より2つ上。すごく大人っぽくて美人で頭も良くてまさにお嬢様って感じの人だ。でもぜんぜん気取ったような態度はなくて自然で話しやすい。


そしてシェリー様は副団長のテオさんの恋人だ。最近、付き合うようになったらしいのだけれどその知らせを聞いたときは目が飛び出るのかと思うほど驚いた。

シェリー様から告白をしたらしいのだけれど、テオさんも以前からずっとシェリー様のことが好きだったらしい。普段から二人の様子を見ていたのにまったく気が付かなかった。

幸せそうな二人の前で私のクビ話をするのも申し訳ないと思うけれど…。


「それってルルさんが原因だったりする?」


テオさんが飲んでいたコーヒーを机に置いて、私を見ながらそう言った。さすがテオさん。察しがいい。


テオさんはここ第3護衛騎士団の副団長だ。団長とは騎士学校時代の同期で親友らしいけれど、団長とはまるで正反対の性格をしている。いつも笑顔で穏やかで、私が団長に怒られて落ち込んでいるときはいつも慰めてくれる優しい人だ。


「ルルさんってどなたですか?」


シェリー様にたずねられて、テオさんが答える。


「昨日からうちでお手伝いの仕事を体験している子だよ。本部の総騎士団長の一人娘」

「そんな方がなぜここのお手伝いを?」

「さあね」


テオさんがコーヒーを一口すすった。


「ここで働きたいって言ってましたよ」


私はいじけるような声で二人にそう言った。


「それでアリスちゃんは自分がクビになると思ったの?」


シェリー様の言葉に私は小さく頷いた。


「だってあの人、私よりすごいんですよ。タオル畳むのも早くてキレイだし、野菜切るのも上手だし、シチューも美味しいし、みんなあの人見てデレデレしているし、それにさっきだって…………」


そこまで言うと私は口を閉じた。そんな私を心配してくれたのか「どうしたの?」とシェリー様がそっと私の肩に手をあててくれた。私はゆっくりとまた口を開いた。


「さっきだって、団長の部屋を掃除しに行ったら私がやるってほうきとちりとり取られちゃいました」

「あらまぁ」

「団長もひどいんですよ。私に掃除を任せるよりもルルさんの方が安心できるって。たしかに私は前に団長の部屋を掃除したら大事な書類を捨ててしまったことはありますよ。でも、あれからきちんと反省して、ようやく団長の部屋をまた掃除できるようになったのに。また迷惑かけないように、机の上に置かれた書類は触らないし、置いてあるものの位置もきちんと覚えて動かしたらまた元の位置に戻しているし。それなのに、どうして私じゃなくて、団長の部屋に初めて入るルルさんの方が安心して掃除を任せられるんですか!」


こんなグチのようなことをテオさんとシェリー様に話しても仕方ないのに、話し始めたら止まらなくなってしまった。


もしもこれでルルさんが団長の部屋を完璧に掃除して、それを見た団長がルルさんのことを気に入ってしまったら。もしかしたらルルさんを新しいお手伝いとして雇ってしまうかもしれない。そうしたら私は…。


「やっぱりクビですよ……」


ぽつり、と飛び出た言葉はとても小さくて弱いものだった。


「大丈夫よ、アリスちゃん。ここのお手伝いはアリスちゃんなんだから、しっかりしないと!」


シェリー様が励まそうとしてくれる。


「そうだよ、アリスちゃん」


コーヒーを飲みながら静かに私の話を聞いていたテオさんが持っていたマグカップを置いた。そして私に向けていつもの穏やかな笑顔を見せてくれる。


「団長がアリスちゃんのことをクビにするなんてありえないよ」

「そんなの分かりませんよ」

「分かるよ」

「どうしてですか?」


そうたずねる私にテオさんは言った。


「団長はアリスちゃんが好きだからさ」

「…………」


たしかに前、団長に食堂でキスをされた後にテオさんにそう言われたけれど、肝心の団長には何も言われていない。


「それはありえませんよ」

「どうして?」

「だってあの後、団長は特に何も言ってこないし」

「ああ…まぁ、それは確かに俺もどうかなとは思う…」


テオさんが滅多に見せることのないような困った表情で頭をかいた。


「でも、ちゃんと言うよ。団長だって子供じゃないんだ。今はまぁ…ちょっと待っててあげて。それに、絶対ありえないけど、もしも団長がアリスちゃんをクビにするようなことがあっても俺が抗議してあげるから大丈夫。クビになんてさせないよ」

「テオさん……」


いざとなると頼りになるのはやっぱりテオさんだ。


****


ルルさんに団長の仕事部屋の掃除の仕事をとられてしまったので手持無沙汰になってしまった。テオさんの部屋にコーヒーを届けに行きがてらお話でもしようと思ったけれど、シェリー様が来ていたので恋人同士の大切な時間をジャマしてはいけないと思って退散した。

食料の買い出しへ行くにはまだ少し早い時間だったけれど、やることもないので街の市場へ出かけることにした。


「おっ、アリスちゃん!今日はいつもより来るのが早いね~」


食べ物が並ぶ市場の通りを歩いていると、さっそくお肉屋の店主さんに声をかけられた。大きな丸いお腹がとても印象的だ。


今日のおすすめのお肉をきいてそれを大量に購入した。私一人では持って帰ることができないのでいつも通り詰所の裏口へ届けてもらえるようにお願いをする。その後も野菜や魚を見て回り、果物がお安くなっていたのでたくさん買った。


「買い物も終わちゃったなぁ…」


いつもよりだいぶ早く買い物も終わってしまった。これから詰所へ戻ってもやることはないしどうしようかと考える。せっかくだから父のお見舞いに病院へ寄っていこうかと思ったけれど、たしか今日は検査の日なので病室にいないことを思い出す。


のんびり歩いて帰ろう。


私は、少し遠回りをして街一番のファッションストリートを通ることにした。ある店に行きたかったからだ。しかし…………。


「あれ?なくなってる」


お目当てのお店の前に着いたとき、そのショーウィンドウを見て愕然とする。

そこにいつも飾られていた私お気に入りの花柄のワンピースがなくなっているのだ。服にしてはだいぶお高い値段だったから、なかなか買い手が付かなかったらしくもう数ヶ月も前からずっとこのショーウィンドウに飾らていた。


自分では決して買えない物だったから、それを見ながら着ている自分を想像するのが好きだったのに…。なくなってしまったということはとうとう買い手が見つかったということだろう。


「残念」


がっくりと肩を落とすと、「お嬢さん」と誰かに声をかけられた。顔を上げるとそこにはおしゃれなベストを着た白髪のおじいさんが立っていた。


「お嬢さん、ここに飾っていたワンピースをよく見ていた子だろ」

「え…あ、はい」


どうしてそれを知っているのだろう。


「ワシはこの店の店主でな。。ショーウィンドウを覗いているお嬢さんがお店の中からよーく見えてたよ」

「え?そうだったんですか?」


ぜんぜん気づかなかった。

それは恥ずかしい。


「ごめんなさい。いつも買わないで見てるだけで」

「構わないよ。見るのは自由だ」


そう言って、おじいさんは顔中をしわだらけにして笑った。


「あのワンピース売れちゃったんですね」


私が言うとおじいさんはこくりと頷いた。


「つい昨日だよ。第3護衛騎士団の団長様が恋人に買ってあげていたよ」

「…え?」


団長が、恋人に?

女の人が苦手なあの団長に恋人なんていたかな……。


「金髪の、すごく背が高い美人さんだったよ」


ああ、なるほど。

それはたぶんルルさんだ。


昨日といえばちょうど団長がルルさんに街の中を案内していた日だから、たぶんそのときに団長とルルさんがこの店に入ったのだろう。


それにしても…。


ルルさんが着ていた花柄のワンピースやっぱりここで買ったものだったんだ。しかも団長がどうしてルルさんに買ってあげたんだろう。高額なワンピースだけれど、お父さんが偉い人のルルさんならお金をたくさん持っているはず。わざわざ団長が買わなくても自分で買えばいいのに。どうして団長はルルさんにワンピースを買ってあげたんだろう。しかも、よりによって私の憧れの花柄ワンピースを…。


「あの団長様に恋人がいるとは思わなかったが、なかなかお似合いな二人だったよ」


なんだろう。なんだかとてもショックだ。どうしてか分からないけれど、すごくモヤモヤする。


私のお気に入りだった花柄のワンピースをルルさんに取られてしまったからだろうか。団長がルルさんに花柄のワンピースを買ってあげたからだろうか。恋人に間違われるほど団長とルルさんがお似合いだからだろうか。


「お嬢さん。また新しいワンピースを飾る予定だから見に来るといいよ」


なんだろう。

なぜかすごく胸が苦しい。

どうしてしまったのか、自分でも自分の気持ちがよく分からない。



※テオとシェリーの物語は「騎士団副団長とお嬢様」でどうぞ!


次回は団長視点です。

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