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「いつも悪いね、アリス。仕事忙しいだろう」


病室に飾ってある花瓶の花を差し換えていたら父に声を掛けられた。振り向くと、点滴をしたまま横になっている父がすまなそうに笑っている。


「なに言ってるの、父さん」


私は花を差し換える手を止めずに顔だけを父に向けると、なるべく明るい声を作った。


「そんなこと気にしないで、父さんは病気を治すことだけを考えればいいんだよ」

「…そうだな。早く元気になって退院しないとな」

「そうそう!」


今日はチューリップの花を持ってきた。詰所の中庭に今たくさん咲いているのだ。赤・ピンク・黄色・白・紫・オレンジと色とりどりに咲いていてとてもキレイだ。副団長のテオさんに聞いたらどうやらあのチューリップたちは私の前任のお手伝いさんが植えていったらしい。今は私がそれを引き継いでお世話をしている。


「おお、チューリップか」


花瓶の花を見て父が嬉しそうな声を出した。


「母さんの1番好きな花だったなぁ」

「そうなの?」

「ああ。よく母さんにプレゼントしたよ。プロポーズのときには紫色のチューリップの花束を母さんに渡したんだ。懐かしいなぁ」

「どうして紫なの?」


チューリップにはたくさんの色があるのになぜ父は紫色を選んだのだろう。母の好きな色だったのかな?


「アリスはチューリップの花言葉を知っているかい?」

「ううん、知らない」

「チューリップはね、花の色によってそれぞれ意味があるんだよ。紫は【永遠の愛】だ」


なるほど。だからプロポーズのときに父は紫色を選んだのか。


「父さん、ロマンチストだね」

「お、そうか?」


私と父は顔を見合わせて笑った。


母はチューリップの花が好きだったらしい。

こうして父から母の好きだったものを聞いたり、二人のエピソードを聞けることはとても嬉しい。


私は母のことをよく覚えていない。顔も写真でしか見たことがない。母は私が3歳のとき亡くなってしまったから。どうして亡くなってしまったのかを父は教えてくれないけれど。


母がチューリップの花を好きだったと知って、詰所の中庭に咲いているチューリップたちを今よりももっと大切に育てようと思った。


それにしても花の色によってそれぞれ込められた意味があるなんてとても素敵だ。他のチューリップの花の色にはどんな意味があるのだろう、と思ったときだった。ふと気になることを思い出してしまった。


「ねぇねぇ父さん。ちなみになんだけど、赤色のチューリップにはどんな意味があるの?」

「赤?そうだなぁ、赤はたしか【愛の告白】だったかな」

「……へ、へぇ~」


そう頷いた私の顔はたぶんかなりひきつっている。


父からチューリップの花の色に込められた意味なんて聞かなければよかった。おかげで大変な事実を知ってしまった。世の中には知らないほうが幸せなことはたくさんある。


なんてことをしてしまったのだろう……。


つい昨日、私は団長の仕事机に赤色のチューリップを一本、花瓶に入れて飾ってしまったのだ。書類ばかりの団長の机に少しでも癒しをあげたいと思い、中庭にたくさん咲いていたチューリップを飾ることにした。赤を選んだ理由はなんとなく団長といえば赤というイメージがあったので、その色を選んだのだけれど。


まさか赤色のチューリップに【愛の告白】なんて意味があったなんて。


どうしよう。詰所に帰ったらすぐに団長の机から赤色のチューリップを取ってこようか。いや、でも昨日置いたのだからもう手遅れだ。団長はきっとチューリップにもう気付いている。突然それがなくなったら逆におかしいかもしれない。


でも、あの団長がまさか花言葉なんて可愛らしいものを知っているはずがない。絶対にない。だってあの団長だ。いつも厳しくてこわい団長と花言葉ほど不釣合いなものはない。だからきっと赤色のチューリップの意味を気づいていないはず。


「だよねだよね、きっとそうだよね」

「ん?どうした、アリス?」

「あ・・え?ううん、何でもないよ~」


アハハ~と笑ってごまかした。


「そうえいばアリス。団長様にきちんとお礼を言っておいてくれたかな。このパジャマとても着心地がいんだ」

「あ…うん。もちろんお礼したよ」

「パジャマだけじゃなくて、他のお見舞い品もいつもありがとうございます、と伝えておいておくれよ」

「うんうん、分かった」


今ではすっかりお気に入りの父のパジャマの胸ポケットには有名ブランドのロゴが刺繍されている。先日、父のお見舞い品として団長が渡してくれたのだ。


「じゃあ父さん。私はそろそろ帰るね」

「ああ、いつもありがとうアリス。仕事、頑張るんだよ」

「うん。また来るね」


父さんに手を振って、私は病室を後にした。


****


みんなの前で団長にキスをされてからもう3か月が経っていた。忘れてしまいたい過去だ。あれから団長と私の関係はといえば、特に何も変わっていない。


思い出したくはないけれど、団長には2回キスをされた。1回目は起きてこない団長を起こしに行ったら二日酔いの団長に寝ぼけてキスをされた。2回目は朝食の時間の食堂で突然された。1回目は寝ぼけていたと思うからまぁ許すけれど、2回目の理由がまったくよく分からない。1回目のキスのことを私が忘れたと言ってとぼけていたら突然されたのだ。


なぜ……??


あれから、どうして団長は私にキスをしたのか必死になって考えた。考え抜いて出した答えは、団長のただの気まぐれだと思う。深い意味はない。そう思うことにした。


あのあとテオさんに団長は私のことが好きだと言われたけれど、団長は特に何も言ってこないし、私から聞くのも変なので、あやふやなまま今日にいたる。

けれど、あれからキスをされることはないし、団長の態度も変わらないので、あの2回のキスはこのまま闇に葬りたいと思う。なかったことにしよう。それがこの場合はとても良い解決方法だと思ったから。



「それなのにこれはマズいよね…」


病院から詰所へと戻り、私は中庭に咲くチューリップを見つめていた。


昨日、団長の仕事机に飾った赤色のチューリップに込められた意味が【愛の告白】なんて笑えない。もしも、もしもだけれど団長が花言葉を知っていたらどう思うだろうか。私がメッセージを込めて赤色のチューリップを団長に贈った、と思うのだろうか。


「…それはないよね」


団長と花ほど不釣合いなものはない。だからきっと大丈夫。団長は赤色のチューリップに込められた意味を知らない。


そもそも私だって今日初めて知ったのだから、あの赤色のチューリップには何の意味もない。ただ、詰所の中庭にキレイに咲いていて、団長のイメージが赤だったから飾っただけ。それ以上の意味はない。うんうん。


「アリスちゃん!!」

「うおわっ!」


突然後ろから声を掛けられて振り返れば、そこにはタモン君の姿があった。

タモン君は私より一つ年下の18歳。去年、ここ第3護衛騎士団に入団した騎士見習いだ。細くてさらさらな茶色の髪に色白の肌、顔もまるで女の子みたいに可愛らしいけれど、剣の実力は新人の中では1番らしい。

普段から私の仕事を手伝ってくれたり、話しかけたりしてくれるから、私はタモン君のことをまるで弟のように思っている。


「さっきから声かけてたんだけど、気付かなかった?」

「わわ、ごめんね。考え事していて」

「難しそうな顔してチューリップ見てたからね、アリスちゃん」


そう言って、タモン君は屈むとチューリップの花びらをちょんと手で触った。


「今年もキレイに咲いているね」

「そうだね」

「団長の仕事机にも飾ったの?」

「…え?」


タモン君の言葉に私は思わず聞き返してしまった。


「さっき団長の部屋に行ったら赤色のチューリップの花が飾ってあったから。アリスちゃんが置いたんでしょ?」

「え…ああ、うん。そう…かな」


するとタモン君はニヤニヤと笑い出した。


「アリスちゃん知ってる?赤色のチューリップの花言葉は【愛の告白】なんだよ」


ぎくり。

と、心臓が跳ねた。


「あ、ああ、そうなんだ。そんな意味があるんだ。へぇ~。知らなかったなぁ。うん、私、今初めて知った!」


明らかに不審な返事になってしまった。

そんな私を面白そうに見ながらタモン君はやっぱりニヤニヤと笑っている。


「なんだ。僕はてっきり知っていてアリスちゃんが団長に贈ったのかと思ったけど、知らなかったんだ」

「え…、うん、そうだよ。知らなかった。ぜんぜん知らないで団長に贈った」

「そっか」

「そうそう!……ところでタモン君。団長に教えた?」

「何を?」

「赤色のチューリップの花言葉……」


恐る恐るたずねると、タモンはやっぱりしばらくニヤニヤと笑っていて。


どうしよう。団長が花言葉の意味を知らなくても、タモン君が教えてしまったら知ってしまう。私が【愛の告白】という意味を持った赤色のチューリップを団長の仕事机に飾ったなんて、絶対に団長には気付かれたくない。


「教えるわけないじゃん」


と、タモン君の声がした。


「教えてないよ。大丈夫」


ニヤニヤとした笑いから、いつものタモン君の爽やかな笑みになっていた。


「よかった~」


私はホッと胸となでおろした。


タモン君が教えていないということは、団長は赤色のチューリップの意味に気が付いてはいない。


病院で父からチューリップの花言葉を聞いてしまったばかりにいらない心配をしてヒヤヒヤしてしまった。


――――私は、団長とはこのままの関係でいたい。


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