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結局、私と団長が詰所を出たとき時間は12時を過ぎてしまっていた。
目的のお店の前に辿り着くと、雨だというのにすでにたくさんの行列ができている。
「並んでますね、団長」
そう声を掛けると団長は無言のまま歩き出し、人が並んでいるというのにお店の中に入ろうとする。
「団長!並ばないと入れませんよ!」
なに普通に入ろうとしているんだこの人。この行列が見えていないのだろうか。
一方、団長はいつも通りの余裕の表情で私を振り返る。
「店員に言って先に入れてもらう。お前も着いて来い」
「え?それはさすがにダメですよ。順番はきちんと守らないと」
「いいんだよ、俺は。黙ってついてこい」
「よくないですよ。みんなこの雨の中ちゃんと並んでいるんですよ。その人たちよりも先に入るなんていけませんよ」
「うるせぇな。じゃあお前だけ並んでろ。俺は先に入るから」
なんだそれは。
どうして一緒に来たのに片方が先に店に入って、片方が並んで店に入らないといけないのだ。相変わらず団長はめちゃくちゃな人だ。
「予約してあんだよ。お前の遅刻のせいで遅れたが、まぁ大丈夫だろう」
「え?ああ、そうなんですね」
それならそうときちんと言ってくれればいいのに。ややこしい言い方をするから勘違いをしてしまった。
それなら先に入ってもいいよね、と私は慌てて団長の後を追いかけて店の中に入った。
さすが人気店だけあって店内はとても綺麗だ。白一色に統一された部屋はとても爽やかで、テーブルの上にある小さな丸い花瓶には色とりどりの花が飾られている。
「可愛いですね、このお店」
窓際の席に通されイスに腰掛けると、私はうっとりとしながらそう言った。しかし、目の前に座る団長から返って来た返事は「そうか」というとてもあっさりとしたものだった。その反応、分かっていたけどね。
「いらっしゃいませ。メニューはお決まりですか?」
しばらくすると若い女性の店員さんが注文をとりにやって来た。と、団長は店員さんに視線を合わせようとはせずに私を見る。
「好きなの頼め」
ぶっきらぼうにそう告げる団長。なるほど、たとえお店の店員さんだとしてもどうやら団長の女性苦手は変わらないらしい。そんな団長のかわりに私が注文をする。
「シュークリームとアイスティーください。団長も同じでいいですよね?」
団長が黙ってうなずく。
「じゃあそれを2つずつで」
「かしこまりました」
そう告げると、女性の店員さんは離れていった。
周りを見渡すと、スイーツ店ということもあり客には女性が多い。私が楽しみにしていたシュークリームを食べている人もいれば、ショートケーキやチーズケーキ、フルーツタルトなど美味しそうなケーキがどのテーブルにも乗っている。女性客に比べて男性客はちらほらといるだけで、どの人も女性と一緒に来ているようだった。おそらく恋人同士のデートなのだろう。
恋人…。
私と団長はどうなのだろう。これはデートというものなのだろうか。目の前に座る団長を見れば、腕を組みながら窓の外を見つめている。おしゃれなスイーツ店に団長という組み合わせはやはりちょっと違和感がある。以前の団長の誕生日のときにも思ったけれど、団長とスイーツはやはり似合わない。けれど、甘いものは嫌いではないらしく誕生日のときも団長はケーキを残さずに食べてくれた。
今日は、本当ならウェルさんと一緒に来るはずだったのだけれど断られてしまったので、その原因を作った団長が代わりに連れて来てくれた。つい一週間ほど前の出来事を思い出す。団長が私に好きだと言ってくれた日のことだ。
思い出して、ポッと顔が赤くなるのを感じる。今でもやっぱり信じられない。団長が私のことを好きだなんて。
思えば、あのとき私はただ驚いてしまって返事をきちんとできなかった。好きだ言ってくれた団長に、私はチューリップの花をにぎりしめて頷いただけで、自分も団長のことが好きだと言えていない。
団長はどう捉えたのだろう。あの告白から私たちに特に変わったことはない。仕事中もいつも通り私は団長に怒られ続けているし。というか、今朝も説教をされたばかりだ…。
お互い好きだと認め合えば恋人という関係に変わる。恋人だからって特別に何をするのか、今までそういう存在がいたことのない恋愛初心者の私にはさっぱり分からない。
私と団長は今までと何も変わっていない。団長が私を好きだと知っただけで、団長は私の気持ちに気付いてくれたのだろうか。
私も団長のことが好きなのだけれど……。
やはりしっかりと確認をした方がいいのかもしれない。私と団長って恋人なんですか?と…。って、そんなこと聞いてもいいのだろうか。このお店で仲睦まじく向かい合ってケーキを食べている恋人たちはどうやって恋人らしくなっていったのだろう。分からない。恋愛初心者過ぎてもうまったく分からない。
分からないのならやはり聞いた方がいい。
「団長!」
目の前の団長に声をかけると、「ん?」と返事をしながら窓の外に向けられていた視線が私に向けられる。
「あの…えっと…その…私と団長なんですけど、」
「ほら、やっぱりあれ団長様だって!」
私が続きの言葉を言おうとしたとき、近くから別の女性の声が聞こえてきた。
「ねぇ、あそこにいるのやっぱり団長様よ」
「本当。こんなに近くで初めて見た」
「やっぱりかっこいいわよね。ほら、今日の服装いつもの制服じゃなくて私服かしら」
「私服姿もかっこいい~」
「ねぇ、一緒にいる女の子誰?もしかして、彼女?」
「うそー!ショックなんだけど」
「バカねぇ。あの女の子のことよく見なさいよ。あの団長様があんなチンチクリンな子を彼女にするわけないでしょ」
「そうよねぇ。あの団長様があんなどこにでもいるような普通の子と付き合うわけないわよね」
「そうそう。団長様に釣り合うのは貴族のご令嬢様とかもっと美人な女性よ」
「じゃあ、あの子は誰?」
「さあ?…誰かしら?妹?…でも、団長様に妹がいるとは聞いたことがないし。顔もぜんぜん似てないわよね」
「なんであんな子が団長様と一緒にいるの。なんか納得いかない」
小声で話しているつもりらしいが、全部こちらに丸聞こえだ。しかも私の言われよう最悪じゃないか。でも、それはそうだよね。忘れていたけれど、団長は街の女性たちからしたら憧れの男性なのだから。
人気者も大変だ。そして人気者と一緒にいるこの私はもっと大変だ。チンチクリンってなんだよ…。せっかく美味しいシュークリームを食べに来たのに、食べる前から心が沈んでしまう。
「おい」
しょんぼりと肩を落とす私に団長の声が聞こえた。顔を上げると、団長の視線は私ではなくどこか違うところを見ている。その視線を辿るとそこには4人の女性がテーブルを囲むように座っていた。突然、団長に声をかけられた女性たちの表情がぱあっと明るくなるのが分かった。
「俺が誰といようとべつにいいだろ」
まるで詰所の中での私に対するときと同じような口調で団長はそう告げる。まさか自分たちの会話がこちらに聞こえていると思っていなかったのだろう、団長のその言葉に4人の女性たちは顔を見合わせると焦ったような表情を見せる。が、団長はさらに言葉を続ける。
「こそこそうるせぇんだよ。今後そういうこと言われたくねぇから教えといてやるけど、こいつは俺の女だ」
その言葉に一番驚いたのはたぶん4人の女性たちではなくこの私だ。ぽかーんと口をあけて団長を見つめる。するとそんな私に視線を向けた団長が言う。
「なんだお前のそのアホ面。ああ、それがいつもの顔か」
たぶんとても失礼なことを言われているのだろうけれど、まったく頭に入ってこない。それよりもさっきの団長の『俺の女』という言葉が頭の中で繰り返される。
今まさに聞こうとしていたことを聞く前に団長から答えをもらってしまった。どうやら私は団長の女らしい。つまり、私たちは恋人なのだ。そしてこれはデート。店内で仲睦まじくケーキを食べている恋人たちと同じ。
するとなんだか一気に緊張してしまう。目の前に座る団長をちらりと見れば、団長と目が合ってしまって慌ててそらす。何を今さら意識しているんだ自分。
「お待たせしました。シュークリームとアイスティーになります」
テーブルの上にずっと食べたかったシュークリームがやってくる。ふっくらとした生地から甘い香りが漂ってきて、すごく幸せな気持ちになった。




