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朝からあいにくの雨だった。


昨日まであんなに晴れていたのに、どうして今日に限って雨なのだろう。窓の外を見つめながら思わずため息がこぼれる。けれど、どんなに憂鬱な気分になっていても天気は変わらない。諦めよう。


クローゼットを開けるとそこから新品の水玉模様のワンピースを取り出した。いつも着ているお手伝い用のあずき色の地味ワンピースを脱ぐと、それに着替える。全身鏡に映る自分の姿を見て、思わず笑顔がこぼれた。


「うん!可愛い!すごく可愛い!」


いえ、決して自分で自分を可愛いと言っているわけではない。自分が身に着けている水玉模様のワンピースのことを言っているのだ。

白い生地にたくさんの色の水玉模様が描かれたワンピース。袖と裾にはふりふりのレースがついていて、襟元にはパールが輝いている。生地もとても良い素材を使っていて皺がまったくできない。間違いなく私が持っている服の中では1番高いものだ。たぶん私の給料の一か月分くらいの値段だと思う。


シュークリーム一つ買うのですらためらってしまう私である。それよりももっと高いこの水玉模様のワンピースはもちろん自分で買ったものではない。ではなぜ持っているのかって?もちろん盗んだわけではない。当たり前か。


団長から貰ったのだ。


先日、団長がルルさんに買った花柄のワンピースが、実は私が以前から欲しかった憧れのワンピースだということを話したせいなのかもしれない。その次の日、突然私の部屋に来た団長が、この水玉模様のワンピースを投げつけて無言で部屋を後にしたのだ。

床に落ちているワンピースを手に取ればどうやらまだ新品で、私が欲しかった花柄のワンピースと同じブランドの最新作だった。つまり、あの団長が私にワンピースをプレゼントしてくれたのだ。渡し方は、まるでゴミを捨てるかのように雑に放り投げられたけれど…。でも逆に、団長から『アリスへプレゼントだよ』なんてご丁寧にラッピングされたものを渡された方が困ってしまう。団長、熱でもあるのかな?と心配になりそうだ。


渡され方はともかく、団長が私にワンピースを買ってくれたことが素直に嬉しかった。だから、今日はこの水玉模様のワンピースを着て出掛けるのだ!


「髪型どうしようかなぁ」


鏡の前の自分を見つめる。今は普段のようにお団子にしているけれど、せっかくなのだからおろしていこうかな。と、ゴムできつくしばってある髪をほどく。胸より少し下までの長さの髪はくるくるとウェーブしているのだが、決しておしゃれパーマではない。これはただの天然パーマだ。くしでとかしても何をしてもどうしてもくるくるとしてしまうからもう諦めている。


「これでいいか」


それでも髪の毛をキレイに整え、鏡の前の自分に頷く。そして、水玉模様のワンピースを着た女の子に笑いかけるのだ。今日だけは、男だけのむさ苦しい詰所のお手伝いである自分を忘れよう。今日の私は可愛い洋服を着た19歳の女の子だ。


部屋の壁にかけられた時計をちらりと見る。午前10時5分ちょっと過ぎ。約束の時間の11時まであと1時間ほどあるのだが、まだそんなに余裕たっぷりなのかな、と少しだけ疑問に思う。


今朝はいつも通りの時間に起きると、団員さんたちの服の洗濯をしてから、朝食の準備をした。団員さん全員が食べ終わるのを見届けてから自分も朝食をとり、あと片付けをしてから、昼食の準備をした。お手伝いの私には完全な休日というものはなくて、洗濯と料理だけは毎日欠かさずにこなさないといけないのだ。その分、休日手当てということで給料に上乗せしてもらえるので休みに関してはまったく不満はない。


昼食の準備を終えたときに一度時間を確認したら、食堂の時計は午前10時ちょうどを指していた。それから自室へと戻りワンピースに着替え髪を整えたのだけれど、その一連の行動に私はたったの5分しか時間を使っていないということになる。


「……?」


そんな短時間でこの私がお出掛けの準備を完成させられるだろうか?張り切り過ぎてものすごいスピードで動いていたということだろうか?時計がそう示しているのだからそうなのだろう。うん。


とりあえず約束の時間までにはまだ余裕がある。少し寝ようかな、とあくびをしながらベッドに寝転がった。シーンと静まる部屋に雨音が響く。どうやら雨は降りやむ気配をみせずに、むしろ少しずつ強くなっているとさえ感じる。せっかくの新品のワンピースなのにこれでは雨に濡れてしまう。どうしてよりによってお出掛けの予定のある今日が雨なのだろう。そう思い、ふと子供の頃に父に言われた言葉を思い出した。


『アリスは雨女だからなぁ』


そうだった。私は雨女だった。


スクールに通っていたとき、みんなでハイキングへ行くことになったのだけれど私はそれを一週間前からすごく楽しみにしていた。が、当日雨で中止になった。次に予定をした日にもまた雨が降り中止になり、結局ハイキングが行われることはなかった。他にも、父がまだ病気にならずに元気だった頃、バラのキレイな庭園へ連れて行ってもらえることになり喜んだのだけれど、当日はあいにくの大雨で庭園が臨時休園になり入ることができなかった。他にも例をあげるとたくさんある。つまり、私が何かを楽しみにしているとその日は必ず雨が降るのだ。


そして、今日も例にもれずに雨である…。ということは、私は今日の日のことを楽しみにしていたということなのだろうか。私が楽しみにしていたから雨女の力を発揮してしまい雨が降った。楽しみだとは意識していなかったけれど、そうか、私は今日の日のことを実は楽しみにしていたのか。そして何を楽しみにしていたのかというと、今日は団長とシュークリームを食べに行くのだ。


あの告白から一週間……。


ちなみに詰所のお手伝いさんの体験をしていたルルさんは王都に帰ってしまった。帰る日に少しだけお話をしたけれど、もう詰所で働きたいとは思っていないらしい。とりあえず私のお手伝いライバルはいなくなり、クビにならずにすみそうだ。よかった。


王都という都会に住むお嬢様のルルさんから、この詰所で働きたいと言われたときはなぜだろうと疑問に思ったけれど、今ならそれが分かった。ルルさんは団長のことが好きだからそばにいたかったのだろう。けれど、告白をしてフラれてしまった。もう団長のことは諦めたのだろうか。分からないけれど、帰るときのルルさんの表情は初めてここへ来たときよりもどこか寂しそうだった。


恋愛経験がほぼない私には失恋の気持ちがまだよく分からない。


それにしても、ルルさんみたいな素敵な女性をフるなんて、団長はなんて贅沢なのだろう。私がもしも団長ならルルさんみたいな美人に告白されたら嬉しくてすぐにOKするのに、なんてもったいない。団長が選んだのはルルさんみたいなスーパー美人お嬢様ではなくて、こんなどこにでもいるような平凡女の私だなんて…。と、つい一週間ほど前の団長の言葉を思い出す。


好きだ、とあんなにストレートに言われるとは思わなかった。今でもあのときのことを思い出すと胸がドキドキしてしまう。これから二人でシュークリームを食べに行くというのに、普通に団長と接することができるだろうか……。



「アリスッ!!!」


バタン、という音と共に部屋の扉がものすごい勢いで開けられた。突然のことに驚いて、寝転がっていた体を慌てて起こす。すると、部屋の入口にはいつもの制服姿ではなく私服姿の団長の姿があった。そしてなぜか睨まれていて、おそらくその表情は怒っている。


「団長…どうしました?」


なぜ怒っているのだろう。何かしてしまっただろうか。いや、何もしていない。朝食のときもいつも通りに『おはようございます』と挨拶をしただけで特に会話をしていないし、団長はいつも通り朝食を食べて部屋に戻っていった。それから今まで顔を合わせてはいないので団長を怒らせてしまうような私の問題行動は見当たらない。では、なぜ団長が怒っているのか…。まったくよく分からない私に向かって団長は低い声で告げる。


「アリス。お前、この俺を15分も待たせるとはいい度胸してるな。どうしたかと思って来てみればベッドで呑気に寝てやがる。物覚えが悪いのは以前からよく知っているが、まさか今日の予定までお前は忘れたのか」


さすがに今日の予定はしっかりと覚えている。忘れるわけがない。今日は団長がシュークリームのお店に連れて行ってくれる日。でも、約束は11時に詰所の門に集合のはずで、その時間までまだ約1時間もあるはずなのに…と再び壁の時計を確認する。


「……?」


おかしい。さきほど、ちらりと見たときと針の位置がまったく同じだ。長針も短針も秒針もぴったりと同じ位置にあり、変わらず10時5分30秒を指している。


そこでようやく状況を理解した。

もしかして、時計止まってる?


部屋の入口で腕を組んで私を睨んでいる団長へとおそるおそる視線を移し、そっと声をかける。


「…すみません、団長。今、何時ですか?」


すると団長は大きなため息をはくと、ずかずかと部屋の中に入って来た。そして私が座っているベッドの隣に腰を降ろすと、袖をまくり腕にはめている時計を私の目の高さに持ってきた。自分で確認しろということだろう。団長の腕時計で時間を確かめる。


「……」


午前11時15分。


……やってしまった。


隣に座る団長へと視線を移せば、その目が私を鋭く睨んでいる。これはマズい。これは団長の雷が落ちる前段階だ。


「すみません団長。壁にかかっておりますあちらの時計をまずは見てもらえますか?」


私が指さす方向に団長の視線が移動する。


「…ご覧の通り時計が止まってしまったようで、同時にこの部屋の時も止まりました」


その後、やっぱり私はいつものように団長からお説教をされることになった。ついさっきまで、団長とのお出掛けにドキドキしていた私だけれど、このお説教のせいでそんな気持ちはどこかへ消えてしまった…。


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