牡丹雪と和菓子と俺
※あらすじと同じ内容です。
二月五日、関東でも雪が舞いました。
小説家になろうでお友達になって頂いたむみょう様とやり取りをしている時に、むみょう様が仰った言葉から竹野が即興で作り出しました。
以下、メッセから抜きだした原文です。
「牡丹雪が降ってます。はらはら庭に降りて来てすごく幻想的で…」
「緑茶と和菓子でお茶してあったまります…」
この二つの素敵な言葉を贈って下さったむみょう様に多大な感謝をすると共に原案者という事を御理解くださいませ。
竹野的にはメッセだけのつもりで投稿するつもりは無かったのですが、ぜひ投稿を、と言ってくださり、加筆修正し、投稿致しました。
なお、竹野の頭の中で、ふたつの言葉から連想しましたので、作中の人物含め、無明様とも竹野とも一切関係ない事をここに記載しておきます。
それでは滅多に降らない関東の雪の日の御話をどうぞご堪能くださいませ。
牡丹雪と和菓子と俺
はらり、はらりと、空から舞い落ちる白い重みと水分をたっぷりと含んだそれは、俺の目に、まるで牡丹の花びらのように見えた。
空にある大輪の白い牡丹の数々から、惜しげも無く離れて来た花びらは、確実に世界を、俺の住まう周囲を、日本を、白く染めて行く。
窓の外にある茶色のプラスチックで出来た縁側もその色をすっかりと潜め、次から次へと舞い落ちる花びらによって、白く薄っすらと盛り上がっていた。
滅多に降らない雪だというのに、子供の時のような高揚感はここに無く、ただ、隙間風の入る我が家にとって、その白い花びらの到来はあまり喜ばしくは無かった。
けれど、やはり、ほんの少しだけ、心が弾む。
洗濯物が干された窓ガラスの残された狭い空間から望む、それは、やはり美しく胸に何か込み上げる物があった。
だからなのかも知れないが、不意に和菓子があったのだと思い出す。
母は買い物のついでに不意に和菓子や洋菓子を買ってくる。
それは台所のテーブルへと放置され、誰がいつ食べても、誰も文句を言わないのが我が家のルールだった。
例に漏れず俺も弟も小腹が空いた時などに、思い付いたようにそれを摘まみ、夕食までの腹ごなしにする。
ただ、今は特別空腹な訳じゃない。
昨夜見た母の買ってきた和菓子は薄っぺらい透明な容器へと入っており、輪ゴムで閉じられていた。
その時はただ「ああ、饅頭だ」としか思わず、けれど、今、外を見ていてそれが無性に食べたくなった。
そこを離れ難いと思うのは、離れている間に止んでしまうのではないかと言う想いからだった。
けれど一度思い立つと、どうしてもやりたくなる性分なので、台所へと足を運ぶ事にする。
廊下へと続く擦りガラスに格子の木枠が付いた引き戸を開ければ、隙間風が入るとは言え、暖房を付けていた室内とは打って変わり、しんっと冷えた空気が充満している。
ぺたり、と木の板が張られた廊下へと足を乗せれば、ひやり、と驚く程に冷たく、つま先立ちで台所へと急ぐ。
先ほど開けた引き戸よりはいくらかシンプルな、けれど、擦りガラスの台所の入口を開ければ、北側という事と曇天のおかげで中は薄暗かった。
それでも勝手知ったる我が家なので、明かりを点けずに、まずは食器棚へと向かった。
湯呑みと急須、それに茶葉が入った千代紙が貼られた缶を取り出し、いそいそとお茶の準備をする。
缶を開けようとすれば、ふと、どうせならばと、とっておきの緑茶があった事を思い出し、缶を置いて戸棚を漁れば、それは奥の方に隠すようにしまってあった。
母が怒鳴る姿をほんの少しだけ思い浮かべながらも、鋏できちんと一直線に封を開け、急須に適当に入れてからポットのお湯を注ぎ、じっくりと蒸らす為に蓋をした。
食器棚と電子レンジの隙間に入っている丸盆に用意した和菓子と共に、それらを乗せ、手にしたままひやりとする廊下を戻れば、開けた先の暖かい室内から望む窓の外には変わらぬ一定の速度と間隔を保ったまま、白い花びらが相変わらず落ちてきていた。
こたつの天板へとそれを置き、窓の外の、はらり、はらりと落ちるそれを見ながら、じっくりとお茶が蒸されるのを待つ。
小さな皿に乗せた和菓子は、大変美味しそうで、早く食べたいと脳が目を通して指示を出した。
それにごくりと喉を鳴らし、もうそろそろ頃合いだろうと急須を傾ければ鮮やかな薄緑とそれから漂う青臭い芳しい香りがする。
湯呑みに入ったそれから昇る白い湯気が、この部屋の寒さを、より一層強く主張していて、思わず苦笑いを浮かべた。
湯呑みを持ち上げ、ずずっと、まだ熱いそれを啜ってから、おもむろに和菓子へと手を伸ばす。
昨日母がが買ってきたそれは、偶然なのだが、この日には最も相応しいだろうと感じた。
透明なビニールを外し白いごつごつとした子供の拳ほどのそれを齧る。
指先には薄い皮から、その奥に潜む餡子が、垣間見えている部分がある。
それはそこだけじゃなく、和菓子全体が、そうだと言える。
空から舞い落ちる白い牡丹の花びらを見ながら、思い出し、颯爽と取りに行く事を決めたその和菓子の名は、吹雪、と言う。
本当に吹雪になれば、こんな風に地面を表す餡子は見えないだろうけれど、今日のような緩やかに量を増やして、じっとりと土を隠す牡丹雪には打って付けだと思った。
齧った部分は、白よりも餡子が多く見えており、明日にはきっとこうなっているだろうな、と思いながら、嗚呼やはり今日のこの天気には、滅多に降らぬ花びらには、明日には消えるそれには、これが一番似合っていると笑みを漏らした。
空にある白い牡丹の花はさほど多くなかったようで、一人きりの贅沢を終え、しばらくすれば花びらが舞い落ちる事は無くなった。
それで、良い。
明日は大学の講義があるのだから、そうでなくては、困るのだ。
永遠に枯れぬ牡丹などあり得ない。
造花には無い自然の物だからこそ、美しいのだ。
だから、それで、良い。
真冬に咲く大輪のたくさんの白い牡丹は、その日限り咲き誇ったのだった。
終
最後にむみょう様のマイページを載せさせて頂きます。
とても素敵な作品を書かれてますので、どうぞ、ご覧くださいませ。
http://mypage.syosetu.com/317350/