現代の神は意外と身近に居た罠☆
「あはは~。麗しの闇、輝かしき闇姫様の御心に背く莫迦は死んじゃいなさ~い」
無邪気とすら取れる殺害宣言に、其の場の全員が戦慄した。
人を害する異種族――――――主人公一行が山間に在る村を恐怖で支配する異種族討伐の為其処へ向かうと云うのが今回の話だ。そして、害意持つ獣型異種族を主人公達が追いつめた時、其れは現れた。
豊満な胸に愛らしい容貌の小柄な女性。其の身を包むドレスはたっぷりした袖に引き絞られたウェストと大きく膨らんだ長いスカート。ハンドベルの様なシルエットの其れは繊細で上質であろう生地をたっぷりと使われている。たっぷりとギャザーを寄せられ花開く様に作られた袖は七分の長さ。其処から伸びる腕は滑らかなミルク色。そして、其れに繋がる繊手に握られているのは――――――銀の煌めき。掌程の長さで赤ん坊の小指程の太さを持つ其れは、両端が鋭く尖り、剣呑な輝きを放つ。
「お前ね~、麗しの闇姫様の御心を蔑ろにする莫迦は?」
童顔なのに怖い。
柔らかな微笑みに害意を漲らせ、其の異種族は主人公達の頭上に現れた。
濃紺の衣を美麗に舞わせ、女異種族は眼下の獣型異種族を睥睨する。
「闇姫様は不必要な力を振るう事を厭うておられるのよ~? お前、其れを知らない訳が無いでしょ~」
女異種族の口の端が引きあがり、其の繊手が閃いた。
刹那、獣型異種族の体に無数の銀が突き刺さる。
ぐがあと苦しげに吠え、痛みにのたうち回る敵の姿に、主人公達が疑問の声を上げれば、女異種族は何の価値も無い存在を見る様に其方へ目を向け呟いた。
「莫迦の始末に弱い生き物を駆り出す訳にはいかないの~。美しく麗しい彼の方の御心を煩わせるかもしれないから~」
其れ以上の言葉をかける気は無いらしい女異種族は、いっそ楽しげに獣型異種族を始末すると其の場から消えたのだった。
エンディングが流れる画面を見ながら、彼女は級友に思いをはせる。
此の異種族が、お気に入りだったっけ。
紋章まで自作する思い入れはかつての配下を思い出し僅かにヒクのだが、彼女は少女の真っ直ぐ差は嫌いではなかった。
「それにしても、此の子はこんな事迄してくれていたのねー……」
気遣い屋さんなんだから、と過去を思い、彼女は微笑ましく感じる心の儘に笑みを浮かべた。
まるでレディースメイドの様に付き従い微に入り細に入り彼女の世話をしていたあの異種族は、アニメファンの間でメイド様と呼ばれているらしい。
闇姫様の最強メイド様。
「……純粋に喜びそうだし、周り中に触れ回って自慢しそうね」
彼女はそう呟いてテレビの電源を落とした。
晴れやかな空だ。
晴れ渡った空だ。
繁華街に相応しく、人が多く歩いている。
様々な色合い。
様々な装い。
流れる水の様に道路を車が歩道を人が行き来する。
世界に名だたる街として相応しい賑わいだ。
そして。
「あ~! こっちだね~」
そんな流れの中を、二人は歩いていた。
道の上を滑るキャリーバッグはまるで長期の海外旅行にでも行くのかと思う様な大きさで、しかもそれを二つも引き摺っている上に多いなボストンバッグを二つ程抱えている……一人で。そんな童顔少女の姿は多少ならざる奇異さを発している為か時折行き過ぎる人に好奇の視線を向けられていた。
「箕輪、さん?」
まるで引っ越しでもしているのかと云う様な大荷物を抱える級友に、彼女は僅かに引きつった苦笑を浮かべた。
「あの、ね? 私も持つから……」
「だめだめ~!!!」
とんでもない!と全身全霊で拒否されて、彼女は小さく溜息を吐く。
先程から、此れの繰り返しだった。
坂の多い此の街の土地柄、大荷物を引き摺る小柄な女子と云うのは非常に大変そうに見える。其の上一緒に歩いているのが軽装な上荷物らしい荷物を持って居ないとなれば……周囲から時折向けられる何あの子的な視線に、彼女は流石に疲弊していた。だが、相手は頑なに荷物を持たせない処か入念に手元の画面をチェックし、最短距離を行こうと意気揚々として歩いている。
「そんなに楽しみだったの」
些か呆れを含ませた声音で呟けば、先を行く少女は満面の笑みで力一杯頷いた。
「当たり前じゃない~! 神降臨に立ち会えるなんて生きててよかったよ~!!!」
きゃっほい、と云う太字のファンシー系ロゴが見える勢いで云った後、一瞬しまったと云う表情を浮かべた少女は即座に動揺を理性で洗い流しにっこりと笑う。そんな級友の心の動きに気が付く事無く、彼女は小さく神と呟いた。
「うん~。ものすうっごく凄い人の事をね~神って云うんだ~」
「そうなの」
ぱちりと瞬きする彼女へさっくりと頷き、少女は元気に歩きながら今回の場合はね~と言を継ぐ。
「結構有名なレイヤーさんが来るから楽しみなの~。異種族陣営の有名処がみ~んな来るって~!」
成程。
彼女が心中で納得する。
級友にとっての有名人が集まると云うのなら、其れは楽しみで気持ちも盛り上がるだろう。しかもそう云う人が多く来るのであれば、初めて参加する人間なぞ誰の目にも止まる事は無いに違いない。
内心安堵の息を吐きつつ、でも。と彼女は思う。
「燥ぎ過ぎて道を間違ったりしないでね?」
静かに小さな釘を刺した彼女の言葉に大丈夫と返し、少女は良い笑顔である建物を指さした。
「此処だから!」
其処は、ビルだった。
飾り気のないコンクリート剥き出しのビル。其の心寂しい入り口に向かって迷いなく入っていく少女の後を追い、彼女は人気のないエレベーターホールへ入った。
途端に。
「あー! お久しぶりですう!」
「ぎゃあ! 神メイド様降臨~!!!」
「やっぱり参加するんですねえ! キタコレ!」
「きゃあああ! 童顔豊乳最高!」
「おおお! 参加してよかった! prpr!」
「え?! 神メイド様降臨!? 衣装チェンジしなきゃ?!」
大凡女声で構成された声の奔流に、彼女は愕然と立ち尽くした。
人、人、人。
女性の姿が目立つが、男性もそれなりに混ざっている。皆トレードマークの様に大きなキャリーバッグやらボストンバッグを持ち、エレベーター前に其々コロニーを形成し佇んでいた。そんな人達が興奮した様に発する声の先には、にこにこ笑って軽く言葉を交わしている級友の姿がある。一種異様な雰囲気に其処から一歩も動けなくなった彼女は、思わず黙って踵を返した。
刹那。
ぽん、と彼女の肩に乗る重み。
「あはは~。何処に行くのかな~」
ちらり、と彼女が動かした視線の先に、先程迄人に囲まれていた筈の級友の満面の笑みがあった。
「……一寸急用が」
「ないよね~」
うふふあはは。
逃げたい笑顔と逃がさない笑みが真っ向から対峙する。
「メイド様~! 先上がりますね~!!!」
「楽しみにしてます~!」
「お連れの方も待ってますからね~!」
気さくに声をかけながら、着いたばかりのエレベータに人々は大荷物を引きながら乗り込んでいった。二つしかないが業務用らしいエレベーターは大きく、其の場にいた全員を軽く呑み込んでいく。
「うん~後で~」
にこやかに彼女の肩を捉えた手とは反対の手を振る少女へそういえばと云う様にエレベーター内から声が飛ぶ。
「お連れの方は何やるんですか~?」
其の声に。
にやりと閃く様に笑った少女は清らかな笑顔を満面に浮かべ、閉じ行くエレベーターへ向けて彼女の体をくるりと向けた。
「勿論、闇姫様だよ~」
少女の声と、彼女の顔。
其の二つを認識した刹那。
「「「「「「「ぁいえええええええええええええええええ?!」」」」」
形容し難い絶叫がエレベーターから迸る。扉が閉まった後も暫く余韻の様に響く其の声に、彼女は心底驚き瞠目し、少女は満足げに嗤う。獰猛とも取れるだろう其の笑みは、彼女の目に留まる前に掻き消え何時もの楽しげな笑顔が宿っていた。
「えっと」
彼女が呟く。
「有名、なの?」
主語の無い問いだが、少女は的確に質問の意味を汲み取り無邪気に頷いた。
「異種族レイヤーって全体人口考えると少ないからね~。なんか、メイド様なら此の人的な感じに~」
てへぺろ。
星やハートが舞い散りそうな軽い声音に、彼女は嫌な予感の儘言葉を紡ぐ。
「もしかして……大注目される、のかしら」
まさかね違うでしょと視線で否定を期待する彼女へ、少女は今日一番の笑顔を浮かべて笑う。
「うん~! 勿論だよ~!」
明るい声音に彼女は思わず膝から崩れ落ちたのだった(心象風景)。
初めての仮装で周り中の注目浴びまくりって……?!
彼女の慟哭は、心の内でのみ響き渡ったのだった……。