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乗り越えたと思っていた壁が実は単なる階段の一段だった罠☆

 いい加減見続ければ、慣れるものだ。

「怖いわ~」

 彼女は画面を追いながら、小さく呟く。

 最早放映を見続けて幾十日。大河ドラマの様相すら呈して来た此のアニメは、一種の国民的人気を不動のものにしていた。

 見た事無いけど知っている。ジャンル違いの人間でもそんな人が多く、巷に溢れる此のアニメ関連の映像グッズ諸々はもう風景の一種だ。

 慣れ、と云うものは早かれ遅かれ万物に平等に訪れるもので、彼女は此の現状に漸う慣れた。慣れてしまえば、タダで昔の思い出を流してくれる此の環境は、彼女にとって決して悪い事では無かった。

 あら、あの子ったら此の時こんな事をしていたのね。

 あら、此の子ったらあの時そんな事をしていたのね。

 配下であった高位種達の動向も然るものながら、其々の私生活が見られるのも又彼女にとって酷く興味深い娯楽となっていた。

 特に、各配下の居城。

 優美な館風の城であったり、堅固な山城であったり。尖塔有する荘厳な石造りかあるかと思えば、巨大な城壁で己が民を囲む城もあった。話の要所要所で現れる上位種の城は、彼女の知らなかった配下の姿を見せてくれる。

 ああ、なんかもうでろでろなだけの子達じゃなかったのね。

 確りと管理された居城や領内を見て、彼女はいつも安堵の溜息を漏らす。意外と冷徹に存外合理的に統治されている様子は、支配者層に位置する者としてはかなり有能だった。

 そんな風に、己の黒歴史では無く思い出のアルバムとして其のアニメを昇華しつつあった彼女は、年末やお盆にニュースで放映された世界的規模の自費出版物の販売会の様子の中にデフォルメされた闇姫(おのれ)の姿を見出そうと、無かった事にする強かささえ身に着けた。

 そんな、或る日。

「宇賀神さ~ん!」

 音符すら感じられる弾む声音で呼び止められ、彼女は下校途中の道で声の方へ振り返った。

「箕輪さん」

 其処に在った見慣れた童顔へ微笑みを向け、彼女は級友の少女を同道へ迎え入れる。

 ゆっくりと歩きつつ、彼女が傍らの少女へ目を向けると、少女はんーと小さく逡巡した後、あのねと口を開いた。

「来週の土曜日って~暇~?」

「土曜日?」

 問われ、彼女は僅かに瞑目すると小さく首を振った。

「学校も休みだし、特に用事は無いけれど。何かあるの?」

 問い返せば、少女ははふうと嬉しそうに息を吐いて、あのねあのねと目を輝かせた。

「素敵なレストランでね~食事会があるの~! 一緒に行かない~?」

 むしろ来てくださいお願いします。そんな言葉が感じられる勢いの誘いに、彼女は僅かに訝しむ。

「食事会?」

「そう~!」

 ぶん、と大きく頷き、少女は言い募った。

「あのね~コンセプトレストランって云うのかな~。ロココ調~? ゴシック様式~? なんか~そう云う西洋王宮っっぽい聖堂っぽい内装が売りのレストランがあるの~」

 告げられた場所は世界的にも有名な繁華街だ。確かに其の土地ならそう云う遊びを喜びそうだと思いつつ、彼女はそれでと首を傾げる。

「其処で、食事会?」

「そうなの~! 其のシチュエーションを活用してね~? ちょっと……仮装パーティ! そう! 仮装パーティーしようって企画があって!!!」

 にこにこと、にこにこと。

 少女が告げた言葉に、だが彼女は眉を寄せた。

「私、仮装ってやった事が無いけど」

 衣装が無いと暗に示せば、少女は満面の笑みで任せてと胸を叩く。

「誘ったんだもの~! 私が準備するからだ~いじょ~ぉぶ~!」

 余りにも機嫌が良い少女へ、彼女はふと思う事があり僅かに目を眇めた。些か冷えた視線を受け、少女が小さく狼狽するのを見て、彼女は徐に口を開く。

「もしかして、其れ……コスプレ、と云う遊びかしら?」

 コスプレ、の四字に、少女はぴしりと凍り付き、次いでアハハと笑う。

 やっぱり、と眉根を寄せて呆れた様に嘆息する彼女へ、少女はあのねあのねと慌てた様子で言を継いだ。

「撮影会、じゃないから~! 許可があれば撮影OKだけど~盗撮は禁止だし~!」

「当たり前でしょう」

 盗撮は犯罪です。

 呆れた色の濃い目で級友を眺め、少女は残念だけどと呟いた。

「そう云う遊びには、興味が無いの」

「知ってる~! でも、ほんと、今回だけでいいから~!!!」

 くしゃりと悲しげな表情を浮かべた少女が必死に言い募る。

「今回はね~! 異種族のパーティって云う設定なの~!!!」


 異種族の

 パーティ


 がふうと血を吐いた(心象風景)彼女に気が付きもせず、少女はもじもじと言葉を紡ぐ。

「あのね~。私、此の上位種が大好きで~」

 云いながら示したのは、在る上位種の紋章キーホルダーだった。黒字に金の線で紋様を刻む其れは、販売されていないものだが「無いなら作る!」と少女がレジンで作り上げた愛の形(グッズ)だ。彼女も勿論それは知っていた。其れだけ好きなら確かに格好も真似たくなるだろうし、其れをしながらのパーティーなんて参加したいものだろう。だけど、と彼女は思う。

「知らない私より、あのアニメのファンと行った方が良いんじゃない?」

 自分の過去故に詳しいとは云え、彼女はアニメファンでは無い。そんな本音は隠しつつそう問えば、少女はてへと笑って口を開く。

「実は~、宇賀神さんに是非着て欲しいドレスがあって~」

「は?」

 きょとんと呟いた彼女へ、少女は鞄から大判の本……どうやらあのアニメのファンブックらしい其れを引き出して示した。

「此のドレスなんだけど~、絶対絶対、宇賀神さんなら似合うだろうなって思ってね~」

 示されたのは、書下ろしイラスト、と小さく端に書かれた一枚のイラスト。

 濃紺の上質なベルベットを思わせる質感の生地で出来たドレス。スカートは上品にトレーンを程良く引き、たっぷりのギャザーが美しいシルエットを浮かび上がらせる。反して上半身はすっきりとしたビスチェタイプだ。体の線を過剰に浮かび上がらせる事が多いアニメの絵にしては珍しく、純粋に美しいシルエットを浮かび上がらせるのみの其れは非常に簡素(シンプル)だが優雅(エレガント)だ。そして、晒されるだろう腕やデコルテは、上質であろう緻密なレースにより覆われている。ドレープを描いている其れは、レース生地で作られたケープであるらしい。そして、其れを留めるのは胸元の宝石。煌めく紅玉に金で描かれる花王紋。――――――そう、其れは闇姫のイラストだった。

 じっくりと其れを見つめ、彼女はゆっくりと口を開く。

「此れを、私が?」

「絶対似合うから!」

 きらきらときらきらと目を輝かせながら力説する少女へ、彼女は何とも云えない感情(いろ)を浮かべた目で見据えた。

「……此のドレス、もしかして、もう、作った?」

「うん!」

 輝かしい笑顔で断言する潔さ。

 彼女は思考する。少女の行動力は知っていたし、今迄の行動から鑑みて、半端な事をする筈が無い事も知れる。ならば、と。

「……材料費、如何すればいい?」

「要らないよ~? ただ、参加費は負担してもらってもいいかな~?」

 我儘云ってごめんね~? と笑顔で謝りながら、その実酷く揺れてる瞳を見て、彼女は小さく吐息していいよと笑うのだった。





 此のドレスは。

 彼女は呟く。心の中で。

 此のドレスは、戦装束だ。かつて、箱庭(せかい)を汚す存在(もの)達を摘み取る為に、纏った装束(もの)だ。

 抹殺対象は、人の時もあった。異種族(はらから)の時もあった。

 だが。

 彼女は思う。

 此の装束は、アニメになっている時代には纏った事が無い。

 無邪気に喜ぶ眼前の少女。

 其の頑是ない様子を見つつ、彼女は思う。

 舞台になっている時代に知りえない装束すら、此の世界では再現され彼女の前に設えられる。


――――――あのアニメは、本当に、私の過去なのね。


 もしかしたら、同じ過去を共有する者が描いているのではないかと思った事もある。だが、此の装束が出るなら話は別だ。

 彼女は、思う。

 本当に、何の干渉も受けずにあの物語は紡がれているのだとすれば、此れは何て奇異な現象だと。

 受け入れたと思っていた現状が、やはり受け止められる軽さでは無かった事を再認識した彼女は、そっと、心労を溜息と共に外へ零した

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