自分の何気ない仕草に大仰な解釈が付随してしまう罠☆
もう、いっそ。
彼女は思う。
もういっそ、主人公も配下も何もかも、此の世界に転生していればいいのよ。
そして、悶絶すればいいのだわ、と。
前回見た映画の情報は着々と級友の手に因って齎される訳だが、集まる情報に彼女の心中は軽くやさぐれていた。
見るともなしに……だが、見ないと何かあった時に対応できない己の黒歴史と向き合う為、今日も流れるアニメと云う名の過去を見る。
今日の内容は、異種族陣営……しかも、闇姫の出番が三分の一もあると云う異例な回だった。主人公達と直接かかわる訳では無く、異種族間の対話に結構な尺が取られている。所謂悪役ファンへのサービス回、とでも位置づけられよう其の内容を見ていた彼女は、思いがけず目の前で流れる過去世がすさんだ心を癒して行く事に気が付く。
仲が良い訳では無かった。
交流が無い訳では無かった。
闇姫はあの世界に於いて、絶対の支配者でありながら奉仕する管理者だった。
異種族は人を愛で愛おしみ味わい喰らう。
生きとし生ける生命全てを統治管理し、彼女は世界を形作った。
楽しげに、同胞が生ける様に。
嬉しげに、異種が存える様に。
画面を見る。
其処に在るのは、些か表情に乏しい多種多様な美形達。
其処に見えるのは、懐かしい様子。
「……そうよねえ」
困った子達、と呟いて、彼女は眼前で繰り広げられる異種族でも上位種である存在の、雑談と云う名の貶し合いを見遣る。
自分の前ではうっとりと蕩けた様に、幼子が関心を得ようと燥ぐ様に、生き生きと話してくる姿しか見えなかったけれど、と彼女は微笑む。
「こんな姿も、あったのねえ」
意外な一面だと心中で囁く彼女の目の前で、場面は一変し、其の場の中央に闇姫が現れた。途端に嫌味の応酬は消え去り、明らかに嬉しそうな素振りで上位種達は彼女の周囲に集まり、跪く。
其の闇姫の姿に、彼女は小さく目を開いた。
簡素と云う表現がぴったりの、黒のドレス。簡素だが優美なシルエットの其れは、今迄の装いとは真逆とは云え闇姫の美しさを際立たせていた。装飾品の類は一切なく、豊かな黒髪は背の中程でふうわりと纏められている。
「此れ……庭弄りの時の」
彼女には覚えがあり過ぎる其の姿は、庭弄り……と云う名の支配圏への干渉を行う時にしていた略装だった。
「ああ……此の感じだと、西の山を弄っていた時くらいなのかしら、此れ」
記憶を掘り出し、画面の闇姫の装いから時期を見定めてみる。
「ああ……だから、此の子達、喧嘩していたのね」
確かあの時期は支配圏の拡大が収まり安定期へ入る頃合いだから、と彼女は独り言ちる。膨張し続けるのは良い事では無い。確か相談を下し、ある程度の広がりを以て安定への転進を命じた位の時期だ。アニメでは其の辺りの事は闇姫からの一言で終わらせていたが、実際は中々大変だったんだと彼女は僅かに視線を遠くする。兎に角異種族には、己の上位種に新たな地や戦果を献上する事に至上の喜びを見出す存在が多く、其れが無ければどうやって敬意を示せば良いのかと混乱した。
尤も。
彼女は心中で呟く。
闇姫直参の上位種達は、配下の動きが闇姫の意向に沿わない事に苛ついていただけだけれど。
画面の中で上位種達が一通り闇姫への挨拶を終え、歓心を得ようと言葉を並べている……そんな中。
画面の闇姫の手が、すいと動いた。
全く、脈絡の無い動きだった。
何を発する訳でも無く、画面の片隅で何とはなしに動いた、唯それだけの動きだった。
彼女は懐かしく思う。
緩やかに曲げた人差し指に、そっと親指を添わせた其の手の形。
何かを摘む様な……だが決して何も求めていない其れは、あの時期の彼女が何と無く気に入っていた仕草だ。特に山の調定に赴いた後は、あの仕草をする事が多かった。
形を維持した儘、闇姫はすうと手首を捻り、翻す。――――――ただ、其れだけの仕草。
「懐かしい……」
呟いて、彼女も又、同じ仕草をしてみる。あの頃と比べて些か優美さには欠けるかもしれないが、あのころに比べて僅かに印象通りに動いている様に思え、彼女はにこりと笑った。
「鳥の真似、気に入ってたのよね」
そう。
あの仕草は、白鳥であったり鷺であったり。首の長い鳥の、ふと空を仰ぐ仕草……其れを模していた。
画面の闇姫は風が過ぎる様にさらりと仕草を終らせ、其処に全く心を残さず配下を従える。上位種達も又、通常運航でうっとりと闇姫に従う。
「あー、懐かしい」
思いがけずのんびりと過去を振り返る事が出来た彼女は、後日の放映で其の仕草が現れる度に、のんびりと追憶に浸るのだった。
其の後の可能性に等、何一つ気が付かずに。
「ねぇ~、宇賀神さん」
ある朝。
級友が彼女の席の前に陣取り、些か困った様に言葉を発した。
「何?」
彼女が問えば、級友は幼い顔立ちに苦笑を刷いて、云い渋る様に言葉を紡ぐ。
「あの、ね~? こう云うのってぇ、宇賀神さんに聞くのはアレかなあと思ったんだけどぉ……」
要領の得ない言葉に彼女の眉根が軽く寄る。
何がだと再度彼女が問うより早く、眼前の少女は観念した様にぱんと手を合わせて頭を下げた。
「宇賀神さんの優秀な頭脳を少し私に貸して下さい~!!!」
一種鬼気迫る其の様子に、彼女が困惑しつつも頷けば、少女は本当!?と勢い良く顔を上げて笑った。
「ほら、例のアニメの話なんだけれどね~?」
ああ、やっぱり。と思いつつ、彼女は無言で先を促す。
「最近、考察サイトで物凄く熱く議論されてるネタがあって~」
「考察?」
小さく呟けば、級友ははっとした様子で小さく目を開き、言葉を継いだ。
「うん~。アニメを見てね~、伏線とか探したり~キャラの行動から先を読もうとしたりする事なんだけど~」
暇人な。
腹の中で呆れた様に呟き、彼女はそれでと微笑みで続きを促す。
「其の考察でね~。最近、闇姫様の行動分析が熱くって~」
「……え?」
闇姫の、行動分析。
思いがけず告げられた其の言葉に、彼女の思考と行動が凍結する。再起動かける暇も無く、眼前の少女はそうそうと朗らかに頷いた。
「最近~闇姫様が女神様バージョンになってて~」
女神様って何!
のんびりと告げられた言葉は、彼女を壮絶な討死に追い込んだ。(心象風景)
如何やら、平安時代の姫君を彷彿とさせる装いから、一転、デコルテを出していないとは云えイブニングドレスの様な装いに変わったと云うのは、異種族ファンならずとも瞠目の衝撃だったらしい。其の装いは単純でありながら荘厳で、最早女神様だと全世界のファンが決を下したのだと、少女は拳を握って力説していた。一変した装いに、何時も傍に侍る上位種達もメロメロになってて最早テロだったと上位種への揶揄なんだか闇姫への讃美なんだかを告げる少女の姿に、彼女は内心を押し隠し、ただただ静かな微笑みを向ける。
いやごめん!
あれ、単に動き易い服装ってだけで、意味はないの!
しかも別に昔からしてる姿だから、配下も騒いでないだけなの!!
あの残念なデレデレさ加減は通常運航なのよ……!!!
だがはるか遠くへと全力疾走する級友(心象風景)に、彼女の心の声は当然届かない。
「何か此れから先の大きな伏線じゃないかって云う意見が大勢を占めててね~! もしかしたら此れから闇姫様が積極的に人と……主人公達と関わったりするのかな~って~」
「其れは無い」
思わず云い切り、彼女は全身から汗を吹き出した。(心象風景)
「何でそう思うの~?」
きょとんと己を見遣る少女へ、彼女はだってと微笑んで見せる。
「今迄の流れから見て、闇姫が色々な人の目に晒されるなんて、異種族の上位種が嫌がりそうじゃない」
正直、そんな事になったら駄々捏ねて泣き喚くだろう姿すら想像できる。其の上確信すらある。……そう心中で呟きながらも彼女が云えば、少女は確かにと頷いて笑った。
「流石! 頭が良い人は違うなあ~!」
嬉しげな賛辞にありがとうと彼女が返せば、少女はそれでねと言を継ぐ。
「女神様バージョンの時の闇姫様がね~、必ずやる仕草があってね~」
云いながら、少女はついと手を動かした。些か優美さに欠け、動きも滑らかではないが、其の仕草は彼女の酷く見慣れたモノで。
がふう、と、血を吐く(心象風景)彼女の前で、少女は其の仕草を繰り返しやって見せる。
「此れの意味、何かあるのかなって~」
あ り ま せ ん ! ! ! ! !
血涙流して絶叫するも(心象風景)、少女の心へ其れは届かなかった。
「考察の中にはね~。鳥を模してるんじゃないかって話もあって~」
はい、当たり!!!
「其処から考えるに~闇姫様は現状を苦悩していて~自由を求めてるんじゃないかって人もいて~」
はい、ハズレ!!!
そんなに難しい事一切考えていません――――――!!!!!
其の後も披露された様々な考えに、彼女は地面に倒れ伏しつつ血文字でタスケテと救援を求めるのだった……。(心象風景)