自分を全力で讃美される上に其れが不特定多数の手に渡ると云う罠☆
其れは。
其れは、ノートであったり、ルーズリーフであったり、ちょっとしたメモ帳であったり、付箋であったり、キーホルダーであったり、シャープペンシルであったり、ファイルであったり、ボールペンであったり。露骨なキャラ絵の学用品より、一見趣味がよさそうな色合い風合いの物に見慣れた亡国?某国?の国章やら見知った専有紋章がチャームとして付随している事の方が彼女にとって精神的衝撃が大きいのだが。
じわり、と級友の周囲に増え行く小物の中に闇姫関連が無い事に因って何とか平静を保ち続けていた或る日の昼休み。食後ののんびりした雰囲気を無感動ながら満喫していた彼女の前に在る級友の幼さ残る顔立ちが、酷く嬉しそうな笑みを浮かべてあのねと言葉を紡いだ。其の手が傍らの布鞄~此れも又彼女の記憶に在る某国の国章がデザイン化されて印刷されていた訳だが~の中に入れられ、顔は彼女に固定した儘に何かを探っていた其の手が小振りな箱を引き出した。
「見て見て~」
語尾に確りとハートマークがついていそうな口調で喋る眼前の級友の手に掴れ掲げられた正方形に近い形状の丈夫そうな箱。うふふと嬉しそうに笑いながら、綺麗でしょ~と更に彼女の目の前に寄せられた其れは、皮を模しているらしい深みのある茶色で、表面に流麗な文字……如何やら英語では無くキリル文字の筆記体であるらしい物が白金で箔押しされていた。ぐるりと囲む様に配された蔓草紋様は浮きだし。全体的に中々上品で落ち着いたデザインだ。確かに綺麗ねと返しつつ、彼女は何となく感じた嫌な予感にひくりと秀麗な頬を僅かに引きつらせた。
「で、此れは何?」
「ほら~例のアニメの楽曲集が出たの~。此れは予約限定の特装版でね~」
「BGM集って事?」
僅かに眉根を寄せて呟く彼女へ、少女は童顔に蕩ける様な微笑みを浮かべて頷く。
「そうそう~! BGMや主題歌を集めたカンジなんだけど~、特装版にはね~限定特典でキャラソンが入ってるの~」
「……キャラソン?」
耳慣れない言葉だが、明らかに嫌な予感満載の単語を彼女が震える舌先に乗せると、眼前の少女はああそうかと頷いて、バツが悪そうに小さく笑った。
「んっとね~。キャラクター其々をイメージした歌の事だよ~。大抵は其のキャラの声を担当してる人が歌うの~」
間。
「……そ、れで」
一瞬凍結した彼女は、其れでもなんとか己を再起動し、眼前の級友に引きつりつつも柔らかな笑顔を向ける。
「其れに、あの、闇姫の歌も……?」
「ううん~、流石に個別キャラの歌は無いよ~」
そんな事したら暴動おきちゃうからね~とほのぼの云う級友の目は意外と真剣な光を宿していて、彼女はそうと僅かに引きながら頷いた。
「じゃあ、何が入ってるの?」
キャラソン……主要人物が歌っている、と云う設定こそが売りなのではなかろうかと販売戦略的に考え断じた彼女へ、少女はうふふと嬉しげに笑う。
「お遊びって云うのかな~。皆が集まってわきゃわきゃやってる感じなの~!」
可愛いんだよおと続ける少女へ、彼女は内心で安堵の溜息を吐きつつ笑顔を向けた――――――刹那。
「主人公陣営と異種族陣営で全然カラーが違っててね~」
はい?
彼女の笑顔が凍り付く。
イマ、ナントオッシャッタノ?
「二曲、あるの?」
「うんそう~」
にこにこと。
朗らかに。
少女は嬉しそうに箱を開け、中に入っていた薄いCDケースを取り出す。其処に描いてあったのは――――――二頭身のちびキャラになった、主人公達と……異種族の、上位種達。楽しげにわいわいと歌っている様子の主人公達に比べて、異種族側は整然と並び、うっとりと高らかに歌い上げているかの様な姿を見せている。
此の、差は。
彼女の滑らかな頬に一滴の汗が生じた。
「異種族陣営の歌はね~! 闇姫様を讃える歌なの~! 題名はね~」
最早、嫌な予感しかしなかった。……彼女は後にそう述懐する。
「麗しき闇夜を讃えよ~輝く闇を仰ぐとき、って云うの!!!」
讃美歌……だと……?!
彼女は鋭い刃で刺し貫かれた腹を抑え呻く様に呟いた(心象風景)。
何が酷いと云えば、眼前の少女が楽しげに歌う様に紡ぐ言葉だ。
「此れはね~かなり評判良くって~! ネットの動画でも映像化してる人が出てるくらいでね~」
自作のアニメーション動画を作り、上位種達がうっとりと歌い上げる様を描いているのだと聞き、彼女は一瞬過去世を思い出す。
うっとりとした。
うっとりとした。
うっとりとした。
眼前に居並ぶ整った顔。元が良いだけに、今考えるとあの表情を浮かべている事が残念でならないと彼女は思う。
蕩ける様な表情で尊敬の眼差しって……なんというか、やっぱり残念よね。
だけど、と彼女は思い直す。
眼前の物は所詮アニメスタッフが企画会社が作ったモノ。ならば記憶の中の様な無条件溺敬愛状態な残念物件にはなっていないのではないか、と。
「聴いてみる? パイプオルガンとか鐘が効果的に使われてて綺麗だよ~」
歌ってる人達も上手だしね~。
気軽に、と云うかファン心理的布教活動に熱心な少女は彼女にさり気に強くオシてきた。其れに小さく苦笑して、彼女は是と頷く。
五分後。
「聴くんじゃなかった――――――……!!!!」
高々作り物、と軽視した己を殴ってやりたいと彼女は内心で打ち震える。
其の歌は。
昔通り。
寸分の差異も無い程にでろっでろの絶対敬愛献上作品だった……。