商業作品なら当たり前の事だけど自分の事となれば最早悶絶するしかない罠☆
彼女にとっての怒涛の日々が過ぎ、其れなりの心情的平静を取り戻した或る日の午後。
特殊教室への移動中、ふと眼の端で揺れた小さな物体に何かを感じ、彼女は隣を歩く級友の姿を凝視した。
「ん? 如何かした?」
眼鏡をかけた童顔がきょとんとした表情で小首を傾げ傍らの美貌を軽く見上げれば、綺麗な顔に微笑みを浮かべ、彼女は其れはと呟いた。
「ん?」
軽く眉を寄せた少女は相手の視線を内心で追い、ああと得心した様に笑う。
視線の先には、少女らしい淡い色合いのポーチ。そして、其処に在るファスナーチャーム。
「此れ、可愛いでしょ!」
うふふと嬉しげに笑って掲げて見せた其れは、複雑な幾何学模様を刻んだ鈍色の金属片。印象的に配された模造宝石は、黒く耀いていた。
其の模様に、彼女は愕然としつつ、戦慄こうとする唇を抑え込み微笑む。
「其れって……闇姫、関係、かな?」
かな、と云いつつ、声音は断定の其れだ。微妙なニュアンスに気が付かない少女は、彼女の言葉に屈託なく笑い頷く。
「そうなの! 良く解かったね~!!!」
何処迄も明るく嬉しそうな其の声に、美少女は内心で号泣しながらですよねーと絶叫した。彼女にとって其の紋様は、余りにも……あまりにも、見た事があり過ぎるもので。具体的に云えば――――――
「此れねー! 闇姫様の家紋なのー!!!」
……そう云う事だった。
「あ、家紋って云うと一寸違うかな。個人が持つ専有紋章? 其の人を示す象徴って感じ、かな?」
うん、知ってる。
引きつる事無く微笑みを維持する事にだけ全力を傾ける美少女の前で、少女は機嫌良く言葉を紡ぎ続ける。
曰く。
此れは一種の謎解きの道具でもあり、此の紋を頼りに主人公達は異種族と関わって行く事になるのだと。
鏤められた宝珠は闇姫の配下の在処を示し、盤面を伝う線は遍く広がる闇姫の力を表している。其の様は、まるで咲き誇る大輪の華にも似て。故に云うのだ其の紋様を示す名を。
「咲き誇る王者の如き華の象徴――――――華王紋」
って云うの素敵でしょ~と若い女性特有の浮足立った喜びの声音で告げられ、美少女は完全無欠に討ち死にしていた(心象風景)。具体的に云えば、全身に数十本の矢を受けた上に、刀を幾本も突き立てられ、鎧も無残に切り落とされてる……そんな感じだ(心象風景)。
何其の恥ずかしさ満載な名前は……!!!
そんな名前で通用していたとは、彼女は今の今迄知らなかった。当たり前だろう。自分の紋に態々名前を付ける様な者は相違ない筈だ。名前、と云うのは、本人とは関係ない第三者が其れを用いろうとする時に初めて必要となるのだから。
でも何其の名前! 良いじゃない長の紋とかで! 闇姫の紋で!
内心で荒れ狂いながら、だがしかしそう云う事にならなかった理由も察してはいた。大体、日常会話でも彼女の名前を口にする事を憚り尊称美称を用いた輩が、そんな即物的な呼び方をする訳がないと。
「あのアニメ、グッズ展開は随分前からしてたのに中々異種族陣営関係で普通に使えそうなグッズが出なくって~。しかも他の上位種関係は其れなりにグッズあるのに肝心の闇姫様物が出なくってね~! やっと出たんだよ~!」
きっと此れから下敷きとかファイルとか出る筈! とにこにこ笑いながら、だが少女はでもと小さく口を尖らせ考え込むように言葉の流れを滞らせる。
「ちびキャラとか見たいけど、闇姫様がちっちゃくなったりあられもない姿になるのはなんか違うよね~。其れはやだなあって思ってるんだぁ」
「あられもない、って……?」
其の言葉に嫌なものを感じ、彼女が内心を全く表さない見事な微笑みで問えば、あしまったとでも云う様に軽く瞠目した少女がバツが悪そうにだってと笑って云う。
「美女キャラの宿命として抱き枕カバーって有り得そうじゃない? 実際同人系では異種族陣営のそう云うキャラ物もうあるし」
「抱き、枕?」
最早、嫌な予感しかしない。
美少女の僅かに跳ね上がった声音に、少女は誤魔化す様に笑った。
「うん。其の手のグッズの絵柄って、大概半裸が基本だから~」
パンチラとかね!
いっそ薫風すら感じさせる爽やかさで告げるには、中々に衝撃的な其の言葉。
どかんと彗星級の岩が美少女の頭に思い切り落ちる。(心象風景)
過去世の姿とはいえ、己のポートレートが下敷きやらファイルになって其処彼処の机に散在しているのもちびキャラになって友人の鞄を彩るのも嫌だが、何処の誰とも解からない不特定多数の男女に己の半裸姿が晒されるなんて冗談じゃない。
……まあ、当然の反応だろう。
だからね!?
彼女は叫ぶ。無論、内心で。
だから云ってるじゃない!!! 外道の行いをして来た事は十分自覚してるってば!!!!
微笑みながら立ち往生(比喩)している美少女は、血反吐を吐きながら(心象風景)遠い高みの何処かで大笑いしてるであろう誰かへと怒鳴り散らす。
「此れ以上の辱めを望むか外道がァァァアアアアア!!!」
勿論。
此の叫びは彼女の内でのみ響き行くのだった。