サトルVSミドリ
精神戦は想像力がすごく必要になりますが、もっとうまく書けないものかと試行錯誤中です。
「どういうつもりだ、サトル!」
赤い短髪のG・I・ジェーン、ミドリは、高級スーツを着込んだ青年実業家のようなサトルに向かって激しく詰め寄る。だが、サトルは、食いつきそうな勢いのミドリを畏れる様子など微塵もない。
「僕は、君の言うとおり、未幸に仕事をしてもらっているだけだ。君が欲しいものを手に入れる。その代わりとして、未幸の操り方を教えてもらった。それで契約は成立し、履行された。何の問題もないだろう」
いつのまにか、大企業の幹部が腰掛けるようなチェアに腰掛け、広いデスクの上で手を組み、少し見上げるようなしぐさでミドリを見つめるサトル。一見すると、やり手の若手幹部が部下を叱っているかのようだ。
ミドリは己の劣勢を感じていた。周囲の風景が、サトル色に染まっていく。
ついこの前までは、同等の立場だった。そのため、周囲の風景は、お互いの力の干渉しない、漆黒の闇だった。
ところが、今は完全にサトルの力が強く影響し、周囲の景色がサトルに合わせて変化している。
ノリオを叱り飛ばすときとは、明らかに違う。どれだけすごもうが、どれだけ怒鳴り声を上げようが、まったく意に介さぬサトルを前にすると、どう見ても負け犬の遠吠えにしか見えない。
そして、それをミドリが一番痛感している。
「馬鹿な! 貴様だって未幸がいなければ何もできまい! その未幸を追い込むようなことをするとは、気が違ったか! 隣町のやくざと大喧嘩をすれば、警察にマークされるに決まっている。それに、未幸の高校の側で盗みを働けば、当然疑われるだろうが。噂では、防犯カメラに姿を捕らえられてしまっているらしいじゃないか」
「フフッ……。君は気づいているね? 僕の支配力は、君を大きく上回っている。君は僕に何もすることはできない。僕には君を消しさることができてもね」
ミドリの額に脂汗が浮かぶ。ミドリも、サトルの言葉がはったりではないことがわかっているからだ。
(このままでは、消される)
ミドリは、まるで巨大な肉食獣に狙われているかのように、ゆっくりと後ずさりはじめた。ある程度距離をとると、サトルに背を向けて逃げ出そうとする。
だが、サトルに背を向けた瞬間、サトルの腰掛けるチェアとデスクがミドリの眼前にあった。
「君は、われわれの中でもっとも力が劣っている。だから、君はミユキが眠りについているときですら、未幸を操ることができないのだ」
サトルは、ゆっくりとミドリの周りをまわり始める。チェアに腰掛け、デスク上で両手を組み合わせたまま。
次の瞬間、サトルは掻き消える。
一瞬、何が起こったか理解できなかったミドリだったが、周囲には、力の均衡を示す暗闇が広がっている。
「奴は……どこへ……?」
しばらく暗闇の中を立ち尽くしていたミドリ。だが、静寂が続き、彼女がサトルから逃れたと考え始めた次の瞬間、サトルが姿をあらわす。
掌に乗ってしまうようなサトルが、チェアに腰掛け、デスク上で手を組みながら、彼女の左肩で囁く。
「君は逃れられない。逃さない。君は、今ここで消えるのだ」
なにをっ!
ミドリは、自分の左肩にのる小さなサトルを掌でつぶそうとする。だが、潰したはずのサトルはいくつかに飛び散り、彼女の周りをまわり始める。
サトルは顔色一つ変えず、ミドリの周りを大小さまざまな姿で取り囲む。空を見ても、周囲を見ても全てサトルだ。
この狂気の現場にいて、ミドリは何とか理性を保つ。悲鳴をあげて卒倒しそうなこの異常な空気を、何とか耐えようとする。
突然、ミドリの数倍はあろうかという、サトルの切れ長の大きな目が、無数に飛び交うサトルの狭間から、ミドリを覗き込む。
ミドリは、理性の崩壊の歌を一瞬口ずさむと、ゆっくりと干からびていき、数千年前の遺跡から発掘されたミイラのようになった。眼窩にみずみずしい瞳を残したまま。
ミドリを取り囲んでいた何人ものサトルは姿を消し、一人の青年が暗闇の中にスッと立ち上がる。そして、干物のようになったミドリを、横に払うように薙ぎ飛ばす。
床に倒れこんだミドリの体は粉々に砕け、砂になり、どこかへと飛ばされていく。
唯一その場に残った二つの眼球を、サトルは踏み潰す。
「君の最大の失敗は、ノリオを失った後、ノリオが担っていた役割を僕に命じたことだ。ノリオと違い、僕には野心がある。君のような小さな悪に、僕は従うつもりはない。君が、君の悪事をするためのパートナーとして僕を選んだ時点で、君の人生は終わっていたのだ」
サトルは、気が触れたかのように大笑いを始める。
やっと自分にも未幸を操る機会がきたのだ。
ミドリを消したことでサトルは満たされているようだった。
「僕は、ミドリのようにこそこそと悪事はしない。邪魔者は、全て消せばいい。あの、チンピラどものように。未幸は僕の野望を果たすための人形なのだ」




