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自作自演  作者: かえで


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6/14

朋子の夢

話とは直接関係ないエピソードですが、朋子というキャラクターを印象付けるために描いてみました。

「なんか、最近体中が痛いのよねえ……」

 下駄箱で下履きに履き替えた未幸は、半袖になったセーラー服の腕をたくし上げ、右腕をぐりぐりと回して見せる。

 その腕を掴み、じっと見つめる洋子と朋子。彼女たち運動部は、健康的な浅黒い肌をしている。その彼女たちにしてみれば、未幸の白い腕は羨ましい限りだったようだ。

 二人の絡みつくような視線に妙なものを感じた未幸は、腕を引っ込める。

「あーあ、いいなあ……」

「羨ましいよねえ。私たちも白い肌がほしいわぁ」

 大きなため息をつき、心のそこから嘆く二人をみて、思わず未幸は苦笑する。

「それは無理よ。朋子も洋子も運動部なんだもん。私は逆に、二人の健康的な肌が羨ましいけどなあ」

 未幸の、当り障りのない言葉に、思わず洋子は鼻に皺を寄せて見せる。

「若いときはいいのよ、若いときは。年をとったら、全部これがしみになるんだから! 大学生になったら、エステに行って美白しなきゃね」

「夏になったらまた焼けるぅ」

 校門を過ぎたところで、朋子は悲鳴にも似た叫び声を上げる。

 梅雨が終わり、運動部の部活動も再開され、再び未幸は朋子と洋子と下校することができるようになった。

 だが、今度は未幸も部活が中止になる。今日から期末試験期間だ。期末試験期間は、期末試験から二週間さかのぼって、部活動など、学業に関係のない活動が禁止になる。

 他の生徒は、その期間を使って必死に勉強するのだが、この三人は違った。

 部活がない日は、カラオケボックス、ファミレス、ショッピング。それは試験前であろうと全く変わらない。授業が終わると、三人はさっさと肩を並べて帰路につく。

 今日はカラオケボックス。

 駅前の繁華街に着いた三人は、直接駅に向かわず、ロータリーから脇に逸れ、線路に平走する歩行者専用道路へと入る。

 歩行者専用道路には、線路内に立ち入らないように張り巡らされたフェンスに頭をつけるように、新旧色とりどりの自転車がずらりと並ぶ。

 駐輪場は他にあるのだが、駅に近いと言う理由で、駅近郊の住民が勝手に停めてしまっている。道路の半分以上が、ハンドルに撤去命令のタグをつけられた自転車に覆い尽くされ、歩きにくいことこの上ない。しかし、三人が最初に訪れたときから、この場所はこうだったせいか、特に気にはならない。

 フェンスの逆には、古い雑居ビルが十数棟並ぶ。その中には、テレクラや風俗などの怪しい店が入っているのだろう。安っぽく電装された看板がその店の怪しさを増長させている。

 三人は、小さく『カラオケボックス』と書かれた看板のあるビルに入っていく。

 古ぼけたエレベーターに乗った三人は、七階のボタンを押し、エレベーターをスタートさせる。

 薄暗いエレベーターの照明が一瞬更に暗くなり、エレベーターがゆっくりと動き出す。様々な張り紙を何度も張ったり剥がしたりしてできたのだろう。エレベーターの壁は、テープの糊が集めた汚れがこびりつき、薄汚れている。だが、そんな壁に平気で寄りかかる朋子を見て、未幸はいつも不思議に思う。

 なんで、こんな店を毎回選ぶのだろうか、と。

 こんな古ぼけたビルにしか入れないようなカラオケボックスに、お客などくるわけがない。朋子が、お気に入りの店長に会いにくるという理由さえなければ、未幸だってこないだろう。こんなカラオケボックスより、チェーン店の方が曲も充実している。歌を歌うのが目的であれば、そちらに行くほうが数段よい。

 エレベーターが七階に到着し、扉が開くなり、朋子は一番に飛び出していく。エレベーターホールとあわせても半畳もあるかどうかの広さしかないカウンターにとりつくと、すぐに店長を呼ぶ。

「あの、義和さん……じゃなくて、店長さんは?」

 三人が来るときには、必ずレジの前にいる、根の暗そうなイメージを与えるバイトの学生。彼が、この店の雰囲気を、照明以上に暗くしているのは間違いない。だが、そんな雰囲気すら、朋子には気にならないようだ。

 エロ本を黙々と読むバイトの学生は、顔もあげずに答える。

「あ、佐倉さん? 先週で辞めましたよ。何でも、田舎に帰るとか」

 朋子は唖然とし、その場に立ち尽くす。

 今まで、カラオケボックスの店長が、彼女に休む日を教えなかったことはなかった。それどころか、一週間の予定を彼女に伝えていた。その店長が、朋子に何の連絡もなく辞めるなどということは信じられなかった。

「辞めた?」

「ええ。なんでも、奥さん方の実家のどなたかが亡くなったとか」


 自分の部屋にたどり着いた未幸は、ベッドにどっと倒れこむ。

 カラオケボックスを出てからが大変だった。朋子は周囲を気にせず大泣きし、しまいには、電車に飛び込もうとさえした。

 未幸と洋子は必死に朋子をなだめ、力づくで動きを止め、何とか彼女の家に送り届けることができた。

 二人から話を聞いた朋子の母親は、驚いたり怒ったり嘆いたりと、とにかく頻繁に感情が入れ替わっているようだった。今考えると、これが『取り乱した』状態なのかもしれない。

 ベッドの上でうとうととしていると、枕もとにおいた携帯電話がなる。いつもならお気に入りの着メロが鳴って喜ぶはずの未幸だったが、今日はなぜかそういう気分にならない。

 思わず飛び起きて電話に出た未幸は、電話の向こう側の朋子から驚くべき事実を聞かされる。

「彼の子がいるの。私のお腹に……」

 その後、彼女はどうしたか覚えていない。

 気づくと、未幸は朋子の家の呼び鈴を押していた。白い無地のポロシャツに短パンという部屋着でその場にいるところを見ると、かなり慌てていたらしい。手に自転車の鍵を持っていたが、彼女はこぐのに必死で、どういうルートで朋子の家にたどり着いたのか覚えていなかった。

 未幸が朋子の家の前について数分後、洋子も到着する。彼女は駈けて来たようで、全身汗でびっしょりだった。洋子もTシャツに短パンと、非常に身軽な格好だった。彼女も部屋でくつろいでいたのだろうか。

「ねえ、洋子にも電話があったの?」

 膝に手をつき、全身で息をする洋子は頷く。

 玄関の明かりがつき、鍵が開く音がして、木造の扉がゆっくりと開かれる。扉の隙間から、見慣れた顔がちらりとのぞく。

「どうしたの? 二人とも……」

 朋子は、白い柵にも似た門の外に立ち、汗まみれでこちらを見つめる親友二人の存在に驚いたようだ。一度扉を閉め、ドアのチェーンを外すと、サンダル履きで門のところまでやってくる。朋子もかなりラフな格好をしている。

 朋子は門を開け、未幸と洋子のいる、住宅街の袋小路に出てきた。車が通ることはほとんどなかったので、彼女たちは道路の真ん中で話し始めた。

「ねえ、さっきの電話の話、本当なの?」

 未幸は待ちきれぬというように朋子に尋ねる。

 朋子は驚いたような表情を作る。

「何のこと?」

「何のことって、あんた……!」

 洋子が整わぬ呼吸のまま朋子に食って掛かろうとするが、未幸は朋子を制する。

「ここじゃなんだし、公園に行こうよ」

 そういうと、未幸は自転車の鍵を外し、先に歩き始めた二人の後について自転車を押し始めた。

 

 住宅街の一角に公園がある。

 設置された遊具と言えば、ブランコとジャングルジムとシーソーが、敷地の端に申し訳程度にあるくらいで、敷地のほとんどが広場のようになっている。日中は赤ん坊を連れた若い母親が数人訪れるものの、通常は殆どひと気がない。夜になると、敷地の隅に数箇所設置された電灯が公園内を照らすため、恋人同士の逢瀬の場になることもある。ただ、この時期は、公園の周囲に植えられた桜の木に虫がつくため、ほとんど人が立ち寄ることはない。

 日が落ちてしばらく経ったが、まだせみが鳴いている。

 未幸は公園の入り口に設置された車止めに自転車を止め、先に公園内に入っていった二人を小走りで追う。

 朋子と洋子は、ジャングルジムに登り、そこで腰掛けていた。未幸もジャングルジムに登る。

「さっきの話の続き。なんで、あんな電話をかけてきたの?」

 未幸は、努めて普通に朋子に尋ねる。先ほどの洋子の感情的な追及では、余計朋子は硬く口を閉ざしてしまうだろうと思ったからだ。

 だが、未幸の質問も朋子には通じない。

「え? 何のこと?」

「だって、さっきあんたのお腹の中に義和さんの……」

 再び食いつこうとする洋子を制し、未幸は続ける。

「義和さんの子供が、朋子の中にいるのね?」

 朋子は空を仰ぐ。

 住宅地とはいえ、交通量の多いこの場所で、これほどはっきりと星空が見えるのは久しぶりのことだ。知っている星座の周りに、幾つも細かい星が見える。おそらくあれらの星には名前はついていないに違いない。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。

「夢……だったのよ。義和さんとの子供は……」

 未幸は、洋子と共に無言で朋子を見つめる。

 今の彼女には、何を言っても届かない気がした。まだ高校生だ、とか、どうやって子供を育てる気だ、とか、理屈を言うのは簡単だ。だが、その言葉すら、二人は口にできずにいた。今の朋子は、現実を受け入れるのがやっとで、その現実から派生する未来を考えることなどできないだろうから。

 彼女の夢は終わった。諦めなければならない。諦めざるを得ない。

 彼女の気持ちが、短い一言から伝わってきた。


 翌日、彼女は学校にこなかった。

 朋子は、母親に付き添われて産婦人科に出かけていたのだった。

 それを二人が聞いたのは、朋子が四日ぶりに登校した日の下校途中だった。

 当初は風邪で学校を休んだことにするつもりだったが、手術の後、体調が急激に悪化し、入院を余儀なくされたため、学校には、急性の虫垂炎で入院したことにするという。朋子は笑ってそう言った。

 未幸と洋子は、朋子が高校を辞めないことを喜び、また仲良くやろう、と固く誓い合った。未幸にしがみついた朋子を洋子が包み、三人は声を殺して泣いた。

 無数のセミの鳴き声がいつもより大きく力強く聞こえる、炎天下の校庭横の道での出来事だった。

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